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閑話 天界にて1

そろそろ一度は触れておかねばならないと思い、閑話に突っ込む事に。色々神様の名前が出て来ますが、メインで出て来る事は少ないと思いますので気にしないで下さい。

天界。それは善なる魂の辿り着く場所。


10層のピラミッド状の階層に分かれたその世界は神々と人間界から見出された英霊、更にその眷属や家族が住まう神聖な土地である。


天界に至るには幾つかの方法が存在する。主なもの3つで、一つは稀有なる功績によって膨大なカルマを集め神の雛型として見出される事。一つは輪廻転生を繰り返す中で一定量の業に到達する事。そしてもう一つは下位互換とも言えるが、人類への貢献や優れた能力・人格を天界に認められる事である。


ただ、それ以外にも天界に新しい命が加わる事がある。


「修さん、詩織は外ですか?」


台所から居間に向かってそう呼び掛けるのは転生勇者エインヘリヤルとして天界の住人となった神崎 美夜である。そしてその声を居間で受け取った者もまた同じ立場である美夜の夫、神崎 修であった。


「ああ、外で鍛練をしているぞ。私が呼んで来よう」


生家を再現したその家の縁側から外に出た修は庭で汗を流す少女に声を掛けた。


「詩織、そろそろ食事の時間だぞ」


「はいっ父さん!!」


ハキハキと歯切れのいい調子で修に答えた少女は最後に一礼して残心を解いた。


彼女の名は神崎 詩織。現在12歳の、天界で生まれた悠の妹に当たる少女である。




「父さんっ、兄さんは今もお務めに励んでいるのですか?」


「何だ、また悠の話か?」


「この間も聞いたばかりでは無いですか、詩織」


食事が終わり、食器を片付け終わると詩織はすぐに訊きたかった事を話題にあげた。


「だって……こんな名誉な事に自分の家族が選ばれているなんて誇らしいではないですか!! 私も学園ではいつも皆に聞かれて大変なのですよ!?」


「……まさかとは思うが、迂闊な事は言っておらんだろうな?」


詩織の言葉に修の目が細まり、詩織を射抜いた。その鋭さに詩織は思わず唾を飲み下しながら頷く。


「は、はい、誓って適当な事は申しておりません!」


「詩織、悠は人の身でありながら困難な任務を遂行せんと決死の覚悟で事に当たっているのです。妹のあなたが浮足立っていては、いつか悠に会った時に胸を張れませんよ?」


美夜の口調は柔らかいが、抗い難い力を感じて詩織は背筋を伸ばした。


詩織は天界で生まれ天界で育った生粋の天界人である。転生勇者や神が子を成せないなどという法もことわりも無く、後からやって来た修との間に出来た美夜と修の子だ。と言っても本当の意味での肉体を持たない天界の住人の妊娠や出産は肉体に縛られている下界とは少々異なるが、それは今は置いておこう。


悠の活躍は天界でも秘されている訳では無い。秘密裏に進めるには事が大き過ぎ、場合によっては天界の介入もあり得るとして公然の秘密の一つとなっているのである。


詩織は美夜と修から兄である悠の事を聞かされてここまで育った。兄の英雄譚は詩織のお気に入りであり、自然な流れとして自分も武の世界と関わる事を望んだのだ。最初に庭で鍛練を積んでいたのはその一環である。


母や父から聞く兄の話はまるで神話の住人のようだった。異世界からのドラゴンの侵攻に敢然と立ち向かい、そして世界を守り抜いた本物の勇者なのだから当然と言えば当然だったが。


「ああ、兄さんに会いたいな……会って兄さんの口からこれまでのお話を伺いたいのですっ! 人の身でありながら凄まじいほどの力をお持ちなのですよね?」


「全く……元気に育ってくれたのはいいが、お前は少々直情的過ぎる。生粋の天界人たるお前は我々よりも高い潜在能力を持っているのだ、心の修練も怠ってはいかんのだぞ?」


「こ、心得ております」


「……分かれば宜しい。こっちにおいで、悠の話を聞かせてやろう」


「はいっ!!」


素早く立ち上がり、詩織は修の正面に座ると、今か今かと話し出すのを待ち侘びた。こうして父親の近くに抵抗無く寄って来てくれるのは何歳までだろうかと、修の頭に父親としての寂寥がよぎる。


思えば自分も随分と丸くなったものだと修は思った。天界に来た直後はまだ軍人としての鋭気を周囲に振り撒いていたが、こうして美夜と詩織と一緒に暮らす日々が修に本来の穏やかさを思い出させていた。今悠が自分を見れば、一緒に暮らしていた時との落差に驚くかもしれない。


