8-91 終戦2
街に集まっていた貴族の私兵達はパトリオの新当主の名乗りを聞き半数は反発したが、自分が仕える貴族がデミトリー、イスカリオと共に王国転覆を目論み既に討たれた事を知らされると強制的に沈黙を余儀なくされた。パトリオ一人の妄言で無い事は側で兵士達を睨み付けるバーナードの姿からも明らかであり、ここで逆らうのはただの自殺志願者と同義であった。それでも反発しバーナードやパトリオを害しようとした輩がどうなったかは言うまでもなく、街で発見された惨殺死体の群れと同じような死に様を晒した彼らを見て、兵士達の心は完璧にへし折られた。
残り半数は積極的にパトリオとバーナードを支持し、元の領地に帰らずそのまま麾下に収まる事となり、残り半数は事の顛末をそれぞれの領地に持ち帰らせ、バーナードの下知を待つように厳しく言い含められた。反乱など起こそうにも殆どの貴族が謀反の罪科により粛清され戦力も疲弊し、更に他国の全面的な支援を得ているバーナードに刃向かうのは不可能だった。多くの貴族がこの件によって取り潰しの憂き目に遭うだろう。実際に行動に移したのはデミトリーとイスカリオだが、彼らに付き従っていただけで大義名分がどちらにあるのかは子供にでも分かる理屈であり、申し開きをしようにも当の貴族達はこの世には居ないのだ。生殺与奪権を握られた彼らは残り少ない日々を震えて過ごす事しか出来ない。
既に人間社会に大きな不穏分子は残ってはいない。統一はされていなくても、もはや戦争に明け暮れる日々は終わりを告げたのだった。
「……と、言葉にすりゃ簡単なんだがなぁ……おっと、失礼」
「普段通りの口調で構わんよ。私もそろそろ肩が凝った。しかし、そんな簡単に平和を保てるのなら人間は何百年も戦争に明け暮れているはずがない。これからはより一層我ら為政者の力量が試されるだろう」
街と屋敷の清掃を兵に任せ、首脳陣は悠の屋敷で腰を落ち着けていた。この後の忙しさを思えば、つかの間の休憩である。
「それにしても人材が払底している。このままでは国が回らんぞ」
先の事を考えるバーナードの苦悩は深い。政務に携わる貴族が軒並み死亡しており、まともに政治が行えるようになるまで何年も掛かるだろう。自分が動ける間に立て直せるかどうか……。
そこに悠がある人物を背負い、部屋に戻ってきた。
「陛下、この者をお使い下さい。3国を見渡しても五指に入る知恵者です」
「ほぅ……唐突だな。それにしても、自他共に厳しいお主がそこまで言うか?」
「ゆ、ユウ様!? 戯れはお止め下さい!」
悠が連れて来たのは屋敷で保護したマッディである。悠に背負われ盛んに恐縮していたマッディだったが、まさか王に紹介されるとは思ってはいなかったのだ。
「冗談でも戯れでも無い。前非を悔いて新たな人生を生きたいと願うなら、新天地で国の立て直しに協力しろ」
「ユウ様……まだ私は詳しいお話を伺っておりません。それに……私はあなたにこそお仕えしたいと願っています! 雑用でも何でも構いません、私をここに置いては頂けませんか?」
悠の背中で熱く語るマッディの心には一片の偽りも無いが、悠の一言でその舌は凍り付いた。
「……また他人に自分の人生を委ねるつもりか?」
「っ!」
せっかく会話だけは出来る様になったのに、マッディにはその一言に対する反論を声にする事が出来なかった。悠に仕えたいと思っても、それが依存では無いと言い切れるほどマッディは心のままに生きた事が無かったのだ。ディオスへの忠誠はもっと盲目的で熱を伴わないものであり、それは親衛隊長のモーンドに近しいものであった。
「俺が助けた事はもう忘れろ。そんな事よりお前の能力を生かし、自分や他の者達を幸せにする事を考えてみろ。不幸にした人間よりももっと多くの人間を幸せに導けば帳尻が合うだろうよ」
「そんな事などではありません!!! ッゴホッ!!」
「まだ大声は出すなと言っただろうが」
