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閑話 誰が為に2

再び部屋に集まった一同の中で雪人は思案に暮れていた。


(美夜さんが時間を下さったのは今の内に頭を冷やし、曇り無き思考で物事に当たれという気遣いであろう。あの喝破からして恐らく本物であろうが……先入観は抱くべきでは無いな。予想外の事に熱くなるとは、俺もまだまだ青二才という事か)


大抵の事であれば雪人は受け流す事が出来ると思っている。例えば自分の父母が現れても怒りを感じはしてもそれを表には出すまい。


しかし美夜は別だ。もし美夜が雪人の命を望むのなら雪人は差し出しても構わないとすら思っている。貰った物を返すだけの事で、蓬莱が救われた今、そんな事は悩むまでも無い。


(全ては美夜さんの話次第か。……しかし、本物なら本物で俺が交渉するのは得策では無い。ここは……)


雪人はチラリと隣に視線を送った。


「西城、話はお前が進めろ。俺は情報の吟味に徹する」


「それはそれは、随分と意気地のない事で」


毒のある返答に雪人が舌打ちする。


「チッ……何とでも言え。俺では美夜さんに頼まれては嫌とは言えん。お前は図太いから適任だろうが」


「……仕方ありませんね、××××(自粛)な男性陣に代わって私がやりましょう。汚れ仕事はいつも私に押し付けて誠にいいご身分ですね? 志津香様、朱理は真田先輩に汚されてしまいました……」


「私に言わないで下さいまし!」


「休みをくれてやるから嫌味をやめろ!」


とりあえず「少し」毒を吐いて溜飲を下げた朱理だったが、この流れは想定済みでもあった。匠と雪人が強く出られない相手なら、自然と自分にお鉢が回ってくると思っていたのだ。


無論、朱理も美夜の事は知っている。というより、蓬莱の女性で美夜を尊敬していない者は殆ど存在しない。後の英雄である悠を産み、その片腕となる雪人を命がけで助けた美夜はこの20年間の最大の偉人の一人である。最期まで戦う軍人の気概と限りない母性愛の象徴として大戦後も多くの尊敬を集めている。


……余談だが、その人望は天界での美夜のカルマにも影響を及ぼし、今も増大を続けていた。


話を戻すが、朱理も美夜を尊敬してはいるが、誰よりも上に位置する訳では無い。朱理の忠誠はいつ如何なる場合であっても皇帝である志津香に向けられているのである。美夜に遠慮して志津香が不利益を被る事を許容する気は無かった。


(美夜様は蓬莱の恩人なれど、今の蓬莱と天秤に掛ける事は出来ません。蓬莱と志津香様をお守りするのが私の役目。不利益を見逃す事はあってはならないのです)


自分以外にこの役割は務まらないだろう。匠と雪人はかくの如しであり、真も似た様なものだ。亜梨紗は政治経験が皆無だし、仗に交渉を任せるというのは決裂が目的としか思えない。あとは志津香だが、悠の母親である美夜に対して精神的に劣勢になるのは見るまでもあるまい。


「あ、そろそろだよ」


そんな事を考えている間にナナナが反応を示し、部屋の中央に美夜が像を結んだ。


《改めて初めまして、そしてお久しぶりです。私は天界軍に所属する神崎 美夜です。元は蓬莱の軍人ですが、まだお若い皆さんとは顔を合わせた事が無い方々もいらっしゃいますね。まずは自己紹介をお願いしても宜しいですか?》


既に先ほどの苛烈な気配は失せ、穏やかに語る美夜に朱理は志津香を促した。


「陛下、まずは陛下からお願い致します」


「はい。……東方連合国家、第二代皇帝、天津宮 志津香です。美夜様がその身を挺して残された若芽が蓬莱を救いました。皇帝として、そしてこの蓬莱に生きる一人の人間として深い感謝の意を表明致します」


《勿体無いお言葉、謹んでお受けいたします、陛下》


まずまず無難なやり取りであろうが、当の志津香は内心では冷や汗ものである。慕う男性の親であればそれも当然だが、志津香は蓬莱女性の通例に漏れず心から美夜を尊敬していた。やはり交渉の矢面に立つのは如何にも厳しかっただろう。


そんな志津香の隠している内心すら察して隣に侍る朱理が頭を下げた。


「初めまして、美夜様。私は皇帝秘書官、西城 朱理と申します。今回の会談は私が取り仕切らせて頂きます」


《西城秘書官ですね。分かりました、宜しくお願いします》


美夜の目がチラリと匠と雪人を撫で、朱理の下に戻ったのを見て、今のは状況は察しているというジェスチャーだと朱理は気付き小さく頷いた。相手に気遣われているようでは自分もまだまだである。


「東方連合国家軍情報竜将、真田 雪人です。先ほどは失礼しました」


《お気になさらず。事前に伝えなかったこちらの手落ちもありましょう》


雪人は表面上は完璧に感情の気配を殺して美夜に挨拶をし、美夜も特に問題視する事無くそれを受けた。口調が固くなってしまうのは仕方のない事だが、雪人も同じ過ちを二度繰り返す訳にはいかないのだ。


