8-62 『天使(アンヘル)』15
15歳前後の少年を『大天使』の中から引きずり出し、悠は『大天使』から離れた。
「レイラ、どうだ?」
《初めてにしては上手くいったと思うわ。精神体も星幽体も肉体に定着しているし、物質体の再構成にも不備は無いはずだけど……》
レイラにとっても人間の再構成など初めての体験である。それを可能にしたのは『大天使』の中にマッディの精神体が残っており、代替出来る肉体と魂が存在したからだ。たとえレイラであっても無から有を生じる事は出来ないのである。
単に肉の体を用意すればいいというものでもなく、その肉体に合致する精神でなければ精神が定着する事は無い。だからこそその全ての条件を兼ね備える『大天使』からならば悠はマッディを蘇生する事が出来るのではないかと思ったのだ。
《ゆ、ユウ……そろそろ、限界だっ!!》
『大天使』の精神を縛っていたスフィーロが制限時間が残り少ない事を告げた。慣れない作業はスフィーロにはまだ負担が過大であった。
「『仮契約』解除。スフィーロ、ご苦労だったな」
《ふぅ……役に立てたのなら何よりだ》
悠から湧き上がっていた緑色の竜気が消失する。それに伴い、精神体の自由を取り戻した『大天使』が再び動き始めた。
「肉と魂の一部を失ってもまだ動けるとは大した不死身っぷりだが、もう貴様に用は無い」
マッディを地面に横たえ、結界で保護した悠はゆっくりと体を起こしていく『大天使』に向き直った。
「に、ニンゲンなどという卑小な生き物がよくも……!」
「ほう……話せるようになって何よりだが、その卑小な人間相手に先ほどの余裕が無いように見えるが?」
「ぐ……っ!」
はっきりと『大天使』は追い詰められている自分を把握してしまっていた。悠の操る数々の技は『大天使』の知識にも無い不可解な物ばかりであり、その不利を自覚しない訳にはいかなかったのだ。
「貴様は一体何者なのだ!? ただのニンゲンが『大天使』をこうも一方的に蹂躙出来るはずが無い!!」
「尊敬出来る好敵手ならまだしも、外道に送る言葉など俺には無い」
「舐めるなぁ!!!」
激昂した『大天使』が悠を焼き尽くさんと炎を叩きつけようとして魔力を解き放ったが、現れたのはマッチの火のように頼りない種火であった。
「な、何故だ……! えぇい!!」
動作不良を起こした火属性に見切りを付け、風属性ならばと解き放ってみても微風が僅かに吹くだけで真空の刃など望むべくもなかった。他にも光、闇、水、土と使ってみたが、どれもこれも駆け出しの魔法使い以下の結果しかもたらす事は無かった。
「ふむ……これが無いとまともに魔法を扱えんらしいな」
《あれだけ大口叩いておいて道具頼りっていうのも情け無いわね》
血に濡れる悠の手には放射状にくっ付いた9色の『天使の種』があった。先ほどついでとばかりに抜き取っておいたのだ。
「こ、この盗人が!!!」
『大天使』の魔法制御力は全て『天使の種』に支えられており、これを抜き取られたがために『大天使』は魔法制御力を失ってしまっていた。魔法が攻撃手段に使えないならと、『大天使』は触手を悠に伸ばそうとするが、その前にレイラが悠に助言を施す。
《ユウ、その中の紫と灰の部分を潰して。それは必要無いから》
「うむ」
レイラの助言に従い、悠は『天使の種』の紫と灰の棘を指で粉砕した。すると、『天使の種』の結合力が失われ、悠の手の平の上に7つの破片となって崩壊する。
《紫のが『第三天使』で、この透明なのがあんたの権能、灰色のが『第二天使』の統合を司ってるんでしょ? 『大天使』さん?》
全て見抜かれている事に『大天使』が慄然として悠を睨み付け、『天使の種』を取り戻さんと触手を放った。だが、レイラの手はそれだけに留まらなかった。
《一度統合されると破壊しても戻らないみたいだけど、まだこの透明な『天使の種』とあんたの間に力の繋がりが見えるわ。つまり……》
悠が透明な『天使の種』に竜気を流し込み、レイラが『天使の種』の権能を掌握する。すると……
