2-1 見渡す限りに屑ばかり1
ここから二章開始です。そしてしばらく暴力とグロ描写が増えます。注意して下さい。
ナナの力によって、悠は凄まじい勢いで自分の体と意識が世界から離されていくのを感じていた。既に上空どころか宇宙にまで飛び出し、その勢いは益々強くなっていく。下には悠の暮らした星を見る事が出来、それすらも置き去りに更に離れていった。
(あれが俺の居た星か・・・)
悠は少量の感慨と共にそれを見つめていたが、すぐにそれも煌く光点となって行き、やがて見えなくなった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。数秒の様な気もしたし、数時間飛んできた様な気もする不思議な気分のまま悠はいつの間にか界の境界を飛び出し、どことも知れぬ空間を彷徨っていた。
視界の遠くには、いつかナナに見せてもらった世界の全体像が、今度は実物として見る事が出来た。
自らの体という比較物があるせいで、そのスケールが圧倒的と言うのも馬鹿らしいほどに巨大である事が実感出来る。
《どうですか?ご自分の目で見た感想は?》
「ナナか?・・・ああ、世界は広いという言葉を実感している」
《ふふ、あの中に貴方が守った世界もあるのですよ》
「そしてこれから守るべき世界もな」
悠はあくまでも静かな目でそれを見つめていた。そしてナナに何故この場に居るのかを尋ねた。
「ところで、世間話する為に俺に話しかけたのではあるまい?まだ何かあるか?」
《ええ、これをお渡ししておこうと思いまして》
そう言ってナナが取り出したのは、先ほど雪人に見せた香織のヘアバンドであった。
「これは・・・確か実家の墓に埋めたはずだが?」
《失礼かもしれないと思いましたが、まだ亡くなったか分からないのですから、向こうでの手がかりになるかと思いまして。どうしてもと仰るなら元の場所にお返ししますが?》
「いや、いい。そうだな、まだ香織は死んだとは限らん。墓に入れるのは時期尚早だな。ありがたく受け取らせて貰う」
そう言って悠はヘアバンドを荷物の中にしまい込んだ。
《ねえ、ナナ。今私達って動いていないわよね?》
《ええ。今は自動で座標を探っています。召喚が行われている場所に送れば、それを待っている者達は自分達が召喚したと勘違いして警戒しませんからね。悠さんならその油断をついてその場の全員をどうにか出来ると思いますので》
「あちらにも俺以上の強者が居るかもしれんが?」
《居ないとは断言しませんが、少なくとも善人では無いと思いますので遠慮は無用です。それほどの強者でありながら勇者の片鱗を見せていないのなら、業は相当低いと思いますので》
「ああ、最初の隙がある内に何とかしよう。レイラ、向こうに着いたらすぐに『竜の瞳』を起動してくれ。赤い奴は全員叩きのめす」
《了解よ。子供をオモチャにする様な奴等にはキツイお灸が必要ね》
《あ、見つけたようです。それでは悠さん、レイラさん、御武運を!》
「ああ、世話になった。行って来る!」
《またね、ナナ》
悠とレイラはそんな風に作戦を練り、座標が決まって転移が始まる前に、ナナに別れを告げたのだった。
《行ってしまいましたね・・・》
ナナは世界の外側である『何処でも無い場所』で悠とレイラを見送っていた。
先ほどのやり取りを思い出して、思わず微笑みがこぼれる。
《今までに見た異世界転移者とは全然違いますね。「行って来る」に「またね」だなんて。悠さんとレイラさんには何の気負いも無いんですね。まぁ、レイラさんはある意味経験者ですけど》
レイラは更にこことは違う世界から飛んできたのだ。同じ積層世界の移動くらい、もう驚かないのかもしれない。
《あの方達なら世界を助ける事が出来るかもしれません。時間はあまり多くは無いと思いますが、よろしくお願いします》
誰も聞いていない、誰も見ていないその場所で、ナナは二人の無事を改めて祈るのだった。
悠とレイラは再び凄まじい速度で飛び出していた。光点が煌く宇宙を飛び続け、やがてその光点は数を増やしていき、悠達はその中をまっしぐらに一つの星に向かって飛翔して行った。
やがて、遠目に悠達の住む星に似た、青い星が見えて来た。
「どうやらあれが俺達の目的地らしいな」
《用意は出来てるわ。ユウ、着装はしないの?》
「竜騎士の姿で召喚されるとあちらに居る者が警戒して先手を打ってくるかもしれんからな。生身のままでいい。強そうな奴から順に倒すとしよう」
