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8-85 忠誠3

待たされた時間はそれなりに長かった。多分、30分前後という所だろう。そろそろ忍耐も底をつく寸前で控え室で待つ一行の前に再びイスカリオが姿を現した。


「父の準備が整いましたのでご案内致します。……出来れば武器はこちらにお預け願いたいのですが……」


「断る」


「……畏まりました、ではどうぞ」


武器の提出を求めるイスカリオにバーナードは交渉の余地の無い言葉で切り捨てた。護衛が敵地で武器を持たないなど話にならないし、そもそもバーナードは王であって臣下の要請に応える義理など無いのだ。


イスカリオも本気で武器を取り上げられると思っていた訳では無いようで、その事に執着せず先頭を歩き出した。もし要求が通れば儲けもの程度の感覚だったのだろう。


貧しくなったとはいえ、アライアット筆頭貴族であるノルツァー家は大きく、目的の部屋に到達するまでに更に5分ほどの時間を消費した。そもそもこの屋敷はアライアットが没落する前から建っているものなので、当時の隆盛が垣間見える。


屋敷の奥まった場所にあるドアの前でイスカリオが部屋の中に呼び掛けた。


「父上、陛下をお連れしました。それと、客人もです」


「お入り願え」


「はっ」


イスカリオが手ずからドアを開け、バーナード達を迎え入れる。


ドアの正面にはデミトリーが跪いており、バーナードの姿を確認すると恭しく頭を下げた。


「陛下、ご機嫌麗しゅう。共に生き残れた事を心よりお喜び申し上げます」


「別にめでたいとは思わんがな。見え透いた世辞などどうでもよい」


「世辞などとは……しかし、陛下のお怒りもごもっとも。まずはお座り願えませんか?」


「……よかろう。余は弁明を聞く為にわざわざこちらに寄ったのだ。言いたい事があるのならじっくりと聞こうではないか」


「機会を与えて頂き恐悦至極に存じます」


どれだけ礼を尽くしてもバーナードはデミトリーに対して警戒を解こうとはしなかった。むしろ、最初から強硬手段に出ずにこうして言葉を尽くしているという事は、上手くこちらを言い包める意図ありと察し、尚更バーナードを警戒させた。


部屋の中をバーナードはざっと見回し、中央の長テーブルの上座に向かって歩き始めた。


会談場所として選ばれた部屋は思った以上に簡素な部屋であった。広さは10メートル四方ほどで余分な調度品が無く、壁は全面に布が掛けられ、そこにはノルツァーの家紋が染め抜かれていた。


バーナードの椅子を悠が引き、バーナードが腰掛ける。その際、悠が近付いたバーナードの耳に何事かを囁いたが、バーナード以外には聞き取れなかった。バーナードも小さく頷いただけで他の者達には何かやり取りがあった事すら分からなかっただろう。


悠とヒストリアは着席せずそのままバーナードの斜め後ろに左右に分かれて立ち、続けて入って来たバロー達はテーブルの右側に、デミトリーとイスカリオは左側にそれぞれ座した。


「前置きはいらぬ。言いたい事があるのなら疾く弁明せよ。もし余を納得させられないのならば、親子揃ってその首を貰い受けるぞ」


「心得ております。陛下は我がノルツァー家がアライアット王家を蔑ろにし民を虐げ、国を混迷に導いたとお思いなのでしょうが……そうで無い事は明々白々。私は常に自分に残された権限で可能な限りの反抗をして来たつもりです」


バーナードの詰問にもめげず、デミトリーは切々と自らの潔白を訴えた。


「ほう?」


「むしろそれは陛下であればご理解頂けると存じます。心ならずも聖神教に従い、その隙を探っていたのは私も陛下も同じでしょう。陛下はパトリシア王妃を人質に取られ、表向きは聖神教徒となられてシルヴェスタの下に付きました。私も同じく従わなければ今頃このテルニラは聖神教の物となっていたでしょう。我らの間に何の違いがありましょうか?」


自分達の行動はバーナードと同じく心ならずも強制されたもので罪は無いと言外に主張するデミトリーに、バーナードは沈黙で応えた。


確かに、デミトリーとバーナードの立場は似ている。他の者から見ればデミトリーとバーナードの行いに差はあまり見つけられないだろう。


「私はこれまで様々な場で民を守って来ました。最初にそちらの連合軍がフォロスゼータに現れた時、あえて市民を執拗に追い詰めなかったのも少しでも市民を安全な場所へ逃さんが為です。我らが総力を挙げて追撃を敢行すれば、彼らにも多数の被害者が出ていた事でしょう」


市民や投降兵を逃した事も自分が失敗したのでは無く手加減していたからだと言い張るデミトリーにパトリオは末席から立ち上がり掛けたが、何とか自制して反論を飲み込んだ。こんな事でいちいち怒っていては交渉など務まらないと分かってはいたが、自分と激論を交わした事も茶番だと言われては本気で言葉を放ったパトリオは腸が煮え繰り返るほど悔しかった。


「私がこの場に居るのも兵糧調達という名目で少しでもフォロスゼータから兵を減らし、また戦争で失われる兵を助ける為です。結果として寡兵となったフォロスゼータは連合軍の手によって陥落し、聖神教は滅びました。功を誇るつもりは御座いませんが、我らも協力者と見なして頂きたいとは思っております」


「私は父を捕らえる事で国への忠誠を示したつもりです。このテルニラで聖神教派と王国派が睨み合っているという形を作り、その間にフォロスゼータを攻める兵力を各地から掻き集めておりました。集結が済めば全軍をもってフォロスゼータを攻め、隙を見て陛下と王妃をお救いする手筈だったのです。我らに後ろ暗い事情などどこにも御座いません」


全ての状況や失敗すら自分達の意図であったとするデミトリーとイスカリオの言にバローは心の中で感心していた。普通は委縮して断罪を待つばかりだろうに、この親子のふてぶてしいまでの余裕はどうだろう。まさに貴族の中の貴族だな、とバローは決して褒めてはいないがそのしぶとさだけは認めていた。


「……なるほど、確かにそれらの言葉が真実であるとするなら、ノルツァーは余に敵対したとは言えぬだろうな。余とノルツァーの行動には大きな差異が無い。そして心の中の真実を確かめる術を余は持っておらぬ。ならば、お前達の首を刎ねる事は出来まい」


直接的に王家と敵対していないというのならば、バーナードにもそれ以上踏み込んだ対応は行えない。何の根拠も無く彼らの命を奪えばそれはただの感情による暴発であり、バーナードが暴君であると国民は恐れるだろう。それは反乱から亡国へと至る暗い道のりの第一歩である。


バーナードの言質を取ったデミトリーとイスカリオは喜色を露わにし、バーナードに確認した。


「おお! 陛下からお許し頂けるというのであればこのデミトリーと息子のイスカリオはこれからもアライアットに尽くすとお約束致します! ノルツァー家の当主として親子共々末永くお引き立てを――」


デミトリーの早口をバーナードが首を傾げながら遮った。




「何を言っておる? お前達は既に貴族では無いぞ? 今後このノルツァー領を統治して行くのはそこに居るパトリオ・ノルツァーであって、余が許したのはお前達の命だけだ。議題を見誤るとは、老いたかデミトリー?」




バーナードの冷厳な言葉に、デミトリーとイスカリオの表情が漂白されていった。

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