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9-1 東奔西走1

第九章開始です。

人間国家はどこもかしこも上から下まで大わらわの日々が続いていた。


ミーノスは最も早く新しい体制が定まった国として他の国に対するモデルケースとして意見を求められ、また豊富な資金を背景に復興に協力し、ノースハイアもそれに乗じて国土を整理して一部をアライアットに割譲する事にしたが、貴族が減っていた為にこれはノースハイアにとって利する面もあった。空洞化した国土は荒廃してしまうので、むしろアライアットに渡して有効利用して貰う方がカザエルには都合がいいのである。そしてアライアットは貴族の再編に国政の正常化に国土の整理諸々とどの国よりも忙しいのは言うまでもなく、成り上がろうと考える者にとってはチャンスを秘めた場所となっていた。


勿論、全てと言うからには冒険者ギルド本部のある小国群も例外では無い。アライアットに存在しなかった冒険者ギルドが新たに設けられる事になり、また各国に『遠隔視聴リモートビューイング』による連絡網を設置する事が決定し、今人間で暇を持て余している者など存在しないと言っても過言ではない。


悠達も連日持ち込まれる相談や問題、依頼を消化する毎日で、特にハリハリは多忙を極め、睡眠時間もまともに確保出来ない状況である。


「『転移テレポート』の魔法回路は……いや、これでは座標が……ブクブクブク……」


虚ろな目でブツブツと呟くハリハリはそのままスープの深皿に顔を沈めていく。やがて気泡が立たなくなったところで悠はその襟首を掴んでハリハリをサルベージする。


「起きろ、食卓で溺れるなど器用過ぎるぞ」


濡らした布巾でハリハリの顔を拭ってやると、ハリハリはようやく目を覚ました。


「うぶぶ……あ、ユウ殿、おはようございます……」


そう言いながらもハリハリの頭はメトロノームの様に微妙に左右に揺れており、悠は恵に視線を送った。それだけで言いたい事を察した恵は厨房から『龍水ドラゴンウォーター』を調整してハリハリに差し出す。


「助かります……くぁぁ……」


「その様子だと『転移』の再現は厳しいか?」


「些かね……。とにかく時間が足りません。取得品の解析に魔法と装備の開発、無詠唱魔法の指導……体がいくつあっても足りません……あ、美味しい……」


『龍水』に口をつけたハリハリの顔が緩み、体の隅々まで行き渡る感覚に陶然と目を閉じた。そのまま意識を失い、すぅすぅと小さな寝息を立て始める。


「ちょっと寝た方がいいです。ハリハリ先生、この所一日2時間くらいしか寝てませんし。この処方なら目が覚めたら疲労も取れているはずです」


「ありがとう、恵」


悠は恵に礼を言いながらハリハリの手からコップを取り、そのままハリハリを椅子からソファーに移し替えた。入眠効果がある薬草と言えどここまで強力な効果を発揮するのは恵ならではである。


恵としては残りは悠に飲んで欲しいという視線を送ったが、悠は小さく首を振ってそれを拒否した。悠にはまだ眠っている暇は無いのだ。


「済まんが俺は国巡りをせねばならん。全ての場所から呼び出しを食っていてな」


「たまにはちゃんと休んで下さい。明日はドラゴンの巣に行くんですよね?」


「ああ。だから今晩はゆっくり休むつもりだ。心配しなくていい」


恵はまだ何か言いたそうだったが、これ以上言っても悠を困らせるだけだろうと口を噤んだ。誰もまだ悠の代わりなど出来ないのだ。


「『遠隔視聴』が各国に行き渡ればこうして一々飛んで行かなくても話し合う事は出来る様になる。それに、ハリハリは俺が知る限り世界一の魔法使いだ、その内『転移』や『飛行』も物にするかもしれん。そうなれば俺の負担も減るさ」


悠としてはこう言うのが精一杯だ。今は自分の体を使って時間を短縮するしかないのである。


「連合軍の人達もそろそろダーリングベル領を越えた頃ですね」


食器を片付けながら悠の背後を通り掛かった蒼凪が言うと、悠も頷いた。


「今日中にソリューシャに到達するだろう。テルニラとフォロスゼータの守りに5千ずつ駐留しているが、その者達も10日後には帰国予定だ。既に各王家には作戦の終了は伝えてある」