「ぬぐっ!? う、動けぬ!?」
悠の直前で数百の触手が縫い付けられたように停止する。レイラが『天使の種』を通して『大天使』の行動を操ったのだ。
「な、何故だ、ニンゲンにこんな事が出来るはずが無い!!! 貴様は……いや、貴様らは一体!?」
「答える気は無いと言った。レイラ」
《ええ、お掃除開始っと》
混乱する『大天使』の問いを切り捨て、悠はレイラに『大天使』を操作させた。悠の直前で止まっていた触手がぐるっと外側を向き、空中で様子を窺っていた『偽天使』に向かって射出される。
「け、ケキャーーーッ!?」
触手1本につき一体の『偽天使』が刺し貫かれ、大量の『偽天使』が一撃で『大天使』によって殺戮されると、その死骸はボロボロと崩壊し『大天使』だけが残された。
「お、おのれおのれおのれえええええええええっ!!!」
全身全霊の力を込めても指一本動かせない『大天使』を尻目に、悠がゆっくりとフォロスゼータの上空に舞い上がって行く。
《ユウ、その赤い『天使の種』を使いましょう。融合奥義で決めようかと思ったけど、これがあれば代用出来るわ》
「今融合奥義を使えばレイラが低位活動モードへ落ちかねなかったが、これならば……」
『大天使』の真上で静止し、他の『天使の種』を仕舞って悠は手の平の中に火属性を司る赤い『天使の種』を握り込み、下に向けて照準を合わせた。
「肉体は不死身らしいが、精神や魂まで不滅ではあるまい」
悠の拳の前に赤い輝きが現れ、それは瞬く間に小型の太陽の様な火球となって『大天使』の視界を埋め尽くした。恐ろしいほどの破壊力を感じ取り『大天使』が必死に逃れようとするが、その体は大地に縛られたまま動く事は叶わない。
「レイラ、『竜ノ赫怒』を『火竜ノ槍』に乗せるぞ」
《了解!》
小型の太陽の表面に赤い稲妻が奔る。魂を粉砕する赤雷の輝きが『大天使』の生物的な本能を刺激し、いつしか『大天使』は逃れようとする事すら忘れてその輝きに見入っていた。
「あ、ああ……」
絶対の死が瀕死の大聖堂に降る。
「幾多の命を、人生を弄んだ貴様の所業もこれまでだ。この一撃を、この場で死んだ全ての者達に捧げよう。……『火竜ノ赫怒』!!!」
赤雷を纏った光柱が大聖堂を、『大天使』を飲み込んでいく。単なる『火竜ノ槍』であればもしかしたら『大天使』の不死性であれば復活したかもしれないが、『天使の種』で拡大された威力と星幽体崩壊攻撃である『火竜ノ赫怒』は『大天使』の悲鳴すら飲み込んで発火、燃焼、炭化させた後もその肉体と魂を蝕んで行った。
大地が融解し、沸騰。地底奥深くまで達した『火竜ノ赫怒』は大聖堂を溶岩に変え、湧き立つ坩堝へ叩き落した。
数秒間の照射が終わった時、フォロスゼータの中心部は火口と化し、ゴポゴポ煮え立つ溶岩だけが残された。
悠は仕舞った『天使の種』の中から透明な欠片を取り出し、火口に投げ捨てると、それは瞬時に燃え尽きてこの世から姿を消した。
「……終わったな」
《ええ、まだ国内に問題は残っているけど、それはあくまで人間の範疇の話だしね》
《まぁ、ドラゴンズクレイドルに行く前の予行練習にはなったか》
『大天使』は人間にとってはこれまでに類を見ないほどの脅威だっただろうが、悠の敵としては力不足であった。単なる肉体的な不死身程度の敵は蓬莱にはゴロゴロ存在し、恐れ入るようなレベルでは有り得なかったのだ。
「しばらくすれば冷えて固まるだろう。……それにしても、これは少々威力が出過ぎるな」
手の平の赤い『天使の種』を見ながら悠が呟いた。悠は今、通常よりも小規模な竜気しか使わなかったのだが、発現した『火竜ノ槍』は普段とは比べ物にならない威力を発揮したのだ。これほどの大破壊力を必要とする事は滅多に無いだろう。
《ハリハリに調べて貰えばいいわ。上手い使い方を考えてくれるわよ》
「そうだな、そうするか」
特に大事を成した気配も無く、悠は少し離れた場所に安置していたマッディを回収するとフォロスゼータを後にしたのであった。
『大天使』は悠を強化してお亡くなりになりました。




