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8-57 『天使(アンヘル)』10

扉の外に出たバロー達を待っていたのはサイサリスだった。


「付いて来い、私ならこの建物の構造を認識出来る」


「居ねぇと思ったら部屋の外に居たのか?」


「ユウが行けと言うのなら、それは夫のスフィーロも同意しているという事だ。私は良き妻でありたいのでな」


バローは自分が最初に動いたと思っていたが、実際は背後に居たサイサリスが悠の指示に真っ先に従っていたのだ。当然、悠もそれを分かっていてサイサリスに案内を任せたのだろう。


「一言声を掛けなくて良かったのか?」


ギルザードの言葉を、サイサリスは鼻で笑った。


「フッ、私は虚弱な人間と違ってユウに万一があるなどとは思っておらん。複数の高位ドラゴンを物ともしないユウがあんな作り物に負けるか? ただ、あの場で戦闘に及べばギルザードと私以外は身動きが取れなくなる。我々が枷になるような事は避けなければならない」


「残念だが返す言葉が無い。俺では生き埋めにでもなればそれまでだ」


サイサリスの指摘にアグニエルが渋い顔で頷いた。戦闘能力で『天使アンヘル』を上回るアグニエルだが、巨大建造物の崩壊に飲み込まれては『剣聖イノセントブレイド』の能力では生きては帰れないのだ。それはバローやベルトルーゼ、ハリハリも同じであり、人間では唯一ヒストリアが『自在奈落ムービングアビス』で全身を覆えば助かるかもしれない程度である。


サイサリスに先導され、いくつもの階段を上ってバロー達はようやく1階に戻ったが、エントランスホールを前にしてサイサリスが足を止めた。


「どうした、もう出口だろ?」


「いや、ここは使えん。見てみろ」


エントランスホールへの扉を蹴破って見えたエントランスホールの状況を見てバローもその意味を理解した。エントランスホールは巨大な吹き抜けになっていて、床が存在しなかったのだ。


「床が降りっぱなしじゃねぇか! 元に戻しとけよな!」


「仕方が無いですよ、そんな事をする前にガルファが逃げちゃったんですから」


「死んでまで人に迷惑掛けやがるな!!」


「別にここまでくれば行儀よくする必要など無かろう」


そう言ってヒストリアは近くの壁に近寄ると、『奈落崩腕アビスアームズ』を操作して壁を抉り外への脱出口を作り出した。


一同の目に外の光が見えた瞬間、床が微妙な震動を足に伝えた。


「始まったみてぇだな……急ぐぜ、ユウが抑えてる間に軍を下げるぞ!」


頷き合い、バロー達は大聖堂から脱出を果たしたのだった。




「ところで、どうしてガルファ君が6体もの『天使』の力を持ちながら負けたのだと思うかね?」


余裕たっぷりに問い掛けるシルヴェスタに対し、悠の答えは簡潔だった。


「弱かったから負けた。それだけだ」


「ハハハ、まぁ、そうなんだけど、それだけじゃ回答として面白くないじゃないか。それに、『天使』の力を束ねても弱いのならカンザキ君にも勝てない道理になってしまう。そこで肝心なのがこの『第二天使ドゥーエ』の力なんだよ。……『第二天使』、いや、『大天使アルカンジェロ』、君の力を見せてあげなさい」


シルヴェスタの命を受け、『大天使』が積み上がる死体に手を翳すと、そこからまず炎が噴き出した。人肉の焦げる不快な臭いが立ち込めるが、ある程度焼いたところで『大天使』の手から放たれる炎が冷気に風の刃、闇のよる腐食、土槍による貫通、最後に光の焼却に変化して死体の山は嵩を減らして行った。


それを見てシルヴェスタは満足そうに頷く。


「うんうん、素晴らしいね! 見たかい? 単純な身体能力の向上で喜んでいたガルファ君とは違って、『大天使』は全ての『天使』の力を兼ね備えているんだよ!! しかもその全てが詠唱無しの即時発動、しかも威力の減衰も無いと来た!! 更に身体能力は死者から吸収した力も相まってドラゴン並みだと思ってくれて構わない。どうだい? そろそろ説明だけで心が折れそうになって来たんじゃないのかい? ハハ、神聖な礼拝堂で粗相はしないでくれよ!!」


