8-79 跳梁13
悠以外の者達が何をしていたかと言えば、彼らもまた住人達を守るために戦っていた。
「フッ!」
バローが一呼吸の間に剣を二閃三閃させ、『死兵』の手足と首を斬り飛ばし、最後に頭を唐竹割りに断ち切った。このくらい徹底して破壊しなければ『死兵』は死なないのだ。
「強くは無いが面倒だな」
近付いてくる『死兵』の前に『自在奈落』を設置してヒストリアが愚痴を零す。
「近付くなら殲滅するまでよ」
双剣を振るい、シュルツが同時に2体の『死兵』の首を斬り、更に縦に剣を走らせて体を4つに分断した。
「しぶといが殺せない相手では無い、我々は民を守るのみだ」
ギルザードの大剣が唸り、『死兵』がバラバラになって吹き飛んだ。
「ケルマン殿、ワタクシが動きを止めた『死兵』にトドメを」
「ああ、任せろ!」
ハリハリが近付いてくる『死兵』を様々な魔法で拘束し、ケルマンの部下達が手分けして『死兵』を切り刻む。
こうして戦っているのは、避難を始めてしばらくした時、少しずつ『死兵』が集まり出したからである。街を攻めている数とは比べ物にならないが、倒した分を合わせて少なくとも5百は下らないであろう。
『死兵』は動きは鈍いがひたすらタフで疲労など無く、体の一部が欠けた程度なら問題無いと言わんばかりに襲ってくる。類似の魔物であるゾンビよりも能力的には上であろうかと思われた。
「こんなのの大軍に攻められちゃたまらんぜ。一般兵じゃ工夫しないとすぐ囲まれて殺されるぞ?」
「こんな場所で野戦をやっている我々より随分マシなはずですよ。『氷蔦』」
足を斬って転ばせた『死兵』の頭に剣を突き込みながら言うバローに、氷の拘束魔法を行使しながらハリハリが答えた。この2人だからこそ話をする余裕があるが、周囲の一般兵士からすればそれは次元の違う光景である。
「強い……! いや、強いなんてモンじゃない、夜だって事を差し引いても剣が見えねえ……」
「あの魔法使いの優男、とんでもない腕前だぞ! どうやったらあんなにホイホイ魔法が使えるんだ!?」
「一番訳わかんねぇのはあのちっさい子だよ! 何をやってんのかサッパリ分からん!!」
既にバローやシュルツでさえその強さは人間の範疇を逸脱しつつある。ハリハリの無詠唱魔法は芸術の域と言って過言では無いし、ギルザードはⅩ(テンス)の魔物と遜色が無い強さを誇っている。ヒストリアに至っては理解不能だろう。
たった5人で5百の『死兵』と渡り合い、まだまだ余力を残しているバローらが自分達の味方である事に兵士達は心底安堵した。もし敵のままだったなら、『死兵』を退けても彼らを有する連合軍6万と戦わねばならなかったのだ。はっきり言って勝ち目など爪の先ほども残されてはいないだろう。
「冒険者の『戦塵』か……外の世界は進んでるな。辺境に引き篭もってちゃ取り残されるのも道理だぜ」
「なぁに、これから交流していけばいいのですよ。我々は聖神教を滅ぼしに来ましたが、アライアットを滅ぼしに来た訳ではありません。これからは仲良くやっていきましょうよ、ケルマン殿?」
「ハハ、仲良くする為にまず戦争しなきゃならないなんて世も末だな。だけど、こうして俺達を助けてくれたアンタらを信じるよ。……でも、あの街に残ってるユウとかいう人は一人で大丈夫なのか? 俺達も加勢した方が――」
「要りません」「要らねーよ」「必要無い」「要らんだろ?」「むしろ敵に加勢が必要だろうな」
悠の事を気に掛けるケルマンだったが、その仲間達に手助け無用と食い気味に即答されて思わずたじろいた。
「ヤハハ、ユウ殿を知らない方なら心配するのも道理だとは思いますが、知っていればそんな心配はするだけ無駄だと良く分かると思います。もしこの『死兵』の襲撃が無く城壁も健在で兵士が疲弊していないと仮定しても、ユウ殿なら一人でこの街を陥落させられます。ここに居る我々が本気で掛かっていっても足止めするのが精一杯……いえ、ユウ殿が本気なら我々では足止めも叶わないでしょう。あの人はそういう人なのですよ」