マッディを椅子に座らせ、悠がその背中を撫でるが、マッディは悠の服を掴んで訴えた。
「どうか……私を、捨てないで下さい……!」
潤んだ目で悠に切々と語り掛けるマッディは掛け値なしに本気だが、傍から見ると別の場面に映った。
「……その、なんだ、我々は席を外した方がいいか?」
「マッディ、今の顔でソレを言うとシャレになんねーぞ。うう、鳥肌が立っちまった」
「ふむ……ジェラルド、これが衆道か?」
「ど、どこでそんな知識を!? 見てはいけません!!」
「……(ゴクリ)……」
「パトリシア王妃、今喉が鳴りませんでした?」
「女に興味が無いと思ったら……」
「ひ、人の色恋にあまり口を挟むのは……」
今のマッディはアルトほどでは無いにしろ、溜め息が出るほどの美少年だ。線も細く血色も薄いマッディが悠に取り縋っていると自然とそういう誤解が生まれてしまった。
だが、ざわめく周囲に悠が殺気を解放して一言。
「黙れ」
シーン……。
静まり返った室内で悠はマッディの手を取って自分から外し言い含めた。
「俺と居るとお前はその環境に安住して自ら考える事をしなくなる。俺は「はい」としか言わん奴隷など欲した事は生まれてこの方一度も無い。……よし、今日からお前は新しい名で生きろ。アライアット風に……そうだな、マルコと名乗れ。そしてアライアットの立て直しに協力するのだ、いいな?」
「し、しかし……!」
「しかしは無い、いいな?」
「……………………はぃ」
早口かつ強引に押し切り、悠はバーナードに向き直った。
「陛下、そういう事に相成りましたので」
「……堂々と偽名な上、その者はこの世の終わりのような顔をしておるが……?」
「偽名ではありません、新しい名です。それと、顔色が悪いのはまだ少々体に難がありますゆえ、何日か鍛えてから陛下の下に送り届けます。能力は保証致しますので」
詭弁も詭弁だが、確かに新しい名前ならば偽名では無い。体調が回復していないのも本当だ。だが、致命的に何か間違っているような気がするバーナードだったが、悠に畳み掛けられて思わず頷いてしまった。
「わ、分かった」
「ホラ、いじけるなよマッ……マルコ。もう何日かはユウが一緒に居てくれるってよ」
魂の抜けた表情のマルコをバローが労わり7割からかい3割で慰めたが、マルコはドロリとした視線をバローに向けて吐き捨てた。
「……うるさいしねくそひげもげろ」
「何だとこの野郎!! 裸にひん剥いて外に捨てんぞコラァ!!!」
「お止めなさいバロー殿!! いくらユウ殿を取られて悔しいからと言ってマルコ殿に当たってはなりません!!」
「テメーは目ん玉腐ってんならくり抜いてやんよ!!!」
真面目くさった表情でありながらからかい100%のハリハリを追ってバローは部屋から出て行った。それを無視して悠は打ちひしがれるマルコにその先を考えさせる事で元気を取り戻そうと思い、条件を提示する。
「もしアライアットが完全に国力を取り戻したらそこから先は自由に生きるがいい」
「っ!? そ、それは、これが終わったらユウ様にお仕えしていいという事ですか!?」
「……俺がまだここに居ればな」
案の定、マルコの希望はユウに仕える事だったが、その頃には悠はこの世界に居ないかもしれないので正直に話した。それに、年月は人を変える。それまでにマルコが新しい目標を見つけるかもしれないという希望的観測もある。
「分かりました! 片田舎の潰れ掛けた小国の立て直しなど広大なマンドレイク領を采配していた私にとって些事で御座います! きっと3年、いや、2年で立て直してユウ様の御許に……ゴホッゴホッ!」
「こやつ、今すぐ神の御許に送ってくれようか……」
慇懃無礼も度が過ぎるマルコにバーナードが額に青筋を浮かべたが、マルコはこの世が楽園と変わったかのような表情で恍惚としており、それには気付かなかった。
マッディはバーナードに仕える事になりました。心の主人は悠ですが。




