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閑話 蓬莱への戦勝報告1

この機会に少し情報整理の為の閑話で進めます。……脱線もしますが。

《両軍合わせてのべ10万を超える将兵が参加した割にはあっさりしたものだな》


「しかしお前の想定内だろう?」


《当然だ、俺が考えたのだからな。しかし、味方の死者が一桁とは思っていなかったぞ?》


戦争が一段落し、悠は蓬莱に戦争の顛末を報告していた。その内容は通常の人間同士の戦争の結果としては破格の内容であった。


味方の損害はほぼ0、敵は全滅などという結果はよほどの革新的な技術か戦術の差が無ければ実現し得ない。全ては情報を集積・分析し、敵の技術すら応用してみせた雪人の鬼神の如き謀略の結果であろう。


「唯一まともに敵兵と当たったのが冒険者隊だったからな。正規軍に比べて連携は拙いが、その分個人の実力は上だ。潰走した敵と正規軍がぶつかっていればもっと被害が出ただろう」


イレルファン領マーレでの戦闘がこの戦争における唯一のまともな戦闘行為であった。その際も連合軍は圧倒的に有利な態勢を作り上げており、一番戦闘経験が豊富な冒険者隊が敵兵と当たったのは偶然に近い必然である。


《でも、勝ったのに敗戦国に手厚い対応をするのはどうしてですか? 普通は賠償金や国土を要求するものでは?》


真の言葉にも雪人は饒舌に答えた。


《勝ったミーノスとノースハイアは勝者ゆえにアライアットに慈悲を示す事が出来る。死人に鞭を打てばアライアットの恨みは百年経っても消えんだろう。多少の土地や金で良好な関係を築けるのならばさっさとくれてやればいい。どちらもそれぞれの国には有り余っているのだからな。……熟成された恨みというのは存外厄介で、どちらも当事者が生き残っていない時代の事すら引き合いに出して新たな紛争の種にしてしまう輩もいずれ出て来よう。なるべく負の遺産は後世に残さんのが現世に生きる者達の務めだろうよ。……と、正直に言ってもまだ向こうの人間には理解し難いだろうから、表向きは善意の支援によってアライアットの住人の心を安んじる事でこれ以上無用な戦争を起こさぬためと言ってあるがな》


雪人の考えは5年10年では無く、百年のスパンで見る巨視的なものである。いずれ文明が成熟していけば、過去の文献を紐解いて当時を振り返る事もあるだろう。その時に全ての咎が聖神教にあると明記されていれば、容易に国家間の争いにはならないと雪人は考えたのだった。


《はぁ……そういう物ですか……》


《……おい真、他人事のような返事をしている立場では無いぞ。これは今後の蓬莱にも当てはまる事だ。『竜騎士』の強大な力を制する事が出来る者は『竜騎士』以外居らんのだ、我らは自分達の潔白を常に示し続けなければならん。『竜騎士』は正義の代名詞であらねばならんのだ……一つ未来にありがたい予言を残しておいてやる。もし竜器が未来にも在るとして、誰も『竜騎士』が居ない時代が来たら、それは東方連合国家が崩壊する時だ。俺の名でどこかに明記しておけ》


雪人の言葉に真が慌てた。


《ちょ、ふ、不謹慎ですよ雪人さん!! 陛下がいらっしゃらないからって!!》


だが雪人は軽く表情を歪めただけで悠に視線を送り、それで悠も雪人の意図を悟った。


「無駄だ真。たとえ陛下がいらっしゃってもこいつは同じ事を言うぞ。それに不謹慎かつ不遜で不敵、不躾で無礼極まりないが、大筋では俺も同意見だ」


《おい、過剰に修飾するな》


「貴様以外誰からも文句は出んと思うが?」


火花を散らす悠と雪人の間に真は何とか割り込んだ。


《つ、つまり、どういう意味ですか?》


答えたのは少し遅れて理解に至った匠であった。


《なるほどな……竜は悪人には従わん。そして『竜騎士』に至るには常人には耐えられんほどの修練と意志の力が必要だ。『竜騎士』が居ない時代とは即ち人間の堕落した時代であり、衆愚に堕ちた国は滅びの道を辿るだろう。雪人の言いたい事はそういう事なのではないか?》


《もう少しで正解と言えましょう。付け加えれば、それを矯正する最終兵器たる『竜騎士』が居ないのですから堕落し始めれば止める者が居りません。ナナナ殿曰く、この世界は倫理的に優れた場所にあるようですから、そうならない事を期待しましょうか》


全く期待していなさそうに雪人が言うと、悠が話題を変えた。


「その辺りは『真田雪人迷言集』でも作って資料室の片隅にでも置いておけ。それよりも、これからが本番だ。俺は次はドラゴンの巣窟であるドラゴンズクレイドルへ赴くつもりだが……」


《一番危険な場所にもう行くんですか?》


ドラゴンを知るからこその真の言葉だったが、悠はそれを訂正した。


「ドラゴンが一番危険だと決め付けるのは早計だぞ。これまで集めた情報によると、魔族が種族的なバランスでは一番だろう。強力な個体は竜器使い並みだと俺は見積もっている。それに、国として成り立つほど数も揃えているようだ。俺がドラゴンを優先するのは、奴らの住処が人間の領域に近く、度々狙って来ているからであって、奇襲の憂いを除いておきたいからに他ならん。どの道戦うのなら早いか遅いかの違いしか無かろう?」


《龍を殺す事に関して貴様の右に出る者は居らんだろうよ。サッサと殺ってくるがいい。だが、地理的に見て全滅させると魔族の人間領域への障害が無くなるから、殺すのは従わない奴らだけにしておけよ》


