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8-69 跳梁3

「……ん? あれは……」


「どうした?」


テルニラで最初に異変に気が付いたのは門を守る守備兵達であった。


「ほら、あっちの方を見てみろよ。何か燃えてねぇか?」


「篝火……にしちゃデカイな。火の不始末で火事でも起こしたか?」


「一応報告しておこうぜ」


「ったく、まだ夜も明け切らない内に働かせてくれんなよな……あ……?」


火も焚かず、声も発しない為に気が付かなかった事実にこの時ようやく守備兵達は気が付いた。テルニラに迫る、無音の操り人形達のその群れに。


「な……こいつら、いつの間に……!」


テルニラの背後から朝日が昇り始め、地上に光を当てて行く。広がった視界に映るのはテルニラに向かう1万近い兵士の群れであった。


「て……敵襲……敵襲だーーーッ!!!」


「寝てる奴らを起こせ!!! 敵だ、敵が攻めて来たぞーーーッ!!!」


「何で誰も気付かなかったんだよ!? 見張りは寝てたのか!?」


「言ってる場合か!!! 早く行け!!!」


警戒する必要が無いからこそテルニラの兵士達はごく普通の警備体制しか敷いていなかった。一般兵は詳しい事情など知らないが、隊長格の者達は薄々これが茶番だと気付いており、もし連合軍か聖神教が攻めてくれば、まずはリエンドラの軍がそれを発見するはずだという思い込みがあったのだ。


だが、現実にはそのリエンドラの軍がこうしてテルニラに攻め寄せているのである。あっという間に城壁に迫られた守備兵だけでは1万相手に防衛する事など叶わない。


そして、リエンドラの兵の攻城方法は常軌を逸していた。


いくら数が居るからと言っても頑丈な門と10メートル以上ある城壁は簡単に突破出来る障害では無かったが、リエンドラの兵達は城壁に取り付くと、次々にその上に積み重なり始めたのだ。


その重みで下の兵士が潰れるが、他の兵士達は一切構わずに更に上に登り、城壁を攻略せんと迫った。


「な、何やってんだこいつら……死ぬのが怖くないのか!?」


「ま、まるで死兵だ……『死兵デッドウォーリアー』だ!!!」


『死兵』と名付けられた者達は生者の躊躇いなどに頓着せず、数か所で屍を積み上げ、次々と城壁を越え始めた。


「の、登って来るぞ!!! 叩き落せ!!!」


槍をバットの様に振り回し『死兵』を叩き落としに掛かる守備兵だったが、1体落とす間に3体増えるような有様ではどんどん侵入を許すばかりであった。


更に、守備兵の目が『死兵』に向いている内に『偽天使イミテーション』は閉じた城門に取り付いていた。


「まもりが、あまい……」


そう言って『偽天使』が傍らに置いてある樽に手を掛け、城門に向けて倒すと樽の中に満ちていた液体がぶち撒けられた。ツンと鼻を刺すその臭気は度数の高いアルコールのそれである。


『偽天使』の手が城門に向けられ、魔法の詠唱がその口から漏れた。


「……が、たてまつる。ほのおのやよ、てきをうて」


拙い発音でも魔法陣が構成され、魔力が充填されれば魔法は遺漏無く発動する。『大天使アルカンジェロ』のように無詠唱魔法に頼る事も無く、普通の人間が使う程度の威力ではあるが『ファイヤーアロー』が発動し、アルコールに燃え移って城門は炎に包まれた。


集合的意識で行動する『偽天使』は『大天使』ほど成熟した個体としての意識を持たないが、その分を多数の意識で補って行動している。そのため、時には『大天使』以上に臨機応変な行動も可能なのである。


その精神体の中でもガルファやシルヴェスタの意識は強い方だが、全体として見れば兵士達の数が圧倒しており、その兵士達が恨みを抱いているのは直近では自分達を裏切ったデミトリーであった。ガルファやシルヴェスタも当然デミトリーには恨みを抱いているため、こうして逃げた方向に存在したテルニラが第一目標となったのである。


