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8-67 跳梁1

翌朝からはノルツァー領テルニラへと連合軍は歩を進めた。残党狩りという名目だが、依然として連合軍の士気は非常に高い水準を誇り、その足取りは軽い。


英雄達の活躍、戦勝に次ぐ戦勝、死傷者の少なさがその士気に拍車を掛けていた事は言うまでも無いだろう。行程も順調に進み、二日目の夕暮れ前には連合軍はもう2時間ほどでテルニラを窺う地点まで達したが、そこで予想外の事態が連合軍を迎えた。


「!」


最初にその兆候を見つけたのは人間離れした視力を誇る悠であった。


「ハリハリ、ここは任せる。俺は先を進むバローの所に行く」


「如何なさいましたか?」


「『遠見リモート』で行き先を見てみろ」


「どれどれ……おや? あれは……煙?」


魔法で視力を拡大したハリハリの目に遙か先にたなびく黒煙が幾条も目に入った。


「俺の見る所、炊飯の煙では無く破壊によるものだ。貴族同士で小競り合いでもあったのかもしれん。一旦軍を止め、斥候を出した方がいい」


「分かりました、冒険者隊はお任せ下さい」


すぐに状況を把握したハリハリが首肯すると、悠は軍の脇を馬で駆け抜けた。


10分ほどで先頭付近のバローの元に辿り着いた時、先頭にも異変が生じていた。


「おう、ちょうど今伝令を出そうと思ってたんだ。そっちも何かあったか?」


「そっちもと言うと……」


「ちょっと待ってくれ。全軍停止!!!」


ビリビリと大気を震わせる大声でバローが停止を命じると、次々に後方に復唱され、連合軍は進軍を停止した。


「ふぅ……で、俺が言ってるのはアレだ」


バローが指差した方向にはボロボロの兵装で震える、青い顔をした兵士の姿があった。よほど恐ろしい目に遭ったのか、焦点定まらぬ有り様は明らかに尋常な様子では無かった。


「こいつはテルニラから逃げて来たらしい。ちと要領を得ないが、今日の未明から明け方に掛けてテルニラが何者かに襲われたそうだ。今もテルニラはそいつと交戦中なんだとよ」


「何者かとは要領を得んな。姿くらいは見たのだろう?」


「そいつがずっと呟いてるのがその相手だと思うぜ」


肩を竦めるバローの言葉に悠が耳を澄ますと、兵士の口はこんな事を呟いていた。




「『天使アンヘル』様が……裏切ったノルツァー家に罰をお与えになったんだ……ハハ、ヒャハハハハ!」




テルニラで一体何が起こったのか? ここで少し時間を巻き戻して追ってみよう。


テルニラには今、アライアット各地の貴族勢力が集まり始めていた。皆聖神教に見切りを付け、貴族による支配を取り戻そうと画策する者達である。


だが、彼らが聖神教と敵対を選んだのはアライアット王家に忠誠を尽くそうと一念発起してという訳では無かった。それはイスカリオが予め根回しした結果であり、王家をも排して更なる権力を得んがためである。


表向きは聖神教に従うデミトリーと、貴族の権利を主張するイスカリオの陣営に分かれての対立のように見せかけていたが、外でテルニラに向けて布陣するリエンドラがテルニラに入る貴族の軍勢に攻撃を加える事は無かったし、逆にテルニラに入る貴族がリエンドラに攻撃を仕掛ける事も無かった。


ある程度数の釣り合いを保つ為にリエンドラに合流する貴族も居り、その兵力はリエンドラ1万対イスカリオ1万5千にまで膨れ上がっていた。


イスカリオと対立して捕らわれの身になったという事になっているデミトリーも屋敷の中限定ではあっても特に不自由も無く動き回っており、この日もまた新たに合流した貴族と自分の屋敷で慰労の夜会などを開き、その場で完全なる上位者として振る舞っていたのである。


「いやぁ、流石はノルツァー公爵、素晴らしい先見の明をお持ちですな! 連合軍と聖神教をぶつけ、疲弊した所を叩こうとは! 国軍の将たる方は我々凡人とは比べ物にならない英知をお持ちだ!」


「なに、此度の仕儀はイスカリオが描いた絵であって、私が画策した結果では無い」


「それは益々羨ましい! つまり、ノルツァー家は次代も英明なご当主を得て盤石という事ではありませんか! 全く、うちのバカ息子にもイスカリオ様の10分の1でも才覚があればと羨ましく存じますぞ!」


