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8-87 忠誠5

その声はデミトリーの言葉を打ち消すように放たれた。




「それまで!!!」




「「「っ!?」」」


動き出した兵士を止めたのは親衛隊長モーンドの一喝であった。鉄の掟で縛られている親衛隊は反射的にモーンドの声に反応し、手を止めてモーンドを見た瞬間、驚きのあまり絶句した。


「……も、モーンド……貴様、この土壇場で私を裏切るつもりか!?」


モーンドの手に握られた剣を視線で辿ると、最終的にその刃はデミトリーの首にピタリと添えられていた。もしモーンドがその気になれば一瞬で掻き切れる位置である。


デミトリーの弾劾にもモーンドは表情を崩さず丁寧に答えた。


「おかしな事を仰る。私がいつノルツァーを裏切ったと言うのですか?」


「この状況が裏切り以外の何物だと言うのだ!? どう見ても私を裏切っているではないか!!!」


「……ああ、そういう事か。悪いが、前当主は考え違いをしている」


既に敬語すら使わないモーンドに、デミトリーの怒声が飛ぶ。


「考え違い、だと!?」


「私は貴様個人に忠誠を誓った事など一度たりとも有りはしないという事だ。私の忠誠はこのノルツァー家の正統な当主という肩書きにのみ捧げられている。陛下が正式な文書として認められ、そこに偽りが無いのであれば当主が移り変わった今、私の忠誠を捧げる相手はパトリオ・ノルツァー様である。もう貴様の命令など聞くつもりは無い!」


「ば、馬鹿な……貴様、狂人か!?」


狂っていると指摘され、モーンドは笑った。


「ハハ、幼き頃は父上を見て私もそう思ったものだ。……だが、代々仕える我が一族をそうしたのは他ならぬ歴代のノルツァー家に他ならぬ。親類どころか親兄弟まで代々跡目争いを繰り広げて来たノルツァー家に仕えるのに普通の神経では務まらんのだよ。可愛がってくれた今日の当主が明日には物言わぬむくろとなって首を晒し、それでも我らはその首を刎ねた新しい当主に仕えねばならぬ。幼き日より愛でお守りして来た将来有望な若様が愚鈍な兄に陥れられても当主ならば我らは変わらぬ忠誠を尽くさねばならぬ。だから我が一族は忠誠以外の全てを捨てたのだ。……馬鹿げているか? 狂っているか? それがどうした、そうさせたのは貴様ら貴族ではないか!!!」


恐ろしいほどに積み重ねられて来た怨念が込められた怒号に歴戦の強者である親衛隊の者達も思わず立ち竦んだ。モーンドが常人とはかけ離れた感情を宿すに至ったのは彼の家系の処世術であった。人に仕えていると思えば好き嫌いもあろうが、肩書きに仕えていれば好悪の念など存在しないのだ。


だが、そんなモーンドにも一欠片の人としての憤りが残されていた。


「戯言を!!! 父上から離れんか!!!」


イスカリオが手を伸ばし、デミトリーに添えられた剣を持つモーンドの手を掴もうとした時、その剣は一閃された。


「いつまで次期当主のつもりか知らんが……私が畏まって剣を渡すとでも思ったのか?」


「あ……が、ぁ……!」


モーンドの剣が離れた事でその場から逃れたデミトリーの背後でイスカリオが首を押さえてよろめくと、緩んだ手の間から大量の血潮が噴き出した。


「い、イスカリオッ!!! こ、こ、こ、殺せぇっ!!! この場に居る者を全員殺し尽せ!!!」


それに反応したのは兵士全体の3分の2という所であった。残りの3分の1は動けずにその場で固まっており、思考停止状態である。


「不測の事態ってのはどこにでもあるモンだな。……だがよ、それでも掛かって来るってんなら容赦しねぇぜ!!」


バローの剣が閃き、斬り掛かって来た兵士を防具ごと真横に分断した。


「良く分からんが、戦いたいというのなら戦ってやろう!! 代わりに命を貰うがな!!!」


ベルトルーゼが斧槍を神速で突き出し、剣で払おうとした兵士とその背後の兵士を連続で貫いた。


「愚かだぞ、何の為に戦っているのか分からずに戦うのは」


ヒストリアの『奈落崩腕アビスアームズ』がバーナードとパトリオに近付いて来た兵士の上半身を一瞬で消滅させた。


「自分が何をしているのかも考えんのなら、その頭は要らんな?」


悠の手が霞み、正面に居た兵士の頭が爆散して吹き飛んだ。


親衛隊はこれまで幾多の強敵に打ち勝って来た猛者である。ドラゴンや『偽天使イミテーション』だけで無く、他国の軍勢や反乱を起こした貴族の私兵など、あらゆる敵を下して来たのだ。しかし、それはモーンドの冷静沈着な指揮と隊の綿密な連携によってもたらされた勝利であった。


しかし今、親衛隊はモーンドを欠き、冷静さを失っていた。加えて敵である悠達は人間でありながら全員が人間の常識を超越した技量と装備、能力を持っていたのだ。親衛隊は悠達を人間と見なしていたが、それは大きな間違いだ。彼らはドラゴンや『偽天使』と戦うつもりで戦わなければならなかったのだ。


