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8-83 忠誠1

待たされた時間は20分ほどであった。親衛隊を率いて徒歩で姿を現したイスカリオはゆっくりとバーナードに歩み寄り、馬上のバーナードを前に跪いて頭を下げた。


「陛下のご無事を心よりお祝い申し上げます。御存じの事と思われますが、私も我が父デミトリーも心から聖神教に従っていた訳では御座いません。父は兵糧調達にやって来た所を私が捕らえ、今まで牢に入っておりました。これもアライアット王家への忠誠を示さんが為でしたが、こうして聖神教が排除されたと聞き、今は陛下をお出迎えするに相応しく身なりを整えております。お待たせして誠に申し訳ありませんが、もうしばらくお待ち願います」


「……息子のイスカリオ・ノルツァーか……」


内容どころかイスカリオすらどうでもいいと言わんばかりのバーナードの冷たい視線を受けてもイスカリオは微笑みを崩さなかった。貴族として交渉の場で相手に弱みを見せる事など言語道断である。その点ではイスカリオは十分に貴族の資格を満たしていると言えるだろう。


「……良かろう、少しだけなら待ってやる。が、王である余を寒空の下で待たせるつもりではあるまいな?」


「勿論です! しばし寛げる場所へご案内致しますのでこちらへどうぞ」


内心で連れて行く為の説得の手間が省けたと喜ぶイスカリオを無視し、バーナードは背後の悠達にも付いてくるように促した。


「行くぞ」


「お待ちを。他国の者をこの街に入れる訳には――」


他の者が付いて来る事に難色を示したイスカリオの言を遮ってバーナードが不信を漏らした。


「選べる立場だと思うてか? 護衛も無しに敵地に踏み込むほど余は耄碌しているつもりは無い」


「敵地など滅相も有りません! ……しかし、護衛というには少々多過ぎます。別に戦おうというのでは無いのですから、せめて護衛ならば5名までにして頂けませんか?」


イスカリオもバーナードが護衛抜きで付いて来るなどと本気で思っている訳では無い。しかし、ここで無制限に立ち入りを許可するのは街を占領されるのと同義である。ならば、可能な限り人数を絞っておくべきだ。