城壁を越えてくる『死兵』の対処に掛かり切りになっているテルニラの兵士達が城門の消火に手を割く事が出来なかったのは無理からぬ事だったが、結果としてそれは事態の深刻化に拍車を掛けてしまった。


眠っていた兵士達を叩き起こしその兵士達が駆け付けた頃にはもう城門の火災は誰にも止める事が出来ないほどの猛火に育ち、守備兵達にも大きな被害が出た後であった。




デミトリーが襲撃の第一報を受け取ったのは、守備兵が『死兵』を発見してから30分が経過した頃であった。その頃には既に街の奥にあるデミトリーの屋敷からでも城門が燃えているのが確認出来る状態であった。


「リエンドラ、血迷ったか!?」


最初デミトリーはリエンドラの謀反を疑ったが、第二報が来る前にその短絡的な考えを改めた。リエンドラはその場の勢いに任せて軽挙妄動に走るタイプでは無く、もし背くとしてももっと盤石な態勢を整えるだろうと思われたからだ。だからこそデミトリーは貴族の兵力を調節し、部下であるリエンドラが邪心を抱かぬよう注意を払っていたのである。


ならばこれは連合軍か、聖神教の仕業に違いないというデミトリーの予測は第二報て確かなものになった。


「『死兵』だと!? ……そんなおぞましい手を使うのは聖神教に違いない!! 連合軍め、ガルファとシルヴェスタに破れたか!?」


『死兵』の存在を知り、デミトリーはこれが聖神教によるものだと断定した。デミトリーが知る連合軍は強い力を持ってはいてもあくまで正攻法であり、勝つためなら手段を選ばないやり方は聖神教の方がしっくりとくるからだ。だが、それならそれで疑問はあった。


「対外的にはリエンドラは聖神教に属している事になっているはずだ。あのリエンドラが対応を誤るとは思えんが……」


「問答無用で排除されたのかもしれませんよ、父上」


傍らに控えるイスカリオの意見にデミトリーは一考の価値を認めた。


聖神教はリエンドラを排し、何らかの方法でリエンドラの軍を『死兵』と化し、デミトリーにぶつけて来たのかもしれない。第二報には翼のある人間が城門付近に現れたという情報も含まれていて、デミトリーはその『天使アンヘル』が『死兵』を作り出したのだと推測した。


これらの予測は細かい部分では間違っていても、大枠で見れば正解と言っていいだろう。デミトリーは唯一公爵家を保ってきただけあって無能では無く、それは息子のイスカリオも同様であった。


「父上、事ここに至ればもはや聖神教を排するしかありません。幸い、我々は敵より多くの戦力があり、敵は損耗を考慮せず攻め寄せているため更に数を減らしています。また、聖神教の後詰めも確認出来ません。まずはこれ以上敵を中に入れぬように防壁を築き、侵入を食い止めましょう」


「それがよかろうな。ここは他の貴族どもの力を利用するか」


デミトリーとイスカリオは素早く相談を纏め、眠りこけている貴族を叩き起こして宣言した。


「卿らの忠誠心を示して貰おうか。栄華を求めんと欲するならば、自軍を率いて街に侵入した敵兵どもを押し戻せ」


貴族達は内心では面倒な事になったと悪態を吐いた。別に彼らはデミトリーやイスカリオに心酔してこの場に集まっている訳では無いのだ。単に保身と栄達を狙って力のある者にすり寄っただけであり、本当なら無駄な消耗など御免被りたい所だが、自分が居る場所でもあるテルニラを守らない訳にはいかなかったし、何よりデミトリーが近くで見ているとなれば進んで忠誠を示さなければならなかった。


「これは良い機会だ。我が家の力を存分にご覧にいれましょうぞ!」


「なんの、それは私の台詞ですな。精強さにおいて我が家に敵う者などおりません!」


次々と貴族達がアピールするのを制し、デミトリーはイスカリオに向き直った。


「イスカリオ、采配はお前に任せる……手筈通りにな」


「御意です、父上」


意味ありげな視線を交わし、イスカリオは貴族達を率いて『死兵』の迎撃に出陣していった。

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