8-82 跳梁16
「さて、デミトリーは大人しく従うかな……」
「ここで徹底抗戦を選ぶほど馬鹿では無いと思います。滅びの美学でも持っているなら別ですが、聖神教の施政下でもしぶとく生き延びたお方、必ず一手打って来るでしょう」
「悪あがきだと思うがなぁ……」
軍の先頭を行くのは当然ながら連合軍大将であるバローであり、その傍に侍るのはマーヴィンである。
「まずは交渉と相成ろう。戦うならば滅ぼすまで、馬鹿では無いというのならこちらの話に乗るしかない」
そう答えたのはバローと馬を並べるバーナードだ。仕上げの段階に王が不在という訳にはいかないのである。
テルニラからも隠れていない連合軍の動きは良く見える事だろう。平原を埋め尽くす兵を見て物見の兵士が青くなっているのが悠にははっきりと確認出来た。
「今戦って勝てん事くらいは分かっているようだな」
「戦わずに済ませられるならそれに越した事は無いですよ。無駄に殺すのも殺されるのも非生産的です。……おっと、始まりましたね。我々も行きましょう」
バローから出された停止の合図でテルニラの正面に軍が布陣すると、主だった連合軍の幹部はバローの下に集った。
アライアットの王バーナード、連合軍大将のバローと副官のマーヴィン、副将のベルトルーゼと副官のジェラルド、『剣聖』アグニエル、冒険者隊隊長の悠と副官のハリハリ、『双剣』シュルツ、『奈落の申し子』ヒストリア、客将クリストファーとパトリオ、ステファー。今回は人間以外の『戦塵』のメンバーは待機である。
「それでは参ろうか」
「はっ。……ヒストリア、万一の時の為に王様を守ってやってくれよ」
「任せておけ。ゆー、ばにーの隣に」
薄い胸を叩き請け負うヒストリアは悠が跨る馬に相乗りしている。そもそも身長が足らないのでこれまで乗馬の練習などした事が無いヒストリアは馬に乗れないのだ。
(……ばにーとはもしかしなくても私の事だろうか……)
誰も突っ込まないがしっかり聞こえていたバーナードはその疑問を厳めしい表情の下に押し隠した。同じくぱっちと呼ばれているパトリオだけが微妙な同情の視線を向けている。
バーナードが手を上げると後方からアライアット兵だけがその背後に付き従った。それでもこのテルニラに居る兵力と張り合えるだけの戦力である。
城門は相変わらず焼け落ちたままで、このままならば出入りは自由だ。しかし、何も言わずに突入すれば流石にテルニラの兵士も腹を決めて攻撃して来るだろうと予測出来ていたので、バーナードは城壁にほど近い場所で停止し、借り受けた拡声の魔道具で街に向かって呼び掛けた。
「……余はバーナード・フィリッポス・アライアットである。テルニラの兵士及びノルツァー公爵家に告ぐ。フォロスゼータは連合軍の助力により陥落した。聖神教は滅び、教主シルヴェスタ・ボーレンスはこの世から消滅せしめられた。……デミトリー、貴様に弁解の時間をくれてやる。貴族筆頭でありながら聖神教を止めるどころか率先して協力し、無辜の民を蔑ろにして来た理由を余に説明せよ。もし受け入れられないというのであれば仕方が無い、テルニラは今日アライアットの地図から消滅する事になる。言っておくが余は本気だ。弁解の余地なく滅ぼされたくないのならば、これより1時間以内に返答せよ!」
苛烈な口調ながら、この発言は中々に危うさを秘めたものだった。聖神教に協力したという点を責めるのであればそれはバーナードにも同じ事が言えるのだ。いくら国を聖神教から取り戻すためだと言っても、未だにバーナードが保身のために寝返ったのではないかと疑う者は居るのである。バーナードが責められないのは聖神教が滅んだ今、王であるバーナードに逆らうのは明確な国家に対する反逆となるからだ。アーヴェルカインではまだ王権は最強クラスの権力であり、そして以前から他国と協力して事を進めて来たという事実が心からの聖神教徒では無かったという証明となり、バーナードの立場を辛うじてプラスの側に置いているのであった。
伝えるべきを告げ、バーナードは返答待ちの態勢に入った。もし返答が得られないのであれば本気で攻め滅ぼすつもりである。バーナードは自らの行動で覚悟と信念を示していかなければならず、迷いの無い表情で馬上で腕を組んだ。
そんなバーナードの言葉と態度が伝わり、デミトリーとイスカリオは進退窮まっていた。
「まさかバーナード王が生きて解放されるとは……!」
「父上、今すぐ陛下をお迎えしましょう! この上は陛下にお許しの下知を頂くしか道はありません!!」
「陛下が私を許すと思うか? 言質は取られないようにしては来たが、私が陛下を蔑ろにして来た事に変わりはないのだぞ!?」
「だからと言ってここで陛下と一戦交える訳にはいきません!! 時を置けばまだ態勢も整えられましょうが、現状では1日すら持ちこたえる事は不可能です!! ここは何としても交渉の場にて譲歩を勝ち取らなくては!!」
イスカリオの言っている事くらいはデミトリーも理解している。だが、どう考えても自分に有利な状況が作り出せそうにない事の苛立ちがデミトリーの口から愚痴となって漏れたのだ。ある程度愚痴を吐き出すと、デミトリーは少し冷静さを取り戻してイスカリオに言った。
「……しばし待て、ギリギリまで策を煮詰める。急いで会っても今更私の評価は簡単には覆らん。イスカリオ、お前は陛下を出迎え、何としてもこの屋敷にお連れしろ。対外的には私は聖神教側の人間としてここに捕えられていた事になっている。今回陛下がいらっしゃった事で我らは真実を知り、私は牢から出され身なりを整えていると言っておけ。私が心ならずも聖神教に従っていたのは領民を守る為だったのだとな。それで幾分か申し開きの材料になるだろう」
「それがいいでしょう。こういう時の為に父上を捕らえた事にしておいたのですから。なるべく時間を稼ぎますので、お急ぎを」
イスカリオも戦うのは論外だが、交渉の場であれば打つ手が無い訳では無かった。王家とノルツァーは直接干戈を交えた事は無く、不敬はあっても敵対しているのではないのだ。
イスカリオが退室すると、デミトリーは畏まり沈黙を守っていたモーンドに向き直った。
「モーンド、またお前達に働いて貰う事になるかもしれん。……お前の忠誠は誰の為に捧げられるものだ?」
「我が忠誠はノルツァー家に捧げられております。どの様なご命令であろうと、それがノルツァー家から発せられたものであれば何よりも優先されます。……たとえ、王命であってもそれは覆りません」
デミトリーの言葉の裏に潜む意味を正確に読み取ったモーンドの言葉にデミトリーは満足げに小さく頷いた。
「ノルツァー家を滅ぼされる訳にはいかん。アライアットを支えて来たのは我がノルツァーであって、王家などすげ替えの利く飾りでしかない。ノルツァーこそがアライアットの真の主人なのだ!」
モーンドはそれを否定しない。そもそも彼にとってアライアットの支配者が誰であるかなどは全くどうでもいい事であった。モーンドの忠誠は忠犬のそれでは無く、もっと機械的でデジタルなものなのである。事実、これまでに一度たりともモーンドがデミトリーに背いた事は無かった。
……だからこそ猜疑心の塊であるデミトリーやイスカリオもその後のモーンドの行動を読み切る事が出来なかったのだ。
その、類まれな忠誠ゆえに。