「うむ、あれは私に似て中々聡い。お陰で悠々自適の隠居生活を満喫出来そうだ」


「ハッハッハッ、ご隠居などまだまだ先の話でしょう! なにせデミトリー様には王亡き後のこの国の舵取りをして頂かなくてはならないのですからな!!」


「それは些か気が早かろう。……だが、そうなったとしてもまだ聖神教か連合軍、どちらかの排除は必須となろう。卿らの力に期待させて貰おうか」


椅子にふんぞり返り、酒を片手に謁見を許す王の如き振る舞いに反論する者は居らず、貴族達は揉み手で何とかデミトリーに取り入ろうと必死であった。その為に兵のみならず持ち出せる限りの金銀財宝、食糧、更には労働力としての奴隷など、日を追うごとにテルニラは潤っていったのである。


「如何ですか、父上。私の手腕は?」


イスカリオがデミトリーの話し掛けると、デミトリーは周囲から人払いして頷いた。


「私の期待以上の成果だ。貴族の力を糾合し一大勢力を作り上げた手腕は次期当主に相応しいぞ。もう何日かすれば聖神教か連合軍、どちらかの命運は尽きるだろう。聖神教が勝てば援軍と称して懐に入り込み内部から滅ぼしてやればいいし、連合軍が勝てば聖神教を滅ぼしに来た連合軍は我らと戦う大義名分が失われる。どちらに転んでもアライアットの覇権は我らノルツァー家の物だ。流石イスカリオ、愚弟のパトリオとは天地の差よ」


「お褒めに預かり光栄ですが……パトリオ如きと比べられても素直に喜べませんな。あいつは幼き日から分不相応に私に張り合って来て目障りな奴でした。これで縁が切れると思えばせいせいしますよ」


「己の分を知りお前を補佐すれば生きる道もあったのだが、馬鹿な奴だ。どこで教育を間違えたものか……」


デミトリーとイスカリオにとってパトリオはただの血気盛んな愚か者という以外の評価は存在しなかった。双生児的な思考回路を持つ2人にとって、兄や父親に認められたい、愛されたいと極端な行動に出るパトリオは理解不能であり、排除して然るべき異物でしか無かったのである。自分達の自己中心的で冷淡な対応がパトリオの孤立と孤独を深めていったのだという事に2人は気付いてはいなかった。


「まぁ、あのようなノルツァーの面汚しなどもうどうでもいいでしょう。それより、このアライアット東部の貴族は粗方結集致しました。次は南部の貴族の取り込みに動きましょう。まずは最大の領地を持つメルクカッツェ家辺りを……」


これまで集めた武力を背景に、今後の制圧目標を決めて動き出そうとする貴族連合に異変が生じたのは実際は真夜中を過ぎてからの事であった。


「うう、寒ぃ。ったく、俺達も仲間だってんなら中に入れてくれってんだよ。下っ端だからって外に追いやりやがって!」


そんな悪態を吐いて一人の兵士が軍から離れ、小用の為にズボンを下ろして用を足す。基本的に街の中に入れて貰えるのは家格の高い貴族であり、伯爵以上の貴族が殆どであった。それより下の貴族が率いる兵士達はデミトリーの部下であるリエンドラの軍に再編され、かりそめの対立の一部を担っていたのである。


「こっそり酒を差し入れてくれたのはありがてぇが、これっぱかしじゃすぐ無くなっちまうな。新兵どもの分をくすねてやるか……」


ほろ酔いで気分よく用を足している兵士はどうやって酒を手に入れようかとぼやけた頭で考えていたが、不意にその頭に何かが舞い落ちた。


「おっと、葉っぱか?」


兵士は片手を頭にやり、落ちて来た物を確認すると、それは大きな一枚の羽だった。黒く染まる羽の詳細は闇夜の為に良く分からないが、とにかく大きい羽だ。鳥の物だとすれば3メートルに迫る巨鳥なのは間違い無い。そんな巨大な羽が普通の動物の物では無いという知識を兵士は持ってはいなかった。


「へぇ……こんだけ立派な羽なら幾つか拾って行けば小金にはなるかっ……な……?」


兵士の言葉の語尾と体が不自然に揺れる。ビシャビシャと撒き散らされる水音は既に小便では無かった。


「あ……」


ズボンを濡らす水音の出所は兵士の体に空いた穴から噴出する液体によってもたらされたものだ。ウネウネと蠢き、腹から生える黒い触手が兵士の体を貫通し血を、血液をバラ撒いていたのだった。


「ひっ!?」


認識した瞬間、悲鳴を上げようとした兵士の口に腹を貫通した触手が潜り込んだ。無理矢理に嚥下させられる触手はずるずると兵士の中に潜り込んで行き、やがて兵士の目からは意志の光が消えた。


いつの間にか、兵士の背後には翼を持つ大男が立っていた。黒い触手は大男の翼から伸びており、一定量兵士の中に潜り込ませるとそれを引き抜いて、言った。


「いけ……」


その言葉で意志の光を失い、口の端から涎を零す兵士がぎくしゃくと動き出した。


……長く暗い夜が始まろうとしていた。

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