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8-95 終戦6

結局その後は眠る気になれなかった智樹は部屋に戻り、ベッドに腰掛けたまま朝の鐘(午前6時)を迎えた。時は無情に流れ、何も答えを出せないまま智樹はベッドから重い腰を上げた。


外の空気を吸って考えようと庭に出た智樹はそこでアルト、ダリオ、カストレイアが3人で話し合っているのを見つけ、朝の挨拶を交わす。


「おはよう、みんな」


「あ……お、お早う御座います……」


「お、おはようございますッス!」


「……おはようございます……」


その返答だけで智樹は3人がルビナンテとの事を知っているんだなと察しがついた。よく考えるまでも無く智樹を呼びに来たのはアルトなのだから多少の事情は知っているのだろうし、ダリオやカストレイアもこの様子なら知っているのだろう。いや、そもそも気付いていないのは自分だけだったのかもしれない。


恐縮するアルトを慰めるように智樹はアルトの肩に手を置いた。


「ごめんね、アルト君。僕の察しが悪いせいで板挟みになっちゃったんだね」


「も、申し訳ありません!! 出過ぎた真似ですし、トモキさんの事情も知っていますが、ルビナンテさんを見ていられなくて……」


智樹はアルトの性格から大方そんな所だろうと推測していた。気付いてしまえばアルトは知らない振りは出来まい。


「いいよ、これは僕が答えを見つけないと駄目な事だと思うから。……と言っても、僕はこんな事初めてで考えが纏まらないんだ。ダリオさんやカストレイアさんも知っていたんですよね?」


「す、スンマセン!! でも、俺っちに出来るのはこのくらいしか無くて……」


下で楽器を演奏していたのは実はダリオである。こう見えて音楽には堪能なダリオは演奏役を買って出たのだった。


「姐さんが化粧の仕方を教えてくれって言うから何事かと思いましたが、ああ、覚悟を決めたんだなって……」


ルビナンテをドレスアップしたのはカストレイアだ。それだけでカストレイアはルビナンテが智樹に思いの丈をぶつけるつもりなのだと察していた。


「全て白状すると、蒼凪さんに相談したんです。そうしたら、答えは当人達に出させるべきだと。僕が勝手に答えを出すのは筋違いでしかないって……全部僕のお節介なんです、本当にごめんなさい!!!」


「いや、蒼凪さんの言う通りだよ。でも、相変わらずキツいなぁ……」


蒼凪の性格からして優しい相談相手だったとは思えず、アルトも散々凹まされた事だろう。お節介と言えばお節介だが、それでもルビナンテの為に動いたアルトを智樹は責める気にはなれなかった。そもそも、自分が鈍感過ぎるのが悪いのであり、アルトを責めるのはお門違いである。


「とにかく、街を出るまでにもう少し考えたいんだ。僕の答えをルビナンテさんに伝える為に……じゃあね」


去っていく智樹の背中を見て、ダリオはポツリと呟いた。


「はぁ……兄貴と姐さんが一緒になってくれりゃ、この街もメルクカッツェ家も安泰なんスけどね……」


「姐さん、本気だったよ。本気でトモキに惚れてんだ……。やった事も無い化粧をして、綺麗なドレス着てよ……同じ女だから分かるよ、姐さんがどれだけの覚悟でトモキと会ったのか……」


ダリオとカストレイアはルビナンテが幸せなら何の文句も無いのだ。智樹にお願いしてどうにかなるものなら額を割って土下座する事も厭わない覚悟がある。だが、男女の仲とは他人が何か言ったからといって上手く行くものでは無いし、智樹には智樹の事情がある。親を捨ててルビナンテを選択してくれとは口が裂けても言えなかった。


「僕達に出来る事は終わりました。あとはトモキさんにお任せしましょう。トモキさんならきっと……」


正しい答えを出してくれるはずだ、という言葉をアルトは飲み込んだ。その答えはアルトには分からず、軽々に口にしていいとは思えなかったからだ。


願わくば、誰もが幸せな結末を迎えられますようにと、アルトは祈らずにはいられなかった。




あっという間に出発の時刻となり、智樹とアルトはヘネティアの者達との別れを惜しんだ。


「兄貴、いつでも来てくれていいんですからね? ここは兄貴とアルトが守った街なんですから!!」


「ありがとう、でも皆が手伝ってくれたから出来た事だよ」


「アルト、色々苦労を掛けたな。今度来たら女衆で慰労してやんよ」


「お手柔らかにお願いします、カストレイアさん」


ダリオやカストレイアの他にその仲間達や街の住人達も智樹とアルトを見送りにやって来ており、正門は黒山の人だかりとなっていた。いかに2人が尽力し、人々に認められてきたのかが一目で理解出来る光景である。