だからこその忙しさである。連合軍の帰還を待ってから動くなどという時間的な余裕はどこにも残されていなかった。


「では行って来る。最初は冒険者ギルドからだ、ヒストリアは準備しておいてくれ」


「うむ、分かった」


最後の一口を口に詰め、もぐもぐと咀嚼したヒストリアは蒼凪の後について食器を運び始めた。こうして見るとヒストリアも馴染んだものだ。


悠がヒストリアに声を掛けたのは、たまにはオルネッタに顔を見せてやるべきだと思ったからだ。ヒストリアは子供扱いされるのを嫌ってオルネッタに会いたいとは言わないが、逆にその頑なさが本心を表しており、恩人に挨拶するのは大人の礼儀だという悠の言葉に渋々(という体で)頷いたのだった。実際はその楽しそうな足取りをみれば一目瞭然なのだが。


悠は屋敷を収納すると、『竜騎士』となって冒険者ギルド本部へと急いだのだった。




「あっ、ユウ様だ!!」


「えっ!? なんでここに……まだ戦争は終わったばっかりだろ?」


「何か特別な魔道具でも持ってるんじゃないのか? 教官なら何を持ってても俺は驚かんね」


ギルド本部では悠は注目の的であった。それ以前に街でも悠の姿を見ると、人々は畏敬の念を隠し切れないといった様子で、悠長に捕まっている暇など無い悠はヒストリアを背負って一直線にギルド本部まで駆けて来たのだ。流石に悠の速度に追い付ける者は居なかったが、大いに注目は引いた事だろう。


悠はヒストリアを下ろし、道を空ける冒険者達の間を通って受付に声を掛けた。


「統括のオルネッタ殿はいらっしゃるか? 悠とヒストリアが会いに来たと伝えて欲しいのだが」


「し、少々お待ち下さい!!」


たまたま空いていた受付に居た少女に冒険者証を提示すると、少女は直立不動で答え、足をもつれさせながら奥へと消えていった。まだ働き始めて日が浅いのだろう。


「慌ただしい娘だな。ゆーは取って食ったりはせんのに」


《ま、こんなのは慣れっこよ。蓬莱でも都に居てユウを知らない人間なんか居なかったしね。有名税って所かしら》


「軍務に就いていない時の俺はただの一般人と変わらんがな」


蓬莱では有名人の悠だが、不躾に話し掛けてくる人間は殆ど居ない。悠に気付かない訳では無く、私的な時間を奪わないように住人が配慮していたからだ。軍人は尊敬を集める職業であり、その行動にも自然と敬意が払われているのである。


今、ギルドには高位の冒険者が少ない。これは戦争に行っているからで、悠の用件は彼らに関する事でもあるのだった。


執務室のドアが開きオルネッタが姿を表すと、オルネッタは敬礼する悠(と、見様見真似でそれに追従するヒストリア)に微笑んだ。


「ご苦労様でした。ユウ、ヒストリア、無事の帰還を嬉しく思います」


「ありがとうございます。お預かりしていた冒険者は近日中にお返しします」


「おるねー、久しい」


「ええ、久しぶりね、ヒストリア。残りの話は部屋の中で伺いましょう。さ、入って」


「失礼します」


悠とヒストリアが部屋に入ると、オルネッタは口調を崩して喜んだ。


「ありがとう! 殆ど冒険者を損なわずに勝ったんですってね?」


「詳しくはここに書いてある」


そう言って悠が取り出したのは名簿である。冒険者一人一人の名前が記されたそこには、悠やハリハリによる冒険者達の評価なども書き込まれていた。戦争中の悠の肩書きは冒険者隊の隊長であり、各ギルド長と同等の権限を有していて、冒険者のランク昇格にも意見する事が出来るのである。


「助かるわ。正直、これが貰えるのは一月くらい後になるかと思っていたから」


多人数戦闘で個人個人の評価を見定めるのは難しい作業だが、チラリと目を通しただけでオルネッタはその出来に満足した。


「私達もあなたに用事が沢山あるわ。……でも、まずはこれかしら」


オルネッタはテーブルから一枚の装飾された書類を取り上げ、悠に提示した。そこにはこんなタイトルが踊っていた。




……『Ⅹ(テンス)認定証書』と。

まずはギルド本部から。

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