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8-60 『天使(アンヘル)』13

向かってくる悠に対し『大天使アルカンジェロ』は学習しているようで、頭部の触手を死体から引き戻すとその触手を悠に向かって射出してきた。当たってもレイラを貫通する事など出来ないが行動を阻害されるのは避けたいと、悠は百を超える触手を空中も交えた立体軌道で回避して行く。


石畳の地面を貫通する触手はそれでも構わないとばかりに次々と繰り出され、残りの触手で『大天使』は兵士達の死体を貪り続けた。その体長は既に10メートルに迫ろうとしている。


《ユウ、しばらく足止めしておいて。可能な限り万全を期す為の時間が要るわ。それと、竜気プラーナの消耗も出来るだけ抑えてね!》


「分かった、準備が出来たら合図をくれ」


ある程度吸収を終えた『大天使』は攻撃にシフトを偏らせ始めた。吸収に割いていた触手を半分ほど引き戻すと、そちらを悠へ振り分け、数倍の密度で刺し貫かんと射出される。


ドガガガガガガと工事現場の掘削機のような音を奏でながら、成長によって直径を増した触手が回避した悠の居た場所の石畳を貫き砕いていく。


「多少は減らさんと鬱陶しいな」


拳での迎撃では手数が足りないと見て、悠は鎧を変化させた。両手の小手に刃が生え、足甲からも同じ様に刃が伸びていく。


一閃。二閃、三四五閃。悠が手足を振るうと触手は一瞬の停滞も無く断ち切られ、ボトボトと地面に散らばった。


最高位の竜であるレイラが変じ、その竜気の満ちる刃は真龍鉄とすら余裕で上回る硬度を持っている。各種属性への防御はもちろん、攻撃に用いれば逆に最強の矛にもなり得るのだ。


アルトがアラマンダーからの傷を受けて瀕死に陥ったように、悠の刃で刻まれた触手もまた強力な再生阻害効果を発揮し、再生能力と拮抗して切断面の再生を押し留めていた。


だが、『大天使』もただの知性の無い魔物モンスターでは無かった。素人であった他の『天使アンヘル』と違い、『大天使』は高度な戦闘知能を備えているのだ。


切断されたのとは別の触手の先が鋭く硬質化し、浸食された触手を切り離した。浸食部分が無くなると触手は新たな切断から徐々に再生を開始する。


「蜥蜴の尻尾切りか。普通の人間には出来んが、不死身なればこそだな」


《ユウも似たような事をやるだろう? 治せる保証があるなら枝葉末節に拘る必要はあるまい》


《実際、ボロボロの器官は治療するより再生した方が楽なのよね。でも、再生力だけは『竜騎士』より『大天使』が上だわ。『再生リジェネレーション』が得意なサーバインは例外だけど、あんなペースで再生してたらあっという間に竜気が無くなっちゃうもの》


「しかし、足止めにはなるようだ」


再生すると言ってもそれは即座にとはいかないらしく、切り落としてしばらくの間は触手は動きを止めていた。密度が減ればそれだけ回避もし易くなり、『大天使』の攻撃力を削ぐ事が出来そうだった。


そのまま悠と『大天使』の戦闘はしばし膠着状態に陥ったが、触手が大地を埋め尽くすほどになった時『大天使』がマッディの口調で警告を発した。


「……ユウ、様! これは、罠です!! 『大天使』は……うぐっ!」


精神体同士のせめぎ合いはマッディの精神に負担を掛けるのだろう。苦しむマッディの声が途切れると、『大天使』が前方に手を掲げた。


その手の平から黒光が溢れ、悠に向けて……では無く、地面に転がる触手の切れ端に照射される。




……ゴポッ。




黒光を受けた触手は溶け崩れ、タール状の粘液となって地面を蟠り、他の触手を取り込んで広がって行く。その表面が泡立ったかと思うと粘液は次々と隆起し、何かを形作り始めた。


