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閑話 蓬莱への戦勝報告2

《聞く限りでは概ね問題は無いらしいな。では時間も無い事だ、此方からも情報を渡しておこう》


雪人が手を掲げ、しばし瞑目するとその手の中に光の球が生まれ、部屋を照らした。それはリュウの能力では無く、紛れもなく魔法で作り出した光だ。


《見ての通りだ、世界を跨いでも魔法は制約無く発動する》


映像記録で伝えた魔法陣で魔法を使わせてみた結果が今の光景だ。ただ、ここに居る者の中に魔力マナの使い手は居ないので、出力には十分な注意が必要だったが。


「『竜騎士』や『竜器使い』が魔法を使えるのは予想範囲内の事だが、一般人はどうだ?」


《使用出来ん。そもそも魔法陣を構築する為の竜気プラーナが無いのだから当然だがな。もし使える様になっていれば、全ての民を兵力として数える事も出来たが……大戦が終わった今、広める必要があるのかどうかは協議中だ》


問題は、これを一般に広めるべきか否かである。今蓬莱で魔法の存在を知るのはこの場に居る者と朱理、志津香だけだ。このまま死蔵すれば全員の寿命をもって魔法は失伝し闇に葬られるだろう。


《そもそも魔法は科学と表裏一体なんだよ。魔法が進んでいる世界は科学が進んでいないし、科学が進んでいる世界は魔法がおとぎ話みたいに扱われてるの。今更この世界に魔法が必要だとは思えないな。龍だって殆ど狩り尽しちゃったんだし、一般人が使う程度の魔法で龍を倒すのはとっても厳しいんじゃないかな?》


《俺もそう思う。牽制程度にしかならんだろうし、むしろ広まり切る前に誤射誤爆でどれだけ混乱を引き起こすか分からん。しかし、今は失わせるにはちと惜しい。特にお前を帰す為の転移術式はこちらでも研究しておきたいと思うのだ。現にガドラスがそろそろ『隔界心通話ハイテレパシー』を構築出来そうなのでな》


雪人の言葉にガドラスは自信を持って答えた。


《造作も無い事よ! もうじき此方からも連絡を取れるようになろう!》


「そうか……魔法をどうするかの判断はお前達に任せよう。東方連合の意思決定は全ては陛下に委ねられているのだからな。……そう言えば陛下はどうされた? 西城の姿も見えんが……」


悠の問い掛けに雪人は椅子に深く寄りかかり、腹の上で手を組んで答えた。


《明後日の式典の準備の為に席を外されている。戦争が終わって余裕が出来たゆえ、一度過去の功労者を弔うという名目でな。先帝陛下を筆頭に親子共々多大な貢献を果たした故・神崎夫妻も名を連ねているぞ。俺がお前の名代という立場で陛下のお言葉を頂戴する予定だ》


これまで戦争中という事で大々的に弔う事が出来なかった戦没者をこの際しっかり弔いたいという嘆願が多く寄せられ、政府としても民心を安んじるという観点からそれは急ピッチで進められており、その責任者には文官のトップである真の父が選ばれていた。


「それは済まんな」


《貴様の父母は俺の命の恩人だ、それくらいは誰に言われるまでも無い》


傲岸不遜な雪人が本気で頭を下げる気になれる人間は片手の指の数で事足りるが、神崎夫妻はその数少ない枠に入る人物である。身を挺して雪人を庇った美夜と、悠と共に自分達を鍛えてくれた修に雪人は深い尊敬と感謝の念を抱いていた。彼らが居なければ今の自分は存在しないに違いない。


《過去の『竜騎士』もその対象になる。東城、南城、北城ら『四城家』も多大な寄付をして自分の家の殉死者に報いると息巻いているしな。西城はその調整役も兼ねて同行している側面もある》


東方連合には4つの著名な武家が存在する。東城、西城、南城、北城の4つがそれであり、それぞれが『竜騎士』を輩出した名門の名に恥じぬ家柄である。その内、『竜騎士』に至った者達は残念ながら朱理を除いて大戦中に全員死亡したが、今も数名が『竜器使い』として軍に在籍しているのだ。彼らは皇都の東西南北にそれぞれの家を構え、四方を守護する城という名を冠して『四城家』と呼ばれ尊敬を集めていた。


《それ以外では……ああ、初代の名も上がっていたな。覚えているか? 初代連合国家戦闘竜将、愛染あいぜん 志朗しろうだ》


「愛染殿か……」


その名はある意味軍では禁句タブーとして扱われて来た名であった。他の者達もその名に浮かべる表情はそれぞれに異なっている。プラスからマイナスに順に並べると、亜梨紗は敬意、真は同情、匠は苦悩、雪人は軽蔑、そして仗は侮蔑である。悠は感情を表に表す事は無い。