「ぼ、防具が役に立たん!!! ぐわっ!?」


「け、剣を合わせる事も、出来、ぬ……」


鎧で受ければ鎧を裂き、剣で受ければ剣を断つ。龍鉄と神鋼鉄オリハルコンが超人的な技量を持つバローとベルトルーゼの手に有れば、質がいいとは言え親衛隊の武器防具など紙を纏っているのと同じ事だ。


ベルトルーゼはたまに敵の剣が体を掠める事があったが、それも鎧が完璧に弾き返していた。


「素晴らしいな!! 今なら千人相手にしても負ける気がせぬ!!!」


「ここにゃその10分の1も居ねぇよ。楽しんでないで殲滅しな」


「何と言う強さか……これは、正面から戦っても負けていたな」


「兄上……!」


「もう事切れているぞ、ぱっち。気持ちは分かるが元気を出せ」


一太刀で一人葬っていれば、70人近い敵を殲滅するのにそう長い時間は擁しない。しかし、一人だけ多勢に無勢で劣勢に陥っている者が居た。


「うぐっ!?」


「よくも裏切ったな、モーンド!!! お前だけは殺す!!!」


「俺達の裁きを受けやがれ!!!」


前後左右を囲まれたモーンドの脇腹に浅くない傷が血を迸らせ、それ以外の全身からも幾多の傷口が開いていた。いくらモーンドが親衛隊最強と言ってもそれは一対一の話であり、四方を囲まれてはどうしようも無かったのだ。


対強者の包囲陣は奇しくもモーンドが兵士達に仕込んだもので、それが自分に使われている事にモーンドは場違いな可笑しさを感じ唇を吊り上げた。


「フ……裏切ってなどいない、と言ってもお前達には分からんだろうな……」


「戯言を!!」


左から斬り掛かる兵士に反応した瞬間、その兵士は足を止め、逆側から本命の攻撃がモーンドに向かって振り下ろされていた。それが分かってもモーンドには反転するだけの力は残されておらず、ここまでと見切って目を閉じた。




「たった一人でこちらに与した割に諦めが良過ぎるな」




「うげぇっ!!!」


人体が奏でる強烈な打撃音に思わずモーンドが目を開けると、振り下ろされた剣を掴み、片足を突き出した悠の姿があった。


「お前は……」


「もう戦えないのなら邪魔だからどいていろ。ヒストリア」


モーンドが何かを言う前に悠はモーンドの鎧を掴み、片手で持ち上げるとヒストリアの側に放り投げた。


「ぐあっ!?」


その投擲は深いダメージ負っていたモーンドの我慢の限界点を越え、モーンドはがっくりと意識を失って動かなくなった。


「分かった、ついでに守ってやる」


「うむ」


「うむ、じゃねえよ!! 皆、こいつ一人だけ素手だ!! 4人で囲めば殺れるぞ!!!」


「「「おう!!!」」」


モーンドを避難させた事で今度は悠が四方を敵に囲まれたが、悠は詰まらなそうにそれを一瞥した。


「それが通じるのは多少の格上だけだぞ。それが理解出来んのなら死ぬ事になるが?」


「やってみろや!!!」


一番確実な攻撃である真後ろから槍が突き込まれ、悠の後頭部を狙う。普通の人間なら回避など絶対無理なその一撃に兵士は必勝の未来を幻視したが、悠が軽く首を傾けてそれを回避した。


「うわっ!?」


そのまま悠は槍を掴み、一本背負いの要領で手を放し損ねた兵士を地面から引っこ抜く勢いで投げ飛ばした。重心が前になっていた兵士に抗う術は無く、鋭角に天井に叩き付けられた後、地面に頭から落下し、首が異様な音を立てて直角に折れ曲がる。


「ば、化け物めっ!!」


「食らえ!!!」


今度は体勢の整っていない悠に対して左右から同時に兵士が剣を振り下ろす。悠の重心も前に行っており、後方には飛べず、前に飛んでも正面の兵士が迎撃する必殺の形が出来上がっていた。左右のどちらかは回避出来ても、もう片方を回避する事は叶わないだろう。


あくまで、普通の人間ならであるが。


悠は振り下ろされる剣に対し両手を閃かせ、その刀身を半ばから指先で摘んで圧し折った。そのまま刀身の短くなった剣が振り下ろされたが、既に長さが足りず悠の体を捉える事は無い。


床を叩いた剣が乾いた金属音を立てるのと同時に、悠の手が霞む。


「え?」


「……あ?」


左右の兵士は刀身が悠の体をすり抜けた様な感覚に戸惑ったが、すぐにその意識も途絶えた。彼らの顔には圧し折られた剣の先端がそれぞれ深く突き刺さっており、致命傷を軽々と通り越して即死した。彼らの顔に突き刺さった剣は悠が折った剣を投げ付けただけだ。


あっという間に4人が1人になり、正面の兵士が呆然としている間に0になった。いつの間にか踏み込んだ悠が放った拳が兵士の胸を突き抜けて心臓を破壊した為、苦痛の時間はほぼ皆無であった。


「結局、1人は1人だ。高速で各個撃破すれば一対一を4回やったのと変わらん。……が、教訓を生かす機会は無さそうだな」


兵士の胸から手を抜き出し、悠が周りを一瞥した時、既に向かって来る敵兵は存在しなかった。

イスカリオがごくアッサリと死去しました。

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