「よろしいのではありませんか、陛下。ここに居る者達はごく一部の例外を除いていずれも劣らぬ強者です。陛下をお守りするのに何ら不都合は御座いません」


「ふむ……ノワール卿がそう言うのであれば余は卿を信じよう。人選は任せても?」


「はっ、既に考えてあります。交渉の場があるというのならまず連合軍大将の私、副将のベルトルーゼ殿、冒険者隊長のユウ殿、護衛のヒストリア殿、それと……パトリオ殿」


「……え? わ、私か!?」


自分が呼ばれるとは思っていなかったパトリオは思わず馬の上でバランスを崩したが、その人選にバーナードは頷いた。


「各軍の筆頭に腕利きの護衛のヒストリア殿、それと貴族の内情に詳しいパトリオか。良かろう」


「……それではご案内致します」


刹那、意図的に無視していたパトリオの方に視線を向けたイスカリオだったが、取り繕った笑みが崩れる前に頭を垂れた。


「それでは行って来る」


「お気を付けて」


残されたメンバーは街に入って行くバーナード達の後ろ姿を見ながら囁き合った。


「……肩書きが無いのが腹立たしく思う日が来るとはな……」


「仕方ありませんよシュルツ殿。それに、そうで無くてもあからさまに殺気を放っている人は危なくて連れて行けません」


「別に拙者は誰彼構わず斬りたい訳では無いぞ。あの慇懃無礼な青首は落としてやりたくはあるがな」


「息子のイスカリオだけを斬っても相手の警戒を招くだけです。どうせ斬るならば2人揃っていた方が都合が良いでしょう?」


「だから付いて行きたかったのだ。髭や鎧女はともかく、師やヒストリアが居てしくじる事は無いだろう。拙者はその場に居られないのが口惜しいだけだ」


「まだそうなると決まった訳ではありませんよ。ここはバーナード王のお手並みを拝見させて頂こうではありませんか。剣で無くともこれは立派な戦争です」


「ふん……」


シュルツが付いて行きたいのは人が斬りたいからでは無く、悠が行くからだ。弟子は常に師の側に侍るのがシュルツにとってのあるべき師弟の姿なのである。


「本当はワタクシだって行きたいですよ。観戦は最前列が一番面白いと相場が決まっていますからねえ」


「多分、ベルトルーゼ様はそのおつもりだと思う……。あわよくば暴れられたら尚いいと思っているだろう」


「少々不謹慎ですが、私も近くで見られるのなら見たいと思いますよ」


ジェラルドが溜息を吐き、クリストファーが苦笑した。


「心配なのはパトリオ様です。陛下の事は皆さんしっかり守るでしょうが、パトリオ様の事もちゃんと守って下さいますでしょうか……」


うっかり忘れられたりしないかと不安を漏らすステファーに、ハリハリは意味深な笑みを向けるだけに留めたのだった。




テルニラの街の入り口付近は強い破壊と死の痕跡を留めていた。ここが最前線なのだから当然だが、焼け焦げた死体や分断された人体、破壊された家々は見る者の精神に負担を強いる光景である。


……はずなのだが、この光景にショックを受けて口に出したのはパトリオだけであった。


「これは酷い……美しかった街がこんなに……」


なまじ破壊前の状態を知っているからこそパトリオのショックは大きかった。だが、自分以外の者達が何も言わないのでそれ以上の発言は控える。


同情的な言動はノルツァーに利する事になると知っているバーナードやバローとしてはそれは当然の事だし、ベルトルーゼは誰かが激発して襲ってこないかという期待……もとい、警戒に忙しい。ヒストリアは街を犠牲にして恥じないイスカリオに侮蔑の視線を向けており、悠にとっては悲惨な戦場など日常茶飯事である。


一番どうでもいいパトリオからしか有益な反応を引き出せなかったイスカリオは内心では舌打ちしながらも黙って街を進んでいったが、すぐにバリケードを築いた場所に辿り着いた。


「少々お待ち願えますか? 馬ではここを通る事は出来ませんので、今から兵に片付けさせます」


これもイスカリオの時間稼ぎの一環である。何かにつけて足を止め、デミトリーの為に時間を作る腹積もりだ。ついでに苛立たせ、冷静さを奪う意図も秘められていた。


イスカリオが時間稼ぎをしたいと思っている事はベルトルーゼ以外の者は理解していたので、バローはバーナードに声を掛けた。


「陛下、どうやらここの兵士は疲労困憊している様子です。我らにお任せ願えませんか?」


「ノワール卿には何か考えがあるようだな。任せよう」


あえてイスカリオを無視して話を進める事でやり返し、バローはヒストリアに呼び掛けた。


「ヒストリア、ここを開通させてくれ」


「うむ、いいぞ。ゆー、馬を近くにやってくれ」


「了解した」


悠の馬に相乗りするヒストリアが前に出て来たのを見た兵士が遠くで失笑を漏らすのが悠の耳には聞き取れた。


「ケッ、なんだありゃ? 子連れで戦争かよ」


「相手はたった5人じゃねぇか。俺達だけでもやれるぜ?」


「やめとけよ、イスカリオ様から手出しするなって言われてるだろ」


剣呑な内容に悠がチラリと視線を向けると、兵士達は慌てて視線を逸らした。


(やはりまだ全員が服従している訳では無いな。隙を見せれば襲われそうだ)


(5人しか居ないものね。むしろそうなれば話は早いんだけど)


しかしイスカリオもこの場で迂闊に動く事の危険は察しているようで、兵士にはしっかりと言い含められていた。この場で動けばイスカリオにも類が及ぶからだ。イスカリオに自己犠牲精神など存在しない感情である。


「行くぞ、『奈落崩腕アビスアームズ』」


ヒストリアの周囲から湧き上がった『奈落崩腕』に兵士達からどよめきが起こる。それは、『奈落崩腕』がバリケードに向かって振り下ろされ、ごっそりと抉り取った事で更に大きくなった。


仮にも『死兵デッドウォーリアー』1万近くの侵入を防いでいた防壁が見る見る間に失われて行く光景は非現実的で、この上無く暴力的であった。


石積みの防壁は真っすぐ抉り取っても崩れてくるので、ヒストリアは『奈落崩腕』を操作してV字に防壁を刻み、1分ほどで馬が通れる道を作り出した。


「これでいいか?」


「上等だ。さ、陛下、道が出来ましたので参りましょう」


「うむ、見事な手腕よ。……どうした、イスカリオ? 早く案内せぬか」


「は、はい、こちらです……」


ヒストリアの人外の業にイスカリオの笑顔にヒビが入りかけたが、バーナードの言葉で何とか持ち直し、無理矢理笑顔を作り直して再び街を進んだのだった。

ヒストリアは悠に背中を預ける形で馬に乗っています。……蒼凪やシャルティが見たら発狂する……。

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