8-88 忠誠6
悠が最後の一人を葬った時、他の者達も戦闘を終えていた。
「普通の相手にはこの剣は使わない方がいいかもな。腕が鈍るぜ」
「私が使って壊れない武器は初めてだ! 末永く愛用するぞ!」
それぞれ10人ほど倒したバローとベルトルーゼがそう寸評し、ヒストリアが『奈落崩腕』を解いた。
「あまり無駄な殺生はしたくなかったが、向かってくるのなら是非も無い」
ヒストリアが倒した親衛隊は30人を超えていた。バーナード、パトリオ、モーンドといった、標的になりやすい者達を守っていたからだ。
「気を抜くのはまだ早いぞ。デミトリーを逃した」
「チッ、往生際の悪い。っと、その前に残りの兵士共とこの死に掛けのオッサンをどうにかしねぇとな」
遠巻きにこちらを眺めている兵士達に戦意は見られず、バローに視線を向けられると武器を持たずに手を上げた。
「俺達は降参するよ。戦っても勝てるとは思えないし、かと言って殉死する気にもなれない。それに、モーンド隊長にはこれまで鍛えて貰った恩があるんだ。出来れば隊長共々命だけは助けてくれると有り難い」
「物分かりが良くて助かるぜ」
「……勝手な真似を、するな……」
そこにモーンドが意識を取り戻して割り込んだ。
「隊長!!」
「もう隊長じゃ、無い……。これ以上、貴族の都合に……振り回されて生きるのは……御免だ……。このまま、死なせろ……どうせ、この傷では……助からん……」
「しっかりして下さい隊長!!」
《この流れは……ユウ》
レイラが場の雰囲気にそぐわぬ呆れた口調で悠を促し、それを受けて悠は横たわるモーンドに近付いた。
それに気付かずモーンドはパトリオに呼び掛ける。
「パトリオ、様……我が死をもって、部下と……か、家族の命をお助け下さ「『再生』」
恐らく自分の命と引き換えに他の者達の助命嘆願を果たそうとしたモーンドであったが、悠は全ての空気と流れを無視してモーンドに『再生』を施した。モーンドには悪いが時間が無いのだ。
「ぐああああっ!?」
赤い靄に包まれた体が焼け付くような痛みに苛まれ悶えるモーンドに周囲の者達は色めき立ったが、それも数秒後には驚愕にすり替わっていった。
「た、隊長の傷が!?」
「治ってる……治ってるぞ!!!」
どよめく周囲を置き去りに、悠は懐から『中位治癒薬』を取り出してバローに渡した。
「飲ませておけ、俺はデミトリーを追う」
「おう、行って来いよ」
やるべき事を済ませ、悠はすぐに単身デミトリーを追って部屋を出て行った。
「な、何をした!? 勝手な事を……!」
「勝手はお互い様だろ、お前さんも勝手に死のうとしやがって。サッサと自分だけ死んで楽になろうなんて真似しやがったら、部下や家族にその責任を取らせるからな。理解出来たなら観念して飲みやがれ」
バローに釘を刺され、自決すら封じられたモーンドは力無く肩を落とし、バローから薬をふんだくると一気に飲み干した。
「ふん、公開処刑でも何でもすればいい! 主家の人間を殺害した私はどの道そうなるだろうよ! ……だが、ここで私を生かしたからには絶対に部下と家族だけは殺さないとお誓い願う!」
「そりゃ俺が決める事じゃねぇやな。パトリオ」
「ああ」
幾分か気持ちを落ち着かせたパトリオがバローと入れ代わってモーンドの前に座った。
「モーンド、沙汰を言い渡す」
「……はっ」
「好きにせよ」
「……は?」
パトリオの口から出て来た言葉の意味を図りかね、モーンドは首を傾げて再度尋ねた。
「……あの、好きにせよとは……?」
「言葉通りの意味だ。このままノルツァー家に仕えてくれてもいいし、この家が嫌なら親衛隊長を辞してもいい。勿論、どの道を選んでも親衛隊やお前の家族を害しようとはせん。私の個人的な願望はこのまま親衛隊を率いてくれる事だが……長きに渡りお前達の一族には苦労を掛けたな、済まん……」
意気消沈して頭を下げるパトリオを見てモーンドは大いに慌てふためいた。
「ぱ、パトリオ様、私などに頭を下げる事は御座いません!! わ、私は、あなたの兄上様を斬った男です、断罪されこそすれど、謝られる事など……!」
「いや……父上や兄上はいつかこうなっても仕方が無い人間だった。かくいう私もつい最近まで世を拗ねていたし、とても誇れる人間では無かったのだ。自分を支えてくれる者達を蔑ろにして、どうして堂々と胸を張って立っていられようか? それを私は連合軍と同道して思い知った。ただ一人のパトリオ・ノルツァーは一度外に出れば世間知らずで増上慢の小僧でしか無かった……お前達の様な者が居てくれるからこそ、我々は貴族として胸を張る事が出来たのだ。だから、せめてもの罪滅ぼしだ、好きにして構わない。他の者達も同様だ」
パトリオの言葉にモーンドや親衛隊は雷に打たれたかのような思いを味わっていた。これまで一度たりともデミトリーやイスカリオに心から言葉を掛けて貰った覚えなど誰にも無かったのである。今のパトリオの言葉がもし偽りであったとしても、騙されてやってもいいと思えるほどに、その誠意は兵士達の心を捉えていた。
「……」
モーンドは真っすぐにこちらを見据えるパトリオとしばし視線を交わし、おもむろに姿勢を整えると、深々とパトリオに頭を下げた。
「モーンド?」
「……小僧の頃よりこの家に仕えて20年、初めて心からお仕えしたいと思える当主様と巡り合う事が叶いました。親衛隊長などという過分な地位は欲しません、一兵卒で結構ですから、どうかパトリオ様にお仕えさせて下さい!」
「「「お願い致します!!!」」」
隊長であるモーンドの宣言に他の隊員達も同じく頭を下げてパトリオに嘆願した。
「…………ば、バロー殿、これはどうすればいいのだ!?」
「そこで俺に聞くかね?」
恐らく全員出て行くのだろうと思っていたパトリオは急に最敬礼を向けて来る兵士達の行動が理解出来ず、思わず隣のバローに問い掛けた。
「皆お前に付いて来るって言ってんだ、全部纏めて引き受けてやるのが当主の度量ってモンだろうが。シャキっとしろシャキっと!!!」
バローの手がパトリオの尻を平手で叩くと、小気味いい音と共にパトリオが一歩前に押し出された。
「いたっ!? な、何をする!?」
「何をする、では無いぞ、パトリオよ。未熟であろうが非才であろうが求められている以上泣き言など余が許さん。ノワール侯の言う通り、彼らの想いを受け止めよ。これから忙しくなる、人手はどれだけあっても足りぬと思え」
「陛下……」
バローとバーナードの両者に諭され、パトリオも覚悟を決めた。
「……分かった、今後とも変わらぬ尽力を期待する。モーンドには引き続き親衛隊を率いて貰うぞ。お前の代わりになる人間など居ないのだからな?」
「身に余る光栄、粉骨砕身の覚悟でお守り致します!」
「他の者達もだ! これからもノルツァーに尽くしてくれ!!」
「「「御意に!!!」」」
こうしてパトリオはノルツァー家当主として、まずはささやかだが強固な忠誠心を持つ兵を手に入れたのだった。
二度目なので省略して治療。