『大天使』の力を目の当たりにし、いよいよ調子が上がって来たシルヴェスタが悠を言葉で甚振ろうと舌を回転させるが、悠は逆に問い掛けて来た。




「……それだけか?」




「え?」


自分の語りに夢中になっていたシルヴェスタは悠の言葉の意味を捉えられずに首を傾げた。


「ごめんごめん、つい聞きそびれちゃったよ。今、何て言ったんだい?」


「それだけかと言った。少々体が大きくて怪力があり、全属性の魔法が上手く使える。それは分かったが、他に言いたい事は無いのか?」


悠の言葉にシルヴェスタの笑顔が薄まった。代わりにせり上がって来るのは不快感である。


「……これはこれは、強がりもそこまでいくとちょっと笑えないかな。多分、自分より強い相手と出会った事が無いから危機感が欠如しているんだと思うけど、あんまり大言壮語を吐くと死ぬ前に恥ずかしい思いをする羽目になるよ?」


「俺としては貴様の言動の方がよほど恥ずかしいと思うが。大体、貴様は後ろで喚くだけで戦うのはこの『大天使』なのだろう? 何を得意満面で語っている? 俺にはガルファと貴様の間に差を見い出せんぞ。屑が手に入れた玩具を振り回して酔っているだけだ。自分で戦えもせず、戦った事も無い人間が測れもしない敵の力を見当違いに見積もって悦に浸るとは愚かの極みとしか言いようが無い。人並みの羞恥心があるのなら妄言しか吐けんその無駄な切れ目を縫い付けておけ。静かになる分他人を不愉快にさせずに済む」


放った侮蔑に見合わぬほどの悪罵悪口を重ねられ、シルヴェスタの顔から完全に笑みが消え去った。


「……ここまで無礼な言葉を吐かれたのは初めてだ。『大天使』は私に従っている!!! つまりは私が最強だ!!! 神なのだ!!! 全ての生きとし生ける者達が私の前に跪く日はもう間近に迫っている!!! 貴様は迫りくる新世界の栄えある生贄第一号にしてやろう!!! やれ、『大天使』!!!」


怒りの形相で悠を指差すシルヴェスタの命令に従って、『大天使』がその巨体に見合わぬ速度で悠に向かって踏み込んで来た。大礼拝堂を揺るがす突進に悠は軽く腰を落として手を広げる。


唸りを上げて『大天使』の拳が悠に迫った。その筋力、質量から考えるに、当たれば鋼鉄の板でも打ち抜けそうな破城槌の一撃にシルヴェスタの脳裏に死と勝利の2文字が踊る。


「ふん」


耳を聾する破壊の大音響が大礼拝堂の静寂を破り、地震に等しい震動が部屋を揺るがした。だが、そんな物理的な衝撃よりも、シルヴェスタは内的な衝撃に跪く。


「な……に……!?」


シルヴェスタの視線の先にはこちらに背を向ける悠。そして更に先の壁には無様に壁に叩き付けられ、体をめり込ませる『大天使』の足が生えていた。


「所詮操り人形か。どれだけ力があってもその生かし方を知らんのでは毛色の違うオーガ(大鬼)と変わらんな」


悠が『大天使』に行ったのは別に特筆するような技では無く、ただの一本背負いだ。『大天使』の大振りの一撃を回避しながら腕を掴み、力の方向と重心を操作して壁に叩き付けた、言葉にすればそれだけである。回避と重心の崩し方に芸術的な技術があると言えるが、練習すればギルザードあたりなら同じ事が出来るだろう。特に竜気プラーナすら必要せず、生身の悠でも可能な芸当である。


しかし、シルヴェスタには分からなかった。シルヴェスタは悠の指摘通り、ガルファと同じで戦闘訓練など受けた事は無いのだ。手に入れた力に酔って敵を軽く見ているという点でシルヴェスタはガルファと同類であった。


《イヤね、こんなのと同じレベルに見られるなんて心外だわ。頭が空っぽの相手に負けるほどドラゴンは弱くないわよ。ね、スフィーロ?》


《……我もユウを甘く見て痛い目に遭った事があるので寸評は差し控えさせて貰う》


「今ので首が折れたか。自重が重いのが災いしたな。他の『天使』同様に人間に準拠しているのであれば死んだかもしれん」




バンッ!!!




悠の言葉に反発するように、祭壇を叩く音が響いた。そこで目を血走らせ、怒りを露わにしているのは当然シルヴェスタである。


「馬鹿な、こんなあっさりと『大天使』が負けてたまるかぁっ!!! 起きろ!!! 起きて戦え!!! 戦わんかッ!!!」


それでも微動だにしない『大天使』に、シルヴェスタは腕を振り上げ、祭壇を叩き壊しながら怒鳴った。




「この……起きろと言っているだろうが、『殺戮人形キリングドール』!!!」




予想外の言葉に呼応するように、『大天使』の足がピクリと動いた。

危ない危ない、あっさり終わってしまう所でした。

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