この場の全員を合わせたよりずっと強いと断言するハリハリにケルマンが青くなった。いずれも隔絶した強さを持っているというのに更にその遥か上とはもはやケルマンの想像の及ぶ所では無かった。
「そんなに強いのか……」
「多分、この世界で一番強いですよ。世界の五強よりもね。……おっと、噂をすれば影ですね」
ハリハリが街の方から歩いて来る影を見つけ、手を振った。
「お疲れ様です、ユウ殿」
「ああ、お前達もご苦労だった。『死兵』に嗅ぎ付けられたか」
「全体からすればほんの一部ですがね。……おや? ネネ殿、どこかで怪我をなさいましたか?」
目敏くネネの服についた血痕を見つけたハリハリに悠が答えた。
「もう治してあるから心配いらん。だが、少々多目に血を流したのでな、薬はあるか?」
「おやおや、それは大変でしたね。『中位治癒薬』でいいですか?」
「ああ、それでいい」
悠はハリハリから薬を受け取り、トロイアに背負われているネネに差し出した。
「薬だ、飲んでおくといい」
「それは……『中位治癒薬』ですね? そんな高級品はちょっと私では手が出ません」
勉強熱心なネネは一目でそれが何なのか理解し、断った。貧血程度で金貨を消費する訳には行かないのだ。
「いや、ネネが買えないなら俺が買う。……ネネが怪我をしたのは俺が不注意だったからだしな……」
「トロイア様、いけません。当家にとって今は金貨どころか銀貨であっても節約せねばならないのです。傷は治っているのですから、どうかお止め下さい」
「何を言っている、俺の一番大切な者はネネなのだぞ? その為に使う金が無駄であるものか」
「トロイア様……」
「ネネ……」
熱い視線を交わすトロイアとネネにハリハリが体を掻き毟った。
「あー痒い痒い!! なんですこの甘い空間は!? こんなのを見せられたら万年女日照りのバロー殿が発狂してしまうではないですか!!」
「誰が万年女日照りだこの魔法バカが!!!」
「煩いぞ貴様ら。……別に金を寄越せとは言わん。2人の前途を祝しての祝儀だと思って取っておけばいい。これに懲りて軽率な真似は慎めよ」
善意で残っていたのだとしても、危険な場所で護衛も連れずに居たのはトロイアの落ち度だ。更に、トロイアを助けたとは言え致命傷を負ったネネにも過失が無いとは言えない。割と真剣に諭され、2人の甘い雰囲気が霧散した。
「申し訳無い……」
「申し訳有りませんでした」
《ま、お互いを失い掛けて十分肝を冷やしたでしょ。小言はこれでお終いにして、早く飲んじゃいなさい》
レイラに促されると、今度はネネも逆らわずに薬に口を付けた。そもそもネネが告白に踏み切ったのはレイラの言葉に後押しされてという側面もあり、ネネは密かにレイラに恩を感じていたのだった。
「さて、それはいいとして、街の様子はどうでしたか、ユウ殿?」
「こちらに降った兵が千前後、それとこれまでの死傷者を引いて街の兵力は総計で1万3千弱。ただし、戦意は時間経過と共に下がり、いくら有利な地形で応戦しているからといってあの力量では誰も死なずに勝つ事は出来まい。泥沼の殲滅戦が終わる頃には1万を切る兵力しか残らん上、疲労し士気が下がり、城門は既に無い。まぁ、軍としては終わったな」
悠の見立ては希望的観測を排除しているので正確である。疲労を助長する夜間の戦闘である上、普通の兵士とは違う『死兵』相手に朝まで奮戦すればテルニラに居る兵士は使いものにならなくなっているだろう事は楽に推測出来る事だ。だからと言って手を抜けば『死兵』達はまた兵士を襲い、数を増強するだろう。交渉出来ない相手とは殺し合うしかないのである。
「『死兵』が友軍なら一緒に攻め込んでもいいんですが、近付くとワタクシ達まで攻撃して来ますからね。そちらはテルニラの兵士にお任せしましょう。こちらに手を割けない内に、我々は大きく迂回して連合軍と合流しましょうか」
「そうだな。姿の見えん『偽天使』も警戒せねばならん。せっかく避難させた民を襲われても困る。油断せずに行こう」
こうして、市民と協力してくれる兵士を街から逃がした悠達は連合軍の居る場所へと戻っていったのだった。




