表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
766/1111

8-59 『天使(アンヘル)』12

パキュ。


軽い音を立ててシルヴェスタの頭が弾けた。眼球がその勢いで飛び出し、『大天使アルカンジェロ』が視神経をまるで素麺を啜る様に吸い戻して美味そうに咀嚼した。


《『天使アンヘル』が聞いて呆れるわね。子供達には絶対に見せたくない光景だわ》


「『殺戮人形キリングドール』と供給元が同じなのだ、真っ当な存在であるはずが無い」


当の『大天使』は最後の『天使アンヘルセーメ』を得た事でその体に変化を生じていた。頭部が蠢き、そこから更に1対の翼が左右に広がって行く。


「『大天使』の言動から察するに、この事態は予め企図されていたのだろうな。『大天使』を狙わずシルヴェスタを狙うという事くらいは俺達がやらなくても聖神教が世界と敵対する限りその内誰か試しただろう。シルヴェスタが瀕死に陥ると回収機能が起動し、シルヴェスタから『天使の種』を回収・統合し、完全なる『大天使』へ変貌する仕組みか。シルヴェスタは知らなかったようだが……」


《鬼畜の所業だな……。こやつらと敵対した者は『大天使』を殺す事が出来ず、背後のシルヴェスタを殺してもそれはより強大な敵を産む事になる。あの男はいつか殺される為だけに偽りの頭として置かれていたのか。それではガルファ以下ではないか》


《この世界の人間だけだと本当に滅ぼされていたかもしれないわね》


同時に、翼の色も変化していった。偽りの純白は色褪せ、先から漆黒が浸食を開始する。秀麗な顔は歪んで硬質化し、殺戮の喜悦を表すように赤く長い舌が口の周りの返り血を舐め取った。


「だからこそ俺達がここに来たのだ。人の世に偽りの希望を振り撒く悪党を消し去り、世界をその住人達の手に取り戻す為にな。レイラ、スフィーロ、こいつを倒して決着をつけるぞ」


《《了解!!》》


そして、『大天使』がゆっくりと口を開いた。


「……ひひ卑小な虫ケラよよ、わ我が糧とと…………ぬうぅ、ななんだ?」


恐らく全ての『天使の種』が揃う事で自意識を持つように仕組まれていたのだろう。『大天使』が悠を見下した言葉を反響しているかのような曖昧な発音で発しようとしたが、不意に何か異常が発生したのか違和感を感じて頭を押さえた。


「ぬぐっ……な、な何故自意識がが残っているる!! し死体を素体ににしなかったのかか!? ぐ、グオオオオオオオオオオーーーッ!!!」


『大天使』の異常を察した悠は警戒は解かずにレイラに問い掛けた。


「レイラ、奴に何が起こっているのか分かるか?」


《待って、あれは……まさか……!》


レイラの目には拮抗する精神体メンタルが2つ、『大天使』の内部で争っているのが見て取れた。一つは当然『大天使』本来の物だが、もう一つは……。


レイラが答えを発する前に、苦しむ『大天使』が滅茶苦茶に頭を床に叩き付け、突如周波数が噛み合ったかのように整然とした静かな声を発した。




「……私の知るお姿とは違いますが……ああ……まさか、もう一度あなたにお会いする事になろうとは……」




顔も違う。声も違う。それどころか何一つ同じ所が無いのに、悠にはそれが誰なのか漠然と思い当たった。


「……マッディ、か?」


「分かるのですか!?」


『大天使』が床から頭を上げ悠を見た。『大天使』の姿をしてはいるが、『大天使』は悠の言葉を肯定したのだ。今の『大天使』はマッディであった。


「状況からの類推もあるがな。あれだけ細かく砕かれたシルヴェスタとは思えんし、他の『天使』は力のみを抜き取られている。ならば、考えられる可能性としては素体となっていたマッディの確率が一番高い。それに目の奥の光に見覚えがある。何しろ、俺がお前の最期を看取ったのだからな」


「……あなたは、人を外見で判断しないのですね。全く、実にあなたらしい……」


動かない『大天使』の顔で、マッディは笑みの気配だけを浮かばせた。


「私にも推察する事しか出来ませんが、どうやら私は体内に『堕天フォールンパウダー』を持っていた事で影響を受けて『殺戮人形』になり掛けていたようです。シルヴェスタは単純に『殺戮人形キリングドール』を素体に『天使』を作れば不死身の『天使』、『殺戮天使キリングエンジェル』としてより強力な駒として使えると思い私のような存在を作り出したのでしょうが、そのせいで『天使』の統合体である『大天使』の意識統合に不備が生じたのでは無いかと思われます。しかし、私もこの体を掌握している訳ではありません。表層意識として喋る事くらいは出来ますが、体の制御の殆どは『大天使』の意識が支配しています。人としての私は、もう死んでいるのですから……」