《バッカらしい、役立たずの竜将が持て囃される理由が分からんぜ》


《そうでしょうか? 愛染様は実にご立派な方だと私は思いますが……?》


《人としては間違い無く善良な方ですよ。でも……》


《そうだな……善良だった。だが、それゆえに愛染殿は戦闘竜将にはなるべきでは無かったのかもしれん》


《防人教官は顔見知りであらせられましたね。しかし、俺はやはり愛染殿は竜将の器ではなかったと思っていますよ。情に流されて大局を見誤るような者が務められるほど竜将の肩書きは軽くはありませんからな》


最も好意的な評価を持つ亜梨紗すら雪人の言葉には反論は出来なかった。彼ら実際に軍人として戦って来た者達の意見としては「愛染 志朗は間違い無く善人ではあるが、軍人としては適格では無い」という厳しいものだ。


そしてその評は悠すら例外では無い。


「そうだな……愛染殿は軍人に相応しくない行動をなさった。人としては尊いが、軍人としてはあれは許されざる行為だ」


愛染 志朗はその高潔で善良な人柄と他を圧倒する戦闘力で初代戦闘竜将として今も語り継がれる英雄である。民衆の間では根強い人気を誇り、自伝や映画にもなっている偉人として知られている。


彼が何をしたのか? ソフィアローゼを治療している時の事を悠は思い出していた。


愛染は龍に襲われた街を助ける為に寡兵で飛び出し、その街を守ろうとしたのだ。そこは彼の故郷で生家もあり、住人は顔馴染みであった。だが、遠い上に龍の数も圧倒的で、軍部はその街を見捨てるという苦渋の決断を下したが、愛染にはそれが耐えられなかった。愛染は机に辞表を置き、同じく街の出身者である軍人を集めて軍を離脱した。


しかし、駆けつけた愛染は顔馴染みの住人達が死に瀕している光景を見て、『竜騎士』の力をその治療に用いてしまったのだ。これは数少ない生き残りの証言で明らかになった事だが、特に治療を得手としていない愛染の竜気は瞬く間に底をつき、『竜騎士』の形態を維持出来なくなった。そして治した住人共々龍に嬲り殺しにされたのだった。


愛染への評価が定まらぬ理由がそこにある。勝手に軍を飛び出し情に流されて殺された愚者なのか、軍に縛られず愛する者達を助けたいという思いに殉じた聖者なのか。


だが、軍部は愛染を愚者として公表する事は出来なかった。ただでさえ旗色が悪い上に民衆の不安を助長する事態は何としても避けたかったのだ。結局、軍部は愛染の死を美談として哀悼の意を表したのが功を奏し、愛染は「最も慈悲深い『竜騎士』」として今日も語り継がれているのである。


しかし、現職の軍人達はそのような理想主義に反感を覚える者も少なくなかった。事実、愛染が抜けた穴を埋めるまでに多数の軍人達がその命を散らしていったのだ。


悠は愛染の行動を責めている訳では無い。その結果こそを許し難く思っているのである。


「『竜騎士』は……」


悠は全員に言い含めるように一度言葉を切った。


「『竜騎士』は、救うべき者を残して死んではならない。そこまでの覚悟で戦場へ赴いたのならば、そして龍の殲滅も住人の命も救いたいと欲するならば、どちらも完遂せねばならんのだ。結果としてどちらも遂行出来なかったでは済まされん。それならば最初から選んではならない選択肢だ」


他の『竜騎士』達は悠の言葉に無言で耳を傾けていた。これは、任務を完遂した前戦闘竜将の金言である。


「我々が極限まで心身を鍛え上げるのはより多くの選択肢を作り出す為だ。まずは勝利する事、そしてより完全な勝利を目指す為に我々は平和になっても日々の鍛練を怠らないのだ。いつか、自分が愛染殿の立場に立った時、彼が選んで果たせなかった選択肢を選び取る事が出来る様にな。……そろそろ時間か」


随分長く話せるようにはなったが、既に世間話になっていたので潮時でもあっただろう。最後に真が悠に話し掛けた。


《出来れば次からは自分が連絡出来る様に研鑽を積んでおきます》


「ならば連絡する時は夜にしてくれるか? 昼に人目のある所で連絡を受ける事は出来んかもしれんのでな」


《了解しました!》


真になら出来ると悠が思ってくれていると知り、真が笑顔で敬礼した。


「ではな。……ああ、それと最後に」


自分も敬礼を返しながら、悠はチラリと雪人を見て言った。




「真田竜将閣下の『竜騎士』覚醒をお祝い申し上げる」




そうして、映像は途切れた。

前にチラッとだけ存在を匂わせた『竜騎士』愛染 志朗の説明もこの際盛り込んでみました。


そして雪人が遂に……。

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