雪人は悠がドラゴンの巣に飛び込むと言っても全く心配していないように見え、これは弛みでは無いかと思ったナナナが口を挟んだ。


《でも、もしかしたらとんでもない物を持ってるかもしれないよ? 油断しちゃユウさんでも危ないんじゃないかなぁ?》


《ハッ、ナナナ殿はまだ悠という人間が分かっておられんようだ》


しかし雪人は即答でその意見を切り捨てた。


《む~、なんでさっ!!》


《ナナナ殿、これは雪人の言葉が正しいです》


真っ向から否定されて口を尖らせるナナナに、匠が説明を付け足した。


《神崎 悠という男は油断から最も遠い所に心身を置いております。これだけの力を持ちながら細心にして慎重、攻めるべきには大胆にして苛烈だからこそ悠は生き延びて来たのです。敵を知らず無闇に戦って犬死にするような精神とは無縁ゆえ、口に出される必要はありません》


その場に居る『竜騎士』達にはそれは言うまでも無い事なのだ。悠がちょっとした優位に浮かれて調子に乗るような性格ならば、悠は既に死んでいただろう。


「俺も無理に初戦で終わらせるつもり無いし、まずは威力偵察、行けると判断すれば本格的に戦う事にしようと思っている」


《そっか……皆がそう言うなら信じるよ。あ、そう言えば今回は何か見つかった?》


どうやら本当に心配は無さそうなので、ナナナは気を取り直して悠の今回の成果を尋ねた。


「今回は……この『天使アンヘルセーメ』と『吸魂ソウルスティール』くらいか。『天使の種』は人間に埋め込む事で『天使アンヘル』と化し、飛行能力と身体能力の向上、それぞれの欠片に応じた属性攻撃力の強化を可能とする品物だった。また、9つの欠片を一つに統合する事で『大天使アルカンジェロ』というより上位の個体に進化するようだ。属性を司る部分以外は破壊したが、これ単体でも魔法の増幅器ブースターとして使えるのは確認した。『吸魂』は対象を傷付ける事でその者の魂を糧に様々な力を行使出来るらしい。ただし、この機能は別の物品で発生させていたらしく、今では魂を傷付ける効果しか残っておらん。『転移テレポート』などは使えれば便利なのだが……」


《人間の物質体マテリアルを変質させる類の物かな……? 分かった、ナナ様にお伝えしておくね》


悠から得た情報を反芻するナナナに代わり、仗が悠に話し掛けた。


《ダンナ、その『大天使』ってのはどんな力を持ってたんだ? 強ぇのか?》


「全ての『天使の種』が揃っていればⅣ(フォース)の龍くらいだな。強力な再生能力と使い魔を生み出す能力を持っていたが、如何せん攻撃力が低かった。お前が楽しめるような相手とは言えんよ」


悠は正確に『大天使』の強さを表して仗を慰めたが、仗は心底羨ましそうであった。


《今の俺にはそれでも妬ましいぜ。大戦以後、殆ど龍は居なくなっちまった。まだ龍の巣が残ってる上に、他にも色々な化け物が居るんだろ? 俺にとっちゃ天国にしか見えねぇよ》


普通の人間が生きていくには厳しい環境でも、仗にとっては退屈しない素晴らしい場所に見えるらしい。


《Ⅹ(テンス)の魔物モンスターってのも興味あるよなぁ……強ぇんだろうなぁ……》


《悠さん、魔物の中にはドラゴンよりも強い者も居るようですが、遭遇しましたか?》


もはや憧憬すら感じている仗に代わり、亜梨紗が悠に尋ねた。冷静を装っているが、亜梨紗も見た事が無い強者には興味津々なのだった。


極炎鳥フェニックス大海蛇リヴァイアサン魔氷狼フェンリル幽幻騎士王ガルガンチュアなど色々居るらしいが、出会った事はないな。そういう超高位の魔物は自分の縄張りが確立していて近付く者は居らんと聞いたぞ。……ああ、吸血鬼バンパイアとはやり合った事があったな。あれは強かった。今はもっと強くなっているが》


《ハハハ、まるで知り合いみたいな言い方ですね》


「ユウ様、お茶が入りました」


そこにシャロンがお茶を持ってやって来た。


「こんにちは、いつもユウ様にはお世話になっております。私はシャロンと申します」


《あ、こ、これはご丁寧に! 自分は千葉 真と申します!》


「マコト様ですね。これからもどうぞよしなに」


ぺこりと頭を下げて画面から外れていくシャロンに真は感嘆の声を上げた。


《いやぁ、随分と気品のある可愛らしい子ですね。まだ小さいのに……》


《なんだ真、お前も少女愛好癖でもあるのか? やはり同年代の女に虐げられて来た心の傷が闇に……》


《ち・が・い・ま・す・よ!!!》


雪人の毒に全力で否定を返す真であった。放置するとどんどん状況が悪くなるのでタチが悪いのだ。


《でも、彼女は現地の人間なのでは? 何故その家に居るんですか?》


亜梨紗はふと疑問を感じて悠に訊いたが、悠の屋敷に他に現地人の子供が居ない訳では無い。ルーレイも居ればソフィアローゼも屋敷で暮らしているのだ。共通するのは一時的な保護という事だけである。


「彼女が今言った吸血鬼だ。『真祖トゥルーバンパイア』だから格上と称した方がいいかもしれんがな。既に1000年以上を生きているから真よりずっと年上だぞ」


《《えっ!?》》


まだあどけないシャロンの顔を思い出し、やはりとてもそんな恐ろしい魔物とは思えず、真は腕組みして唸ったのだった。

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