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8-71 跳梁5

「ある時は流浪の吟遊詩人、またある時は孤高の超絶魔導師……しかしてその実態は!! とうっ!!」




グキッ。




「ぎゃああああ!? 足がぐねったぁっ!!」


「おい、誰かこの救い難いバカを捨てて来いよ」


「飼い主は髭だろう。拙者に押し付けるな」


「人選が致命的に間違ってるぞ。はりーに隠密任務など」


テルニラの近くの森に潜むのは悠を始めとして潜入メンバーである。先ほどの悲鳴は無意味にジャンプしたハリハリが着地に失敗した音であった。


「仕方が無いだろう、我々の中には隠密任務をこなせる者がユウとハリハリ以外に居ないのだ。説得も兼ねるとなれば初対面の人間にユウの威圧感は妨げになる。ハリハリはバカで軽薄だが、警戒心を抱かせないという点では誰よりも上手くやれる……はずだ」


「バカだの軽薄だの酷い言いようですね、ギルザード殿……ワタクシは皆さんの緊張を解そうと道化を演じていると言うのに……」


よよよと泣き真似をするハリハリに突っ込む者は誰も居なかった。


「上から見た限りではテルニラの街には既に被害が出ているようだ。入り口付近の市街地が放棄され、そこを囲むようにバリケードが築かれていた。操り人形どもは防いだらしいが、市民にも犠牲者が出ている」


「街ごと敵を火計に巻き込んだのですか……効率的ではありますが、巻き込まれた市民はたまったものではありませんね……」


表情を改めたハリハリが沈痛な表情を浮かべ、鋭い洞察力を発揮して状況を把握した。


「しかし、それなら敵もかなり被害が出ているのでは無いのですか?」


「いや、そうでも無いようだ。確かに焼かれた死体は見えたが精々百ほどで、残りは燃え落ちた正門から外に出て再侵攻の機会を窺っているようだった。しかも逃げ遅れた市民を取り込み数を回復したのだろう、平服の者がかなり見受けられたな」


悠が上空からの偵察で手に入れた情報はイスカリオも掴んでおり、今まさに歯軋りしている所であった。単なる知能の無い魔物モンスターであれば炎に焼かれて全滅も狙えたのだろうが、『死兵デッドウォーリアー』は『偽天使イミテーション』に操られており、無駄な消耗を避けたのだった。


「完全に日が落ちれば再び攻めに転じるだろう。その前に迅速に行動を開始せねばならん」


「幸い、街の目は正面の敵に引き付けられています。側面が手薄な内に始めましょう」


頷き合い、悠達はそっと林から離れ、巡回の兵士も居ない城壁の左側面に取り付いた。


「いいぞヒストリア、今なら誰も居らん」


「うむ、では目立たんように……」


潜入メンバーは悠、バロー、ハリハリ、ギルザード、シュルツ、ヒストリアの6名で、サイサリスは隠密任務は無理と自分で宣言して居残り、ベルトルーゼは全員に無理と言われて待機させられ荒れていた。アグニエルは前日の奮闘から回復し切っておらず、残念そうにしながらも留守を了承したのである。


「けどよ、ギルザードはよく全身鎧フルプレートの金属音を殺せるな? その鎧にはそんな機能もあんのか?」


「デュラハンにとって鎧は体の一部に等しいものだ。音を鳴らさないのは種族固有の能力スキルだよ」


「へぇ……便利なモンだな」


「だが、今は穴が空いてしまっているから私の能力は少し落ちている。ディルは私の宝物なのに……」


「鎧を名前で呼ぶなよ……お、空いたぜ」


雑談している間に、ヒストリアは高さ1メートルほどの進入路を作り出していた。


「俺達が入ったら隠しておけ、行くぞハリハリ」


「はいはい、どこへでもお供致しますよ。『透明化インビジブル』」


ハリハリの魔法で悠とハリハリの姿が掻き消え、気配も消失した。これが出来るからこそハリハリに隠密任務が任されたのだ。


悠達が居ない事を確認し、バローは穴の空いた壁に似た色の布を掛けて隠蔽を施した。


「さて、俺達もちょっと離れて待つか」


「『希薄レアファイ』なら私も使える、気を付けていれば発見はされんよ」


バローの言葉にギルザードが返答すると同時に正門付近が再びざわめき始め、再侵攻が始まったのだと伝わって来た。


「上手くやれよ、2人とも……」


隠蔽した壁を1度だけ返り見て、バローはその場を離れていった。




透明になったまま、悠とハリハリは手を繋いでテルニラの街の中を進んでいた。


(ユウ殿、その辺の路地で術を解きましょう。『透明化』を使っていると機敏に動けません)