流動的に変態する粘液はおぞましいという表現がぴったりだったが、そこから現れたモノはもっと冒涜的な物体であった。


「……クケケ……」


様々な顔をした60センチほどの身長の羽を持つ生物。そこに愛くるしい子供の顔が乗っていれば『天使』というに相応しいはずのその生物は残念ながらそんな愛らしさとは無縁だった。


まず頭部が極端に大きいのだ。体のサイズがまだ幼児程度であるのに対し、頭部は成熟した大人のそれであり、年齢もそれに準拠していた。つるりとした性別を読み取れない幼児の体に醜悪に歪められた大人の頭部を持ったその生物を『天使』と感じる人間は皆無であろう。


「『大天使』を僭称する者から生まれた偽の『天使』か。『偽天使イミテーション』とでも呼ぶべきか」


《見て、ユウ。こいつら、死体の情報をベースに作られてるみたいよ》


レイラの指摘に醜悪な『偽天使』の顔をよくよく見ると、その中にガルファやシルヴェスタに似た個体も存在した。取り澄ましていた表情を剥ぎ取り、両者の内面を引き出して軽く捻ればこんな顔になるかもしれない。


「「「ケケ、クケケケ!」」」


しかし、まともな知性は存在しないようだ。一斉に甲高い声で笑う『偽天使』達は背中の羽を羽ばたかせ、悠の周りを旋回した。


悠の背後の『偽天使』が空中から悠の背中に向けて自分の手を変化させた槍を構えて突撃を開始する。同時に、半分ほどの『偽天使』は高く舞い上がり、街の外を目指して飛び去っていった。


《足止めをしたいのは向こうも同じみたいね》


「蒼凪に連絡を取る。少しの間なら持ちこたえられるはずだ」


答えざま、突撃して来た『偽天使』を悠は旋風脚で薙ぎ払った。頭が吹き飛び首を刎ねられると、地に落ちた『偽天使』の体はぐずぐずと崩れて行く。それでも恐怖心が無いのか、『偽天使』達は悠に対して無謀な突撃を繰り返した。


(蒼凪、聞こえるか?)


悠の声無き声が戦場を駆けた。




(蒼凪、聞こえるか?)


「悠先生? こちら蒼凪、聞こえます」


いつでも連絡を受けられるようにと集中していた蒼凪は悠の言葉にその場に居るかのように即座に答えた。蒼凪が悠に頼まれ事をしておざなりにする事など有り得ないのだ。


(『大天使』が作り出した細かい敵が連合軍を狙っている。能力はまだ殆ど不明だが、体長60センチ前後の人型、速度は遅いが飛行能力あり、身体変化で武器を作り出して攻撃する力がある。恐らくこの場の死者を元に作っていると思われる。出来るだけ近付かれる前に弓や魔法で迎撃してくれ。また分かった事があったら連絡をする)


「お任せ下さい、必ず殲滅します」


(無理は絶対にするな。それと、戦場に血が充満するとシャロンが暴走するかもしれん。今の内に退避させてくれ)


「了解しました」


蒼凪が独り言を言っているのでは無い事くらい、他の者達には分かっていたのでバローが代表して蒼凪に尋ねた。


「ユウの奴が何か言って来たか?」


蒼凪が今悠に聞いた事を遺漏無く伝えると、バローは首を傾げた。


「おかしいな……ユウに限って攻めあぐねている訳でも無いだろうに、何で後手に回ってんだ?」


「悠先生には悠先生の深慮遠謀がある。下っ端は何も言わず素直に従えばいい」


「誰が下っ端だ!! ……とはいえ、時間がねぇのも確かだな。ベルトルーゼ、ハリハリ、弓と魔法の隊に迎撃準備を取らせろ!! パトリオのアライアット隊は後方待機だ!!」


「我々だけ後方待機の理由は?」


少し気分を害した表情でパトリオが声を上げたが、それにバローが答える前にクリストファーがパトリオを宥めた。


「パトリオ様、これはノワール侯のお気遣いです。あの街の者達の似姿で襲来されては他の連合軍はともかく顔見知りが居る可能性が高いアライアット兵では敵を前に動揺するかもしれません。まず我らは後方で見守り、心身の覚悟を整える時間を頂きましょう。……そうですね、ノワール侯?」


