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8-64 『天使(アンヘル)』17

悠が広間に戻った時には今回の主要人物は既に大方揃っていた。


「さあ、じっくりと話を聞かせて貰いましょうか!?」


「喧嘩腰になるな、パトリシア。我々は助けられた側だぞ?」


アライアット王国国王夫妻のパトリシア王妃とバーナード王。


「王妃様、どうかお気を静めて全容をお聞き下さい」


(各国の重鎮が集まっている……い、いや、私もその一員か……)


(パトリオ様、緊張されてるわ。むしろ私の方が元聖神教徒として緊張しているんですけど……)


落ち着いた口調で場を取り成すクリストファーと緊張した面持ちで唇を引き結ぶパトリオ、ステファー。


「なぁジェラルド、そろそろ小腹が空かないか?」


「……まさか他国の国王夫妻の前で兜をつけたまま食事をなさるおつもりなのですか?」


「そうだが?」


「躊躇無く返答しないで下さい」


勝ったのだから宴でも始めればいいのにと頭脳労働を放棄するベルトルーゼと頭を抱えるジェラルド。


「オホン、まずは状況を整理するのが先決かと」


「うむ、任せたぞマーヴィン」


肩肘を張るマーヴィンとアライアット国王夫妻の前という事で猫を被りつつ丸投げするバロー。


「……ぅぇ……」


「なぁ、何故ハリハリは気絶しているのだ?」


「王妃に正体を明かしたら殴られたらしい。その内目を覚ますだろうよ」


突入メンバーである『戦塵』からハリハリ、ギルザード、シュルツ。と言っても、ハリハリは頬に大きなモミジを作って白目を剥いていたが。


「自分が最後でしたかな?」


「いや、後から来るがもう一人……」


悠が切り出した所で、もう一つの入り口からカロンが入室して来た。


「遅くなってしまい申し訳ありません。何分、正装する事などしばらくありませんでしたので……」


貴族ほど仰々しくは無いが、それなりに整った正装で現れたカロンはまず国王夫妻に頭を下げた。


「……久方振りにご尊顔を拝します、陛下」


「そなたは……カロン、カロンでは無いか!? なぜこのような場所に!?」


国軍の装備を引き受けていたカロンの工房は当然その国王であるバーナードも知る所であり、両者の間に面識があった。


「陛下やお妃様と似た様な境遇と言いましょうか……私も世を捨て業を捨て、あとは病に任せて死を待つばかりといった有り様でしたが、こちらのユウ殿にお救い頂き、以来親子で研鑽に励んでおります」


「そうであったか……お前が国を逐われた時、私にはもうお前を庇い立てする力が無かった。言葉を飾ろうと、結局はお前を見殺しにしたのだ。さぞ私を憎んでいよう……」


力不足に拳を握るバーナードに、カロンは首を振って答えた。


「……正直に申しまして、最初は見捨てられたという思いが無い訳ではありませんでしたが、それも過去の事です。そもそも私は鍛冶一筋と言えば聞こえはいいでしょうが、あまりに世間に対し無知で傲慢でした。全ては自分の至らなさが招いた禍根であると今では深く痛感しております。ですので、陛下に向ける恨みつらみは御座いません。それに、私の跡継ぎとして娘のカリスを仕込む時間も作る事が出来ました。そして親子で真にお仕えしたい方の下で腕を振るう機会も得ております。私はとても幸せなのですよ、陛下」


ニコリと微笑むカロンの目に自分に対する疚しさが全く無いのを確認して、バーナードは小さく頷いた。


「そうか……幸せか……。立派な跡継ぎ、仕えるべき主人、やりがいのある仕事、誠に羨ましく思う。私には、その内の一つとして残されてはいなかった……」


「あなた……」


翳を覗かせるバーナードの肩をパトリシアが撫でた。流石に苦労をした国王という訳か、バーナードは次の瞬間には王としての顔を取り戻していた。


「……分かった、本当ならば是が非でも連れて帰りたい所だが、今の私にはその資格が無い。だがカロン、いつでもお前に対して門戸を開く用意があるという事をどうか忘れないで居て欲しい。何年先でもいい、気が向いたらフォロスゼータを訪ねてくれ。どうだ?」