だが、その中にルビナンテの姿は見えない。


「ダリオさん、ルビナンテさんは?」


「その……モカに呼びに行かせたんですが……」


「そうですか……」


会いたくないのか合わせる顔が無いのかは分からないが、ルビナンテがこの場にいない事だけは確かなようだ。


「……そろそろ僕達は行かないと。モカちゃんに元気でねって言っておいて下さい」


「はい……ありがとうございました!!!」


「「「ありがとうございました!!!」」」


別れを済ませ、智樹はフォロスゼータに向けて出立した。途中までは避難民の護衛をしながらの道行きである。




「トモキ!!!」




背後から聞こえた声に智樹が振り向くと、そこには普段通りの格好をしたルビナンテが肩で息をして立っていた。


「トモキさん、僕は先に行ってますね」


智樹の返答を待たず、アルトは馬を先に進めた。今は2人だけで話すべきだ。


「……今日はもう会えないかと思いました」


「悪ぃ……なかなか踏ん切りが付かなかったんだ。でもモカの奴がよ、「逃げるのは卑怯者のする事じゃないッスか!!!」なんて言いやがって……痛いとこ突きやがるぜ」


「痛いと思うのは自分でもそう思ってるかららしいですよ」


「分かってる、だからこうやって来たんだよ」


ルビナンテが笑い、智樹も笑い返した。思ったよりも自然に笑えたのは、どちらもある程度覚悟が決まったからだろう。


その覚悟を胸に智樹が口を開いた。


「ルビナンテさん、ルビナンテさんの気持ちは嬉しかったです。何分初めての経験なので戸惑いましたが、それだけは信じて下さい」


「うん……」


この期に及んで智樹が口先だけの答えを口にするとはルビナンテも思ってはいなかった。そういう誠実で男らしい所にルビナンテは惚れたのだから。


「ですが、僕は元の世界に帰りたいと願っています。その為に自分なりに努力をして来ましたし、その思いは今も変わりません」


「……うん……」


「ですから……ルビナンテさんの気持ちに応えてここに残る事は出来ません。僕は、自分の気持ちを裏切れません」


「…………っ」


駄目だ、泣いちゃいけないとルビナンテは拳をギュッと握り締めた。泣けば智樹が気に病むに決まっている。別れる時はさっぱりと別れると部屋で決めたではないか。夢から覚める時が来たのだ。


「そっ……そりゃ当然だな!! オレのオヤジと違ってトモキの親はいい人達なんだろ? だったら大切に……しなきゃ……」


視界が歪む。語尾が震える。胸は今にも張り裂けそうだ。それでもルビナンテは懸命に涙を堪えた。同じ相手に何度も涙を見せるような女々しい真似は絶対にしたくなかった。


「はい、自慢の両親です。僕をここまで育ててくれた恩は忘れられません。でも……」


ルビナンテの言葉を肯定し、しかし智樹の言葉は終わらなかった。


「……正直に言って、戸惑っています。ルビナンテさんに触れて、ルビナンテさんの言葉を聞いて、僕は今初めて、その……ルビナンテさんの事を異性として、意識してます。絶対とは言い切れないんですが……多分、僕はルビナンテさんの事が……好き……うん、好きになったんです」


「……え?」


不意を打たれ、ルビナンテの瞳から涙が零れる。


「乱暴に見えて本当は優しい所とか、男勝りに見えて本当は女性らしい面もちゃんとあるとか、情熱的なのに責任感が強い所とか……済みません、帰ると言った口で告白なんて馬鹿げていると思ったんですが」


「う、ううん、そんな事、無い……」


呆けて口調が乱れるルビナンテに智樹は懐からハンカチを取り出し、その涙を拭った。


「僕にはまだやらなくてはならない事があります。ですから今は一緒に居る事は出来ません。でも、この世界が平和になって、元の世界に帰る事が出来るようになったら……ぼ、僕と……一緒に来て欲しいと、お、思っています!! ルビナンテさんは貴族だし、僕の我儘だとは分かっています……か、簡単には決められないとは思いますが、考えておいて下さい!!!」


真っ赤な顔で言い切り、智樹は踵を返して馬に飛び乗った。


「……あ……ば、バカ野郎!!! そこは浚って行くとでも言いやがれ!!! 帰られるようになるまでに何年掛かるんだよ!!! もし帰られなかったらオレは一生独身じゃねぇか!!!」


「その時は僕がここに住みますよ!!!」


「う……そ、それに、トモキが他の誰かを好きになるかもしれねぇじゃねぇか!!! そしたらオレはやっぱり一生独身だぞ!!!」


「そこは信じて貰うしか!!!」


「男は信用出来ねえ!!! どうせすぐに手近な可愛い女にコロッと傾くに決まってらあ!!!」


「て、手近の女性は皆他の相手に夢中で僕なんか眼中にありません!!!」


「んだとコラァ!!! そいつらの目は節穴か!!!」


「何を言っても怒られる!?」


段々痴話喧嘩の様相を呈してきた状況にルビナンテが怒鳴った。


「だ、だったら、たまに遊びに来い!!! そうしたら信じてやるよ!!!」


「必ず、必ず来ます!!! それまではお元気で!!!」


約束を交わした智樹が手を振りながら馬を走らせる。その背に向かってルビナンテは力の限り叫んだ。




「愛してるぞ、トモキーーーーーッ!!!」




一瞬馬上の智樹がバランスを崩したのを見て、ルビナンテは大きな声で笑った。夢はまだ終わっていないのだと思うと、見慣れた風景すら輝いて見えたルビナンテであった。

微妙にヘタレですが、智樹、頑張りました。

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