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9-2 東奔西走2

「Ⅹ(テンス)?」


「そう、Ⅹ」


オルネッタはⅩについて詳細に語り始めた。


「そもそも冒険者ギルドが創られたのは遥か昔の事よ。正確な年代は分からないけど、世界は昔から纏まりが無く、大小の国家が相争う状態が続いていたわ。だけど、初代ギルド統括のファティマ・ラティマ様はそれを良しとはなされなかったのでしょう。自身はどこかの国の貴族だったらしいけど、財産を全て金銭に換えるとまだ開拓されていなかったこの国を仲間達と創り、ギルドの雛型とされたの。自身は王では無く単なる代表者となり、まずは周辺国に協力してギルドの有用性をアピールする事で領土的な野心など無いと知らしめ、その立場を認めさせていったわ。並大抵の苦労では無かったけれど、ファティマ様はそれを成し遂げた」


ファティマの名は世間一般はおろか、他の王家にすら伝わっていない。別にギルドが隠している訳では無いが、国が栄枯盛衰を繰り返す内に忘れられ、どの国にも冒険者ギルドはあって当たり前の存在になっていたのだ。


「ファティマ様がご自分が何を理想としていたのかを言い遺した物はどこにも無いけれど、それは冒険者ランクⅩの昇格条件に垣間見る事が出来るわ。『国と国との垣根を超え、人と人とを繋ぎし者にのみⅩの資格有り』。それがⅩの昇格条件よ。そして……」


オルネッタはテーブルの上に置かれていた古めかしい箱を悠に示した。


「この箱の中にⅩの冒険者証が納められていると言われているわ」


「おるねーは開けた事はあるのか?」


ヒストリアの言葉にオルネッタは首を振った。


「残念ながらね……。この箱はそれ自体が神鋼鉄で出来ているのよ。しかも内部に耐火の防護が仕込まれているらしくて溶かす事も出来ないし、土属性の『成形フォーミング』も受け付けず、現在の技術でも加工は不可能。おそらく円形に配置されている10個の魔石に順に魔力マナを通す事で解錠出来ると考えられているんだけど、一度間違うと正解が変わる仕様でもうお手上げよ。偶然開く可能性は362万8千8百分の1……なのかと思いきや、一度選んだ魔石がもう一度選ばれる事もあるから……」


「10の10乗で100億分の1、最初の一個は実際は当たるまで選べるから実質10億分の1だな。なるほど、ギルド創設以来開けられんはずだ。だが、それでは入れた本人すら開けられんのではないか?」


悠の言葉にオルネッタは肯定を返した。


「一度閉じたらファティマ様にも開けられないらしいわ。でも、ファティマ様はこうも仰っているの。「Ⅹに相応しい人物が現れたら必ずこの箱は開くだろう」ってね。私は、それがあなただと思ったわ。全ての人間国家の改革を助け平和を導いたあなた以上にこれを与えるに相応しい人物は居ないはずよ」


オルネッタは箱に手を乗せて言った。


「ユウ、特殊指名依頼よ。この箱を開け、中にある冒険者証を手に入れて。それをもってあなたがⅩであるとギルドは承認します。その証書は依頼受諾もかねているの」


「ふむ……レイラ」


《どれどれ……》


悠はレイラに魔石部分を調べさせた。微かに箱が発光し、レイラが結果を報告する。


《……神鋼鉄で出来ているのは本当みたい。私でも内部を見通せないわ。竜気プラーナを神鋼鉄が吸収して逃がしちゃうのね。……でも、この『魔石錠』なら開けられるわよ》


「本当!?」


《勿論。悠、私の言う通りに竜気を流して》


「了解だ」


悠はレイラが指図する通りに魔石に竜気を流していった。レイラは普通の生物では感じ取れない微量の力の流れから正解の道筋を辿っていたのだ。それは鍵師が微細な手応えや音を聞き取って正解に辿り着く手順と等しいものであった。


《1番上を1として時計回りに番号を割り振るわ。まずは適当に正解を探して。その力の流れから次の正解を辿るから》


「ああ」


悠は1に割り振られた魔石に正解するまで竜気を繰り返し流した。すると、数回目で魔石が発光し、正解を告げる。


《次は……4ね》


そうしてレイラが正解がセットされるのを感知し、悠がその指示に従って次々と正解を打ち込んでいく。オルネッタとヒストリアは黙ってその作業を見つめていた。


結局数分でレイラは最後の魔石を指示し、悠がその魔石に竜気を流すと、10個の魔石が一斉に発光して円形の仕掛けが取り外せる状態になった。


「やった!」


「これで中が見れるのだな!?」


「……いや、そう簡単には行かんらしいぞ」


悠がその『魔石錠』を取り外して見つけたのは鍵穴であった。この箱の鍵は厳重な事に二重構造になっていたようだ。


「何よ! 性格悪いわね!!」


「ゆー、ひーがぶっ壊してやろう。神鋼鉄と言えど『自在奈落ムービングアビス』ならば……」


頭に血を上らせる女性陣とは違い、悠は冷静だった。


「破壊するつもりなら最初から手順を踏まんよ。それに、素人の俺が見てもこの箱は相当な貴重品だろう? もしかするとこじ開けると中身を台無しにする仕掛けがあるのかもしれん。オルネッタ、この箱の鍵は伝わっていないのか?」