「過分なお言葉、痛み入ります。フォロスゼータこそは我が故郷、いつか、必ず……」


郷愁の念が溢れて言葉に詰まるカロンに頷き、バーナードは居並ぶ者達に視線を向けた。


「どうやら、カロン以外にも我が国の者達が居る様だ。アインベルク子爵に……ノルツァー家の次男坊まで。卿らは他国の間諜であったか?」


「そ、そんな事は……!」


鋭い視線で睨まれ、挙動不審になるパトリオの隣でクリストファーは落ち着いたまま答えた。


「そうですな、そう考えて頂いて差し支えは無かろうかと存じます」


「ほう……」


「く、クリストファー殿!?」


信じがたい物を見る目でクリストファーを見たパトリオだったが、クリストファーの言葉には続きがあった。


「ただし、陛下の仰る我が国とは聖神教に毒されたもの。真にアライアットという国に忠節を尽くさんと欲するのであればあえて矛を向ける事も臣下の務めで御座います。此度の一件について私は、私の良心に恥じる事は何一つ行っておりません。私が恥じる事があるとすれば、聖神教の台頭を許し、むざむざ主家の主を死なせた過去にあります。……ただ、罰するのであれば私だけに留め置き下さい。パトリオ様はまだ未熟ですが、これからのアライアットに無くてはならない人物となるでしょう。この方は愛に飢えるがゆえに愛する事の尊さを知っております。何卒、今後ともお引き立て願いたく存じます」


「く、クリス!! 何を言っている!? これからのアライアットに必要なのはお前では無いか!!! 陛下、このアインベルク子爵こそ真の忠義者、もし排する事あればアライアットの未来に大きな翳を落とす事でしょう!! どうかご助命を賜るようお願い致します!!!」


「いやいや、こんな老人を持ち上げて如何なさる? パトリオ様は黙っていて下され」


「だ、黙っていろとはどういう事だ!? 大体な、年寄りは思い込み激しくていかん!! 私に相談も無く勝手に陛下に言上し奉るとは不敬極まりないでは無いか!?」


「パトリオ様が戦だけで手一杯のようでしたから……今の私の職責はパトリオ様の補佐ですので色々考えねばならぬのですよ」


「手一杯などでは無い!!! 私だって色々とこれからの事を考えているのだ!!!」


「おお、あまり大きな声を出さないで下さい。戦場の疲れが出たのか眩暈が……」


「急に年寄りのフリをして誤魔化すな!!!」


「パトリオ様、パトリオ様!!!」


話が徐々に脱線し始めたパトリオの袖をステファーが引っ張ると、パトリオはようやく今の状況を思い出したようで赤面し、口を噤んだ。


「……と、中々素直ではありませんが、見ての通り心根は優しい若様です。どうか寛大なるご処置をお願いします」


「……なぁ、クリスの性格も大分ここの流儀に染まって来たと思わねぇか?」


「彼の御仁は少々生真面目過ぎましたからな。丁度いい塩梅でしょう。あ、ケイ殿、お茶のお代わりを下され」


パトリオの暴走すらしれっと利用するクリストファーにバローとマーヴィンが茶を啜りつつ寸評を加えた。パトリオ(とステファー)だけは緊張と憤慨で忙しいが、他の者は至って平常運転である。


バーナードも途中から呆れた様な顔で2人を見ていたが、その思う所が分かって息を吐いた。


「私とパトリシアの救出に奔走し、聖神教打倒の功を成した卿らを罰すれば今後のアライアットは立ち行かぬ。沙汰は追って知らせるゆえ、血生臭い事は考えずとも良い」


「ありがとう御座います。良かったですね、パトリオ様?」


「お、お前は~っ!!」


「お控え下さいパトリオ様!!」


守る物の無い老人は強いのかもしれない。


「では茶番はこれまでにして事の始まりから経緯を説明して貰おうか」


説明役のハリハリが未だに撃沈しているのでその解説は悠が担う事となり、長い話が始まった。

クリストファーにもちょっと茶目っ気が出て来たようです。パトリオはいい当て馬にされちゃってますが、終わりよければという事で。

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