(分かった)


了承を返し、ハリハリが『透明化』を解除するとその場に悠とハリハリの姿が現れた。


「どうやら迎撃に忙しくて侵入者などに気を回している隙は無さそうですね。ユウ殿、ワタクシ達も行きましょう」


「ああ」


今の2人の服装は飾り気の無い平服であり、武装などは一切施してはいない。街の中ではその方が見つかった時に怪しまれないからだ。


「この辺りから始めましょうか」


前線の兵士達から少し離れた一角でハリハリが促すと、悠は協力者を探す為にレイラに呼び掛けた。


「レイラ、『トゥルー慧眼アナライザー』を」


《了解》


『竜ノ慧眼』を発動し、悠は歩きながら周囲の家の中の反応を探った。悠は勘で探すのでは無く、説得に耳を貸しそうなカルマの持ち主を探して避難を早めようと考えたのだ。


その試みは思ったより早く成果を見た。


「……そこの建物の中に多数の人間が居るようだ。取り立てて業の低い者も居らん。どうやら商家らしいが、状況から察するに近隣の者達が避難しているのでは無いかと思う」


「ほほぅ、ちょっと見てみましょうか。『千里蝶クレアボヤンスバタフライ』」


ハリハリが手の平から生み出した蝶をその建物の2階の窓に向かって放ち、蝶はハリハリの意を受けて窓の隙間から内部へと入って行った。




「なぁ、壊された俺達の家、直してくれると思うか?」


「直してくれるかもしれないけど、絶対タダじゃないだろうな……」


「結局、聖神教も貴族も一緒よ。私達の事なんか奴隷としか思ってないのよ!」


「俺はもう我慢出来ない!! あいつら、自分達が助かる為なら俺達を平気で見捨てやがる!! 俺の母さんもさっきの火事で……!」


「いっそこの街から逃げないか?」


「どうやってだよ……正門は兵士と化け物で塞がってるんだぜ?」


「……クソッ!!」


部屋の中は不安と怒りが渦巻いていた。ここに居るのは先ほどの火計で家を失った者達で、行き場を失っていた彼らをこの家の主人が臨時の避難場所として受け入れたのだ。


その主人が簡単に食べられる物を用意して部屋の中に戻って来た。


「さあ、豪華とはいえないが少しでも食べた方がいい。……と言ってもここもいつまで安全か分からないが……」


「トロイアさん……このご恩は忘れません」


「俺達を助けてくれたのはアンタだけだ。他の商人や貴族は俺達の事なんて知らん顔だったのに……」


少々強面の商人、トロイアはその言葉に苦笑した。不思議と笑うと愛嬌のある男である。


「いや、親父から継いだ家だが、どうやら俺は商売人としては大成出来そうに無いからな。俺は他の商人連中のように金の為に悪辣にはなれそうにないし、どうせ遠からず潰れるなら人助けに使われた方が商品も無駄にならずに済む。気にしないでくれ」


「……世の中間違ってるよ、アンタみたいな人にこそ偉くなって貰いたいのに、結託して値段を釣り上げる商人ばかりデカい顔しやがる」


「仕方無いさ、皆自分の生活があるんだよ。俺はこの歳で独り者だからな、好きにやってるだけさ」


トロイアの家は代々商家を営んでおり、その規模はテルニラでも上から数えた方が早かったのだが、祖父や父の汚い商法を見て来たトロイアは父の早逝をきっかけに家を継ぎ、これまでの商法を転換して真っ当な商売に切り替えた。しかし、そんな理想はあっという間に家の没落を招き、既に使用人の殆どは他の商人に鞍替えしてしまったのだった。