……ちなみに、彼の部下達は丸くなったなどという発言は信じなかっただろう。教練中の修は天界で鬼教官と呼ばれるほど苛烈なのである。


「いつだったか、合同演習で軍を率いる阿修羅様と話す機会を得た事がある。天界にその名を轟かす猛者の方に急に誘われて私も何か不始末があったかと戦々恐々としていたのだが、行った先にいらした方々を見た時は思わず無いはずの心臓が高鳴った気がしたよ。そこにはトール様やスカアハ様のみならず、ゼウス様やオーディン様、素戔嗚スサノオ様までいらしたのだからな。名前を聞いただけでも私の緊張を理解してくれるか?」


出て来た名前の大きさに詩織の目が見開かれ、盛んに首を縦に振る事しか出来なかった。いずれも天界でも上位を占める高名な神々であり、特に戦神の側面を持つ者が多く含まれていたからだ。神格は一番低い阿修羅でⅤ級神であり、ゼウスやオーディンら主神はⅠ級神として多数の神々を束ねる立場の者だ。おいそれと表に出て来るような存在では無く、新参で末端もいい所の修が会えるような者達では無かった。


「そんな神々が私に何をと思ったが……彼らが話したかったのは他でも無い、蓬莱と……悠の話だったのだよ」


「えっ!? に、兄さんの!?」


「そうだ。ドラゴンに詳しいゼウス様が仰るには、龍や竜は恐らく異界で自分達神族や魔界の魔神族に相当する存在なのだろうと仰っていた。この世界にもドラゴンは存在するが、それとは本質的に異なる存在であろうとな。神々にまで届き得る力を持ったドラゴンなどこの世界には数えるほどしか存在しないが、その異界からやって来た者達はそれだけの力を持った者達が数多く含まれていたのだ。一時は天界も禁忌に抵触する危険を冒してでも討伐すべきではないかと真剣に議論されていたのだが、どうやら龍と竜は互いに反目し合い、しかも竜は善性に拠って人間を守ろうとしている事などを踏まえ、事の推移を見守る事にしたのだ。神々が下界で力を振るえば、それはその世界の破滅を意味しているからな。蓬莱を無に帰すという選択肢を軽々に選択しなかった神々の英断には私も胸を撫で下ろしたものだ」


神々は竜と人間の力に賭けたのだ。もし彼らが勝てば世界は救われ、神々が介入する必要は無くなる。つまり、蓬莱を犠牲にしなくても良くなるという事だ。しかし、もし龍が勝てば神々は蓬莱の崩壊を知りながらも全力で戦わなければならない。それは勝っても蓬莱が救われる事の無い最悪の選択であった。


「ゆえに、蓬莱は神々はおろか天界の注目の的だったのだ。我々が困難に直面していても救いの手を差し伸べる事が出来なかった事を神々は口々に私に詫びて下さった。こうして天界の住人となり事情を知った私は神々の謙虚さにむしろ恐縮しきりだったが、最後に素戔嗚様が言った言葉が今でも忘れられないよ。「良い息子を持ったな。強い、とてつもなく強い息子だ。もうちょっと修行を積んだら俺でも勝てるかどうか分からんぜ」とな……。詫びついでの戯言かと思ったが、否定しようと見た素戔嗚様の目には偽りは無かった。私は誇らしさが胸一杯になって思わず……」


「修さん、修さん!」


「む、どうした美夜?」


話に熱が入った修の袖を強く引いて美夜が話を中断させて眉間に皺を寄せた。


「その話はかなりの機密が含まれています。いくら娘とはいえ、その辺にしておいて下さい」


「……これは、私とした事が少々熱くなったか」


「修さんはその話をするといつもそうですよ。最初の時など泣きながら帰って来て延々数時間もその話を繰り返すんですもの、何事かと思いました」


「こ、こら、父の威厳を損ねる事を言うな!」


笑って受け流す美夜と違い、それでは済ませない者がここに居た。


「酷いです母さん!! いい所だったのに!!」




「……詩織」




先ほどの修よりも数段上の気配が居間を席巻する。物理的な冷気すら感じさせる張り詰めた気配に修も詩織も口を噤み体を硬直させた。美夜は修よりも先にこの天界で修行に明け暮れていた軍人なのだと思い出させるような気の張り詰め方であった。


「分かっているとは思いますが、決して今の話を外に漏らしてはなりません。本気には取られないかもしれませんが、神々を侮辱していると思われたり、みだりに身内をひけらかすような真似は慎まねばなりません。……いいですね?」


2人を等分に見つめる美夜の言葉が修も含まれているのは明らかなので、詩織と修は互いに手を握り締めたままカクカクと頭を上下させた。


天界の神崎家はそれなりに平和そうである。

いきなり違う妹が居ますぜ。こっちの方が驚きですね。

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