「東方連合国家軍戦闘竜将、防人 匠です……美夜様」


《はい、お久しぶりです。積もる話もありましょうが、今は会談を優先させましょう》


匠は雪人ほど完璧に感情に蓋をする事は出来なかったが、美夜は微笑んでその感情をいなした。


「自分は連合国家軍虎将、千葉 真であります! 前戦闘竜将たる神崎 悠殿の副官を務めておりました!」


《それはそれは……息子が世話になりましたね、千葉虎将。今後とも宜しくお願いします》


尊敬する上官の親では無く天界の使者なのだと自分に言い聞かせる真だったが、逆に向こうから緊張を解すように柔らかい言葉を掛けられ、自分の青さに赤面した。


「……轟虎将、次は轟虎将の番ですよ」


席次としては一番下の亜梨紗が隣の仗に小声で促すと、仗は初っ端から爆弾を投下した。


「あん? ……ったく、面倒クセェな……東方連合国家軍戦闘虎将、轟 仗だ。ダンナのお袋なんだって? ちょうどいいから天界の偉そうにしてる奴らに言ってくれよ、俺はいつでも戦いに行く準備は出来てるってな」


「と、轟虎将!!!」


無礼な態度に場の空気が凍り付くが、当の仗は素知らぬ顔である。機会があればいつか言ってやろうと思っていた事を口に出しただけだ。ナナナに言っても埒が明かないのであればその上役に言ってしまえという事だった。


志津香や朱理が叱責を加えようとする気配を滲ませたが、それに先んじて美夜は2人を手で制した。


《……なるほど、実力であれば悠に次ぐという自負がそうさせるのかもしれませんが、あなたはもう少し自分の鋭気を上手く包み込む術を見に着けなければ異世界などには送れませんね。現地人と諍いばかり起こすのでは役目は果たせません。それに、肝心な時に半死人になっているようではまだまだ未熟、もっとあなたが人として大きく成長したと感じたらお願いする事もあるかもしれませんね》


返って来た美夜の言葉も穏やかな口調ながら仗の痛い所を突いて来た。ナナがこの世界に来た時、仗はベッドの上で死に掛けていたのだ。それを未熟と言われれば力を信望する仗は言い返す事が出来なかった。


「……チッ、流石はダンナのお袋、言いたい事言ってくれるぜ……」


《忌憚の無い意見交換が信頼構築の第一歩だと私は考えていますので。また言いたい事があったら私に言いなさい、仗君?》


君付けで呼ばれた仗が苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。蓬莱広しと言えど、仗を子供扱いする女性は美夜くらいであろう。


一応沈静化した場で亜梨紗が最後に名乗りを上げる。


「と、東方連合国家軍戦闘鳳将、千葉 亜梨紗です!! ……その、じ、自分はまだ『竜騎士』になったばかりの新参者ですので、至らぬ点が多々あろうかと思いますが、どうかご容赦下さい!!」


一番緊張していたのは間違い無く亜梨紗だっただろう。縺れそうになる舌を何とか動かし口上を述べる亜梨紗に美夜が笑い掛ける。


《そんなに緊張なさらないで、千葉鳳将? でも、千葉という事は千葉虎将とはもしかしてご兄妹かしら?》


「はっ! 千葉虎将は我が兄です!」


《そう……ご兄弟揃って優秀なのですね。悠にも妹が居たのだけれど……》


《ただいま帰りましたっ!! ……あら、母さん、家で正装なんて何処かへお出かけですか?》


そこに突然第三者の声が割り込んで来た。どうやら美夜は自分の家から通信を行っていたようだ。


《詩織、今母さんは大切なお話をしているのよ。こちらは蓬莱の方々です》


《蓬莱……蓬莱!?》


美夜の言った意味を理解した詩織は慌てて服装を整え、美夜の隣にちょこんと座って勢いよく頭を下げた。


《初めまして!! 私は神崎 詩織です!! 兄さ……兄がいつもお世話になってますっ!!》


キラキラした目で見つめて来る詩織に蓬莱の面々は困惑した。悠の妹は知られている限りでは神崎 香織だけである。年齢からして辻褄が合わないが、雪人はピンと来る物があって詩織に話し掛けた。


「初めまして、「僕は」真田 雪人、神崎家とは昔からの縁で仲良くさせて貰っているんだよ。君は天界の生まれかな?」


微笑んで尋ねる雪人は所謂猫被りモードだ。そうして優し気にしていれば雪人は貴公子的で、女性なら思わずその瞳に見つめられると頬を赤らめる者多数なのである。


それは天界人と言えど男性に免疫の無い詩織も同じであった。


《は、はいっ!! 生まれも育ちも天界です!! ゆ、雪人さんの事は父さ、父から聞きました!!》


「うん? そうかい、ハハハ、僕は出来の悪い生徒だったからね、厳しい事を言われていそうだなぁ」


《そんな事ありませんよ!! ちょっと女にだらしないけど、雪人は素晴らしい頭脳の持ち主だって!!》




…………。




《……さ、詩織、私は今から大事な話があるから向こうにいってらっしゃい。後で時間があればお話させてあげるから》


《ホント!? やった、雪人さん、また後でお話してねっ!!!》


気まずい沈黙を打ち破って詩織が踊る様な足取りで姿を消すと、美夜は何事も無かったかのように表情を切り替えた。


《それでは、そろそろ本題に入りましょうか。少しは信用を得られると良いのだけれど》


朱理と雪人はいち早く気付いていた。美夜が詩織に好きに喋らせる事で自分の潔白を証明しようとしたのだという事を。


短い邂逅であったが、詩織の存在は様々な情報をもたらしていた。他愛無い物でも隠さずに見せる事で美夜は誠意を見せたのだろう。


その意を汲んで、朱理も頷いた。


「はい、それではお願いします」


そうして、美夜の話が始まった。

実は美夜は詩織を利用して雪人の素行に釘を刺したんじゃないですかね(笑)

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