2-2 見渡す限りに屑ばかり2
部屋の中は苦悶の声に満ちていた。およそ人の口から出る声とは思えないが、それを成した張本人にはまるでその事に頓着する気配は無かった。張本人とは即ち、悠である。
ある者は手を折られ、またある者は足が逆を向いている。両目に指を突き込まれて喘いでいる者も居たし、アバラを折られて肺に突き刺さって呼吸困難になっている者も居たが、これだけの惨状に係わらず、何故か死者は居なかった。
「これが『豊穣』の効果か。致命傷になり得る攻撃も混ぜたが、確かに死なん様だな。苦痛は感じている様だが」
《切っておけば良かったと思っちゃったわ。こんな下種な人間、見た事が無いもの》
死人が出ていないのは、ナナに貰った『豊穣』の効果だ。致命傷を与えても自動的にダメージが痛みに変換されて対象を死なせないのだ。しかし、副作用と思っていたこの効果は、ある非情な使い方があったのだ。――拷問である。
どれだけ痛めつけても死なないのなら、手加減など考える事も無く痛めつける事が出来る。そして変換ダメージは物質体に返るのではなく、精神体を痛めつける為、精神を鍛えていない者に耐える事は非情に困難だった。
「とりあえず、適当な奴を締め上げて子供達の居場所を吐かせよう。――拷問してでもな」
その言葉を聞いた周囲の者達の悲鳴が一層大きくなる。既に失禁している者や気絶している者も多数いる様で、部屋には異臭が漂っていた。
悠は最初に倒した二人の元へ行くと、気を失っているベロウでは無く、蹲って喘いでいるクライスの髪を鷲掴みにすると後ろに引き倒した。
「ぐああっ!!・・・な、なんだ、何が、起こった?糞、糞ぉ・・・俺の、俺の目がぁっ!!」
「質問に答えろ。異論も反抗も認めん。3秒以内に答えない場合は罰を与える。理解したか?」
「き、きっさまぁ!!こ、こんな事を、して、許されると――」
「理解力の足らん奴だな・・・」
そう言って悠は耳を掴むと、一息に手を下に下ろして引き千切った。
「ぎゃぁああああ!!!!」
「俺は理解したか?と聞いているんだ。もう一度聞こう。理解したか?」
悠は再度クライスに尋ねた。もう片方の耳を掴んで。
「し、した!!したから!!!だから、や、やめてくれ!!!」
「では聞こう。他の召喚されてきた者達はどこだ?」
「そ、それは・・・」
言い淀むクライスだったが、悠が全く躊躇無くもう片方の耳を千切り飛ばした。
「ふぎゃああああ!!!!」
「どうする?次は指を千切ればいいのか?それとも腕ごとか?」
「い、いひ、いいます!!!!いいましゅからぁ!!!」
クライスは最早完全に心を折られていた。召喚器の護衛などを勤めるだけあって、クライスは腕前も家の格もそこそこに高い。これまでその立場を利用して、散々子供達をいたぶり、あるいは壊してきた。どうせすぐに補充されるのだ。多少遊んでも構わないと思っていたのだ。しかし、その所業もこれまでだった。
「では案内して貰おうか。・・・おっと、そういえばもう目が無かったな。片方を残しておけば良かった」
その言葉にクライスは心底震え上がった。単にその方が便利だから、という程度の後悔しか感じなかったからだ。
そして悠は気絶して横たわるベロウの脇腹を突き破らない程度の力で軽く蹴り込んだ。
「ゲハッ!!!」
脇腹を蹴られたベロウは即座に覚醒し、血の混じった胃の内容物を床にぶちまけた。悠としては非常に手加減したつもりだったが、履いているのが龍鉄の靴であったので、その威力は並みの大人の全力とほぼ変わらなかったのだ。
吐きながら内容物の上を転げ回るベロウの胸に軽く悠が足を乗せて釘付けにし、その場から動け無い様に固定する。
「は、ぐぇぇぇ、うぷ・・・な、なんなんだよお前ぇぇ・・・」
「子供達の居場所に案内しろ。相棒の様になりたくなかったらな」
「なんだと・・・うっ!く、クライス・・・」
そこで初めてベロウはクライスや部屋の中の惨状に気付いた。血と汗と涙と尿に塗れた同僚達を見、そして傍らに居る、両目を潰され、耳を千切られたクライスを見て思わず失禁した。
「ひ、ひぃぃぃぃいいいい!!!!」
「聞こえんのか?案内しろと言っているんだが」
ベロウの胸に乗せた悠の足の力が徐々に強くなっていく。それに伴い、ベロウの胸骨からミシミシと嫌な音が聞こえ始めた。
「あう!あぐあぐぁぁあああ!!!あい!します!!!あぐっ、あ、ああああんないしまふ!!!」
「結構。では相棒に肩でも貸してやれ。貴様等二人から話を聞きながら行くとしよう。さっさと立て」
息も絶え絶えなベロウから足をどけると、ベロウは痛む体に鞭を打って即座に立ち上がった。これ以上痛めつけられるのはゴメンだったので。
ベロウの右手の出血は既に止まっている。『豊穣』の効果で、ある程度以上の出血は生命に係わると感知して癒着したのだ。痛みは全く消えてはいないが。
「ほ、ほら、立て、クライス!・・・殺されるぞ・・・」
後半のセリフをクライスの耳元でベロウは囁いた。耳朶を喪失したクライスにはかなり近づかなければもう聞こえないのだ。
「あ、うぅぅ・・・しに、しにたくないぃぃいい」
なんとか言葉を聞き取ったクライスも、すがり付く様にベロウに体を預ける。
「貴様等も見た所軍人だろう。泣き言などそれくらいにして、さっさと行動しろ。俺の部下だったら徹夜で再訓練コースにしてやる所だ」
この様なバケモノの部下を想像して、ベロウは再び強烈な吐き気に襲われた。サイクロップスやデーモンが群れを成してこの男に付き従っている場面を頭に思い浮かべてしまったのだ。その軍隊の足元には、敵対した存在の四肢や臓物が転がっていた。
よろよろとベロウとクライスは召喚の間と呼ばれたその部屋の入り口に到達すると、悠はベロウに自分がいいと言うまで目を瞑っている様に命令した。
「は、はい、でも、何を?」
「・・・貴様も目を潰されたいのか?」
「いいいいえ!!!滅相も無い!!!」
そう言ってベロウは後ろを向いて、決して何があっても開けまいと誓って目を閉じた。
それから3分。
「もういいぞ」
「え、あ、はい」
特に何かが起こった様には感じなかったが、強いて言えば・・・部屋が静かになった様な気がする。
しかし、振り向いて確認する様な真似を目の前の男が許すとはとても思えなかったので、ベロウはそのまま部屋を後にして、案内を始めたのだった。
それはベロウがこの日行った中で最も良い判断であった。
もう部屋の中には、人の形をした、息をしているだけの肉の塊しか無かったので。
ここから読んでる人は、悠が元の世界にいた時どんな感じだったか分からないんでしょうね・・・
超怖いんですが。