その問いにオルネッタは首を振った。


「伝わっていないわ。そもそも、鍵が二重に掛けられている事だって今初めて知ったわよ。それらしい物も無いし……」


「ならばこの箱をしばらく預からせて貰っていいか? カロンかハリハリなら何か分かるかもしれん」


「ちょっと待って、それはこのギルド本部の至宝と言っても差し支えない品物よ。いくら統括の立場にあるからと言って私一人の判断では――」




「ならば自分らもその判断を支持しようではありませんか」




そう言って部屋に入って来たのはギルド本部の幹部であり、副統括兼外交統括官であるロンフォスであった。そしてその後ろに付いて来た女性も肩を竦めてそれに追従する。


「私の生きてる間にこれ以上の冒険者が現れるとは思えないわ。……いえ、この先ギルドが続いて行くとしても、ユウを超える冒険者なんてきっと出て来ない。だったらユウにその箱を貸しても別にいいんじゃない?」


「ロンフォス、リレイズ……」


「ろんほーとりれーずがいいと言っているのだから良かろう?」


「……そうね、今を置いてその箱を開ける時期は無いわ。ユウ、その箱はあなたに託します。なるべくなら破壊せずに開けて下さい」


2人の支持を受けたオルネッタは悠に箱を託す事を決意した。悠に開けられなければ他の何者にも開けられはしないと確信しながら。


「破壊って……アハハ、オルネッタ、神鋼鉄が人間に壊せるハズ無いじゃん!」


「「……」」


「え……ヤダ、ちょっと何でオルネッタもヒストリアも目ぇ合わせないのよ?」


「……察しろ、リレイズ」


オルネッタの依頼を笑い飛ばそうとしたリレイズにオルネッタとヒストリアは気まずそうに視線を外し、ロンフォスがリレイズの肩を叩いた。


「とにかくこれはお借りしよう。どうしても開けられないと分かればその時は……」


「その時は……何!? どうするの!?」


「だから察しろ、リレイズ」


「何でさっきから私がおかしいみたいな流れになってんのよーーーっ!!!」


ジタバタし始めるリレイズを尻目に、悠は古びた箱を鞄に仕舞い込んだ。


「ユウ殿、今日はゆっくり出来るのですかな? もし時間があるなら以前の約束を消化がてら、アライアット各部に設ける予定の冒険者ギルドについてなど、酒でも酌み交わしながら色々伺いたいと思うのだが……」


「申し訳ない、自分は今日中にミーノスとノースハイア、アライアットを回らねばならんのだ。約束を消化していない件については心苦しいが、次の機会にして頂いてもよろしいか?」


「今日中に?」


ここからミーノスに移動するだけで数日掛かるというのに、一日で全部を回るという悠の発言にロンフォスは首を捻った。だが、その疑問にはオルネッタが答えた。


「試験の時はユウは見せなかったけど、実は特殊な才能ギフトを持っているのよ。ユウはそれを使って飛行する事が出来るんですって」


「ほう、飛行が!」


移動の苦労を知るロンフォスが食い付いたが、悠は詳しい話は次回に譲った。


「次の機会にでも披露しましょう。しかし、何分自分は急いでおりますので、最後に一つ伺いたい」


「何だろうか?」


悠は最後に冒険者ギルドで聞いておきたかった質問を口にした。


「この世には数多の才能・能力があるが、その中で人を探す物は無いだろうか? これまで見て来た物の中にはそれに類する物は見ておらんのだが……」


悠の質問にオルネッタとロンフォス、そしてリレイズが思わず顔を見合わせた。


「それは奇遇だな……実は我らもその能力の持ち主を探しているのだよ。この世界に似た能力はあれど、最も汎用性が高いと謳われた元『六眼』が一人、『千里眼』イライザ。そしてその伴侶たる『隼眼』アルベルト。我々は彼らを新しいギルド長候補として探し求めているのだ」

『千里眼』と付いているイライザがその内話に絡んで来ると予測していた人は結構多いんじゃないかと思います。

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