その事についてトロイアに後悔はない。自分に商才が無いのは確かだし、家族も居ない身軽な身である。ならば可能な限り好きに生き、どうしてもこの街が住みにくくなったら違う街に移住しようかと考えていた。


ただ一つ心残りがあるとすれば、避難して来た者達に食事を配っている少女である。


「はい、どうぞ」


「ありがとう、ネネちゃん」


僅かに残っている使用人の一人であるネネである。彼女は今年15歳になったばかりの少女で、今から8年ほど前に借金の担保代わりに売られて来たのだが、まるで教養がないので一時トロイアが教育係として指名されたのだ。


恐らくそれは将来の為にトロイア自身の教育が目的であったのだろうが、トロイアは少女が一人でも生きていけるように自分が知りうる限りの教育を施した。それは父親への当てつけでもあったが、ネネの潜在能力は非常に高く、今ではトロイアよりも能力面では優秀であろうと思われるほどに成長した。


だが、それだけ優秀であるにも関わらず、ネネは父親の死後傾いたこの家から出て行こうとはしなかった。この8年の奉公ですっかり借金など無くなっているのに、である。


普段は従順なネネがその時ばかりは頑なに拒むのでトロイアは好きにさせていたが、そろそろ将来の道をはっきり選ばせた方がいいだろう。


「なぁ、ネネ」


「何でしょうか、トロイア様?」


礼儀正しいが、どことなく冷たさを感じさせる容姿のネネがトロイアに向き直った。


「何度も言うが、この家に居ても先はないぞ? お前ならどこの商家に行っても立派にやっていけるはずだ、今の内に――」


「お断りします。私がお仕えする家はここだけですので」


やはりあっさり提案を蹴られ、いつもならこれで会話が終わりなのだが、状況が状況だけにトロイアは普段よりも食い下がってみた。


「うちにはそんな余裕は無いんだよ。潰れそうな商家なんかに義理立てしなくていいからお前はどこか才覚を生かせる場所へ行きなさい。俺と一緒に居ちゃあその内飯も食えなくなるぞ?」


「構いません。そうなったら私がトロイア様を養って差し上げます」


「……嬉しくて泣けてくるな……」


三十路男が仕事もせずに成人したての少女に養われる図を想像し、トロイアはその想像図に副題を付けてみた。「屑男」なんて相応しいのではないだろうか?


「どうしてこの件に関してはこうも頑ななのか俺には分からんよ……」


「私はどうしてトロイア様が分かって下さらないのかが分かりませんが?」


眉を寄せるネネにトロイアは首を傾げたが、周囲の者達はネネに対し同情的であった。


「ネネちゃん、トロイアさんは顔は怖いが間違い無くいい人だけど、ちゃんと言わないと一生気付かなそうだよ?」


「それは女の沽券に関わりますので私から折れる事はありません。一生気付かないなら一生お側でお仕えするだけです」


「その歳でそこまで覚悟してるなんて、本気なんだねぇ……全く、恩人の悪口は言いたくないけど、罪作りな人だよ、トロイアさんは」


「どうして俺が責められるんだ……」


理解不能といった様子のトロイアを見て、周囲の女性陣は呆れて溜息を漏らした。だが、和んでばかりもいられないのだ。


「しかし、ネネちゃんやトロイアさんの為にもどこか安全な場所は無いものかな……」


その時であった。




……ピュールルーピュルールルーピュールールールルー……。




「な、何だ!?」


「誰だ、こんな時に口笛なんて吹いているのは!?」


「いや……これは部屋の中じゃない、ドアの向こうからだ!!」


どこかのお殿様が白馬に跨って海岸を疾走するかの様な旋律にその場の者達の視線がドアに集中すると、そこから更に口上が聞こえて来た。




「いつの世も苦しむのは下々の者達ばかり……家を焼かれ家族を焼かれ、怨嗟の声は絶える事無し……しかしご安心下さい、苦しむあなた方の声は我々に届きました。今宵限りの奇跡を今ここに――」




「長い」


「ぐはっ!?」


悠に蹴られたハリハリがドアを押し開いて登場すると、部屋の中はしんと静まり返った。

ハリハリを御し切れない……。そして新キャラが2名登場です。

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