竜騎士状態なら確かに戦闘は楽だが、業の高い相手まで警戒させると話がややこしくなるので、なるべく警戒させない道を悠は選んだ。
《了解。着いて早々忙しいわね?》
「多分、子供達を確保するまでは休む間は無いと思うぞ。そのつもりでいてくれ」
そう言って悠はペンダントを弄った。
既に目の前には青い星が一杯に広がっていて、悠とレイラを待ち受けている。
到着まで、あと5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・
光が視界を埋め尽くし、そして拡散した後に一人の男の姿があった。
男は今まで召喚して来た子供とは違った。立派な軍用の制服の様な物を見に纏い、その瞳には思わず目を背けたくなる様な威圧感があり、その立ち姿を見ただけでも凡百な人間では無い事が良く分かる。
男はこれまで召喚された人間達と違って落ち着いており、その場で軽く周囲を見渡している。
「中々の胆力だな。自分の置かれている状況が理解出来るとも思えんが。まぁいい、こちらとしては良い駒が出来るのは大歓迎だ。泣き喚くガキを痛めつけるのもそろそろ面倒だと思っていたからな」
「よく言うぜ、この間ビビッて逃げ回るガキをこんがり焦がして笑ってたじゃねーかよ、お前」
「フッ、戦場の心構えを教えてやっただけだ。後ろに逃げても殺されるぞ、とな」
召喚の間で見張りをしていたクライスとベロウはそんな雑談をしながら男に近づいて行った。これからこの男にも召喚奴隷の心構えを教えてやらねばならない。もし反抗するのなら・・・『残念』だがお仕置きをして自分の立場を分からせてやる必要があるだろう。
「おい、そこのデカブツ。こちらの言っている事が分かるか?」
その言葉に目の前にいる男がこちらへ向き直った。
「どうやら言葉は分かる様だな。さて、状況が分からんと思うから教えてやるが、貴様は今から戦奴になる。我が国の為に精一杯働け。異論も反抗も認めん。俺が這い蹲れと言ったら這い蹲り、豚の様に鳴けと言えば楽しそうにブヒブヒ鳴き、靴を舐めろと言ったら喜んで裏まで舐めるんだ。自分の立場を理解したか?」
その言葉に、男からの反応は無い。周囲で召喚器に魔力を充填している神官や宮廷魔術師達から失笑が漏れている。悪意ある笑いだ。
「おいおい、最初からそれじゃあコイツも反抗したくなっちまうよ。だから、そうだな・・・お?なんだよお前、いいもんぶら下げてんじゃねーか?仕方ねぇからここはこれで勘弁してやるよ」
そう言って男の首から下がる赤い宝石の付いた凝った意匠のペンダントを掴み取ろうとした時、男の手がベロウの手を掴んだ。
「なんだぁお前、反抗する気か?・・・やれやれ、ガタイはいいが状況の見えないタダのバカか。おい、クライス」
「ああ、『残念』だが教育してやらねばならんな」
そう言うクライスの顔は愉悦に歪んでいた。これから始まる教育とやらが楽しみで仕方が無い様に。そしてその口から呪文が紡がれ始める。
「クライスが奉る。召喚の楔よ、契約によりその棘を突き刺せ!」
その言葉に部屋の中に居る者達は面白い見世物を見る目で男を見やった。召喚された者達は召喚と同時に魔力的な楔を打ち込まれているのだ。それは呪文一つ唱えるだけで、召喚された者に強烈な痛みを与える効果があった。その痛みは大の大人が転げ回って泣き叫ぶほどの苦痛だ。これまで耐えられた者など居ないこの支配術式に、この場の者達は安心しきっていた。そして楽しみにしていたのだ。その無様な姿を。
「へっへっへ、言わんこっちゃねぇな。これでお前も――」
自分の手を掴む男が苦痛により泣き叫ぶ姿を想像していたベロウは、全く緩む事の無い手の力を怪訝に思ったが、次の瞬間、グチャッという音と共に千切れ落ちた手を数秒見つめて、そしてあらん限りの声を振り絞って絶叫した。
「うっぎゃぁぁぁああああああ!!!!!!」
自分が転げ回る破目になったベロウを見て、誰も反応が出来ない。そしてその時には男の姿はもうその場には無く、クライスの目の前に居た。
「あ・・・」
クライスが反応出来たのはその一言だけだった。その言葉が終わる頃にはクライスは永遠の暗闇の中に居た。両目に突き込まれた指がやけに冷たかった。
「ひぎぃぃぃいいいいい!!!!」
そして初めて男が口を開いた。
「なるほど。下種に相応しい鳴き声だな」
そして周囲を見渡して宣言した。
「ここに『人間』はおらんようだ。・・・これまでの悪行を悔いて、精々鳴くがいい。豚の様に、な」
――その後、一分に満たない時間でその場に五体満足な者は居なくなったのだった。