「ああ、そうだ」


嘘である。だが、嘘であってもクリストファーの言葉にバローは即答した。ここでパトリオと押し問答をしている暇は無かったし、何よりクリストファーがわざわざバローが説得の為に用意しておいた偽りの理由を言い当ててくれたのだから乗っておくべきだ。


「顔見知り、か……ならば致し方無いか……」


クリストファーを重用し始めているパトリオも戦場で戸惑う事の危険さに思い当たり納得の色を見せた。パトリオには彼を信じて付き従う兵士や民衆が居り、その命を粗末には扱えないのである。


「それに、アライアット兵にはまだ働いて貰わなけりゃならねぇ事があるんだ。その時の為に戦力を温存しておいてくれや」


「了解した。私は客将だ、従おう」


「私も後方に下がります。皆様、お気を付け下さい……来ましたよ!」


無事を祈るシャロンが最後にフォロスゼータから迫る『偽天使』を察知し、バロー達の注意を促した。遠くフォロスゼータの上空に虫の様な黒い点が湧き上がるのが他の者達の目にも見え、指揮官達はすぐに防衛準備に入る。


遠距離攻撃の手段が無い者は弓を手に取り、『偽天使』を待ち受けた。バローやハリハリも弓を持ち、敵の襲来に備える。


「ハリハリ、お前弓なんて使えるのかよ?」


「……バロー殿、ワタクシ一応これでもエルフだって事を忘れてません? エルフは匙を持つ前に弓を持つと言われている種族です。魔法が苦手なエルフは居ても、弓が使えないエルフなんて居ませんよ」


「あっ……そうだったな、忘れてたぜ……」


これはハリハリの言う通りであり、バローが迂闊としか言いようがないがハリハリはエルフであり、人並み以上に弓も扱えるのである。魔法ばかり使っている印象があるが、それは単にあまり指先を傷付けたくないという理由だった。ハリハリはあくまで自分は吟遊詩人が本職だと思っているのだ。


「むしろワタクシよりバロー殿の方が心配なんですけど? バロー殿が弓を引いている所なんてワタクシ見た事がありませんが?」


「バカ言うなっての、弓なんてこうやって引いて放つだけ……うおっ!?」




バツン!!!




試しにとばかりにグッと弓を力任せにバローが引いた瞬間、弦が弾けてバローの頬を掠めた。うっすらと血が滲み、ハリハリが溜息を吐いて後ろを指す。


「……バロー殿、少し後ろに下がって撃ち漏らしに備えて下さい。バロー殿に弓を持たせると味方に被害が出そうです」


「痛ててて……わ、分かったよ……」


しょんぼりとして下がるバローの後ろではこっそりとベルトルーゼやシュルツも追随して下がっていた。どうやら弓が苦手な人間は予想以上に多いらしい。


「剣士はそれ以外は不器用なんですかね?」


「構わん、撃ち漏らしはひーに任せろ」


「ならば私とハリハリは撃ち漏らしの撃ち漏らしを警戒しようか」


「俺も弓が使えない訳では無いが護衛に回ろう」


ギルザードが提案しアグニエルがギルザードの逆側に陣取った。アグニエルは王子として武芸一般は修めているのでこれは嘘では無い。


その間にも『偽天使』達は接近を続けており、既に彼我の距離は200メートルを切っていた。数もこうして見る限りでは100体以上は居るのではないかと思われ、まだまだ後続も存在するようだ。


バローが手を上げると兵士達は一斉に矢を番え、魔法の構築に入る。


100メートルを切り、弓が引き絞られ、魔力マナが充填される。


そして残り50メートルまで接近した時、バローの手が振り下ろされた。


「放て!!!」


戦の第二段階を告げる矢と魔法の乱舞が戦場を切り裂いていった。

拡散し始める『偽天使』。


そして弓が下手な面々(笑)

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