自分の意志で動かせない体を忌々しく感じながら、マッディは言った。


「ユウ様、お願いです。どうか今度こそ私を完全に滅ぼして下さい。このままでは私はまた過ちを繰り返してしまいます。あなたならば、それが出来るはずだ」


マッディの声は真に迫っており、その覚悟が透けて見えた。生きたいと願う生物の本能に逆らい、マッディは人造の呪われた生では無く尊厳ある人間としての死を望んでいた。


そして、マッディをそのように変えたのは悠なのだ。悠はマッディの願いに責任を持たねばならなかった。


「……分かった、後の事は俺に任せろ」


「ありがとう御座います! あなたなら、そう言って下さると信じていました。私が『大天使』として人を殺める前に、どうか……がっ!?」


マッディの言葉とは裏腹に『大天使』の足が撓み、それが伸ばされた時『大天使』の体は大礼拝堂の天井を突き破っていた。マッディの言った通り、体は『大天使』の制御下にあるのだ。


「追うぞ、マッディの願いを無碍には出来ん。それとレイラ、スフィーロ」


《ん?》


《何だ?》


悠は『大天使』を追いながら、レイラとスフィーロの間で素早く策を練り上げたのだった。




「下がれ下がれ!! 巻き添えを食いたくは無いだろう!!」


「隊列を乱すな!! 整然と駆けよ!!」


「はぐれないで下さいよ!!」


マーヴィンとジェラルド、それにハリハリの指揮で連合軍はその隊列をフォロスゼータから下げていた。戻って来た突入メンバーの中に悠が居ない事に気付いた冒険者達が一時騒然となったが、ハリハリが上手く事情を説明する事で今は落ち着きを取り戻していた。


「敵の大将と一騎打ちって言ってたけど、伏兵とか大丈夫なのかな?」


「心配なんかいらねぇよ。あいつ、隠れてる奴だって気配だけで数まで分かるんだぜ。不意打ちなんか効くわけねぇよ!!」


ギャランの言葉にジオが自信を込めて言い返すと、ギャランはニコリと笑った。


「ジオは口では反発してるけど、誰よりもユウ様を信頼してるよね」


「はぁ!? ば、バカ言うな!! あいつは俺が倒すまで負けて貰っちゃ困るんだよ!!!」


「はいはい、そうだったね」


フォロスゼータから離れた連合軍の殿しんがりには突入メンバーが背後に目を凝らしていた。更にそこにシャロンが加わって警戒を強化し、蒼凪が連絡要員を務める。


「……ユウ様と『大天使』が地上に出ました」


「広い場所で決着を着けようってハラか?」


「どちらも飛行能力があるからな。狭い室内より戦いやすいと判断したのではないか?」


バローの疑問にアグニエルが答えたが、超感覚を持つシャロンが眉を寄せ口元を押さえた。


「……違います、『大天使』が外に出たのは別の目的です。あれは……」


自らと重ね合わせ僅かに言い淀んだシャロンだったが、意を決してきっぱりと伝えた。


「『大天使』は、死者の血を吸っています。それによって自己強化を図っているようです」




外に出た『大天使』が目指したのは大聖堂の正面であった。そこに何があるのかと言えば、大量の兵士達の死体である。


八枚翼で飛翔する『大天使』は目的の場所に辿り着くと早速行動を開始した。


漆黒の翼が蠢き数え切れないほどの触手に変化したかと思えば、それは一斉に兵士の死体に突き刺さり、その血を貪り始めたのだ。大礼拝堂での吸血と同じく、血を吸った『大天使』はそれを糧に更にサイズアップしていった。その吸引力は恐ろしく強く、あっと言う間に兵士達が枯死したように干からびて行った。


《さっきからどこが『天使』なのよ、ただの魔物モンスターじゃないの!》


「厄介な生き物だな。ここでの食事が終われば次は連合軍を狙うだろう。やるぞ!」


倍以上に膨れ上がって行く『大天使』に悠も翼で空を打ち、一直線に突撃を開始した。

ほんのりとマッディ復活。しかし本人は退場を望んでいるようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