8-51 『天使(アンヘル)』4
「……消化不良だ。ユウ、後で一手付き合え」
「全てが終わった後でな」
肩に斧槍を担ぎ、不貞腐れて帰って来たベルトルーゼもその言葉で何とか溜飲を下げたようだった。
「皆さん、これまで『天使』の戦いを見て気付いた事があります」
ハリハリが人差し指を立てて全員の注意を引きつけると、ギルザードが聞き返した。
「何だ? 手短に言ってくれ」
「はい。……バルバドス、ドゥーエ、トレの3天使の戦いからの推測ですが、どうやら『天使』とは特定属性に特化した固有能力を有している存在だと思われます。バルバドスは光属性、ドゥーエは風属性、そして今戦ったトレは水属性……更に予測を重ねれば、火属性、土属性、闇属性に特化した『天使』が居るのでは無いかというのがワタクシの予測です」
「ふーん……でもよ、そしたら数が合わねぇぞ? 『天使』はガルファの言う事が正しいなら全部で9体、嘘だとしても8体は居るはずだ。属性は無属性を合わせたって7属性で1体か2体余る事になるじゃねぇか」
バローの指摘にハリハリは頭を掻いた。
「そうなんですよね。6属性に特化した『天使』が居るという予測には結構自信があるのですが、それ以外の『天使』がどんな能力を有しているのかはまるで想像が付きません。ここに居ない『天使』とガルファ辺りが怪しいと思いますが、是非これから戦われる方々は今のワタクシの話を気に留めておいて下さい」
「ふむ、了解だ。……まぁ、たとえどんな攻撃をして来たとしてもユウほどで無いのなら私の敵では無い」
ニヤリと笑い、ギルザードが兜を下ろして臨戦態勢に入る中、ガルファは次に戦う『第五天使』に指示を出していた。
「チンクエ、可能な限り時間を稼げ。……どうやら敵はお前達より格上と断じざるを得ん。せめて時間を稼いで教主様に忠誠を尽くして見せろ」
「……は」
これまでの戦いを見てガルファもようやく単なる『天使』ではあちら側のメンバーに敵対し得ないのだと悟っていた。『剣聖』の所持者として名高いアグニエル、異常な身体能力を持つベルトルーゼ。ならば次に出て来るあのギルザードという騎士もベルトルーゼに伍する力があると考えるのが自然で、そうであるならば似たり寄ったりの能力である自分以外の『天使』に勝てる見込みは少ないはずだ。
あからさまに格下扱いされてもチンクエに不満は見られなかった。いや、そもそも刺激される感情があるのかすらガルファには不明だったが、自分の命令に逆らわず、後々踏み台になってくれるのならばガルファにとって都合のいい道具だ。
(人形どもが……一人5分も稼げんのでは張りぼてもいい所だ。あまりに無能なのも考えものだな)
壁際で意識を失っているドゥーエとトレを見てガルファは心の中で吐き捨てた。自分の力になるとしても、あまりに弱いのでは楽しみも半減するというものだ。
「放浪の騎士ギルザード・シュルツだ。奮戦を期待する」
「『第五天使』。チンクエ」
対峙する相手にギルザードは多少期待感を持った。チンクエは身長180センチを超える偉丈夫であり、穏やかそうな容姿とは裏腹に鍛え込まれた肉体が僧服の上からでも見て取れたからだ。腰から下げる戦棍も大振りで、チンクエの力で殴り付ければ鉄の鎧の上からでも相当な打撃を加える事が出来そうだった。
それが虚仮脅しでは無ければいいと本気で思いつつ、ギルザードも自分の獲物である大剣を抜き放った。
ギルザードの大剣は龍鉄製であり、頑丈以外にこれといった特徴は無い。むしろ、ギルザードの装備で特筆すべきなのは魔法工学の粋を極めた『真式魔法鎧』の方である。デュラハン(首無し騎士)の特性とこの鎧の性能は極めて親和性が高く、あれから改良を加えられている事も付け加えれば、ギルザードの能力はベルトルーゼの比では無いのである。
「では……始め!」
ベルトルーゼとは違い、ギルザードは開始と同時に突っ込んだりはせず、相手の出方を窺う為にその場に留まった。一方チンクエもガルファの意を受け、跪いて地面に手を付き力を行使した。
チンクエの周囲の床が持ち上がり、障壁となってその身を隠すのを見て、ハリハリは自説の正しさを確信した。
「土属性……やはり、属性特化の能力のようですね」
「ああ、残念な事にな」
バローが残念と言った理由は2つある。一つは土属性はそれなりの攻撃力を誇るが、それでもギルザードの防御力を突破し難い事からチンクエに向けたものであり、もう一つは同じ理由からギルザードも戦闘を楽しめないであろうと察したからである。ギルザードはベルトルーゼほど戦闘に固執するタイプでは無いが、それでも騎士として己の力を拠り所とする人生を歩んで来たのだ。全身全霊を振り絞っての戦闘を望む気持ちが無い訳では無い。
見守るギルザードの前にチンクエが作り出した十重二十重の防壁が完成すると、チンクエは次なる手段に打って出た。
「おっと」
ギルザードの足元が蠢き、床が石の槍となってギルザードを刺し貫かんと迫った。その速度は兵士が槍を突き込む速度となんら遜色は無かったが、ギルザードの意表を突くほどでは無く、ギルザードは背後に飛び退いて回避する。
「防御を固めてから攻撃ですか。定石ですね」
「定石なだけに意味ねぇな。もっと意表を突かねぇとギルザードには傷一つ付けられねぇぞ?」
バローの言う通り、重厚な鎧を身に纏っているとは思えない動きでギルザードは石槍を回避し続けたが、それが1分も続くと不意に足を止めた。石槍が足を止めたギルザードに殺到したが、やはりギルザードの鎧を貫く事は叶わなかった。
そのまましばし相手のしたいようにさせていたギルザードだったが、チンクエは愚直に石槍での攻撃を続けるだけだと知り、溜息を吐いた。
「……飽きた。定石通りで何の工夫も危険も無い戦いなど遊戯以下だ。これ以上私を失望させてくれるな」
「……」
だが、他の『天使』と同じくチンクエもギルザードの言葉に耳を貸そうとはしなかった。延々と繰り返されるルーティーンに辟易し、ギルザードが背後に跳ぶ。
「そちらがまともに戦う気が無いのならもう終わらせるぞ」
大剣を鞘に納め、ギルザードが各種属性を司る小手に魔力を込めると『真式魔法鎧』の背部が可変し、現れた排気口が唸りを上げ始めた。
「おい、アレって『豪翔風』とか言う欠陥魔法じゃねぇのか?」
「チッチッチッ、バロー殿、ワタクシがいつまでも欠陥を欠陥のまま放置しておくとは思わないで頂きたいですね。改良の結果、飛翔魔法とは行きませんでしたが……まぁ、ご覧下さい」
気障な仕草で指を振るハリハリにバローは不安を覚えたが、口だけでも無いだろうとその結果を見守る事にしてギルザードに視線を戻した。
石槍を回避しながらチンクエの位置を確認していたギルザードは理想の位置を見つけて地面にクラウチングスタイルを取ると、魔法を発動した。
「『点火』!!!」
魔法の発動と同時にギルザードの後ろの地面が爆発し、ギルザードの姿が掻き消えた。更に硬い物を砕く大音響が響き、大量の石の欠片が部屋中に撒き散らされる。
「うおおっ!?」
自分に向かって飛んで来た石礫を避け、ベルトルーゼの後ろに避難したバローは一体何が起こったのかと、そっと後ろから身を乗り出してその結果を確認した。
「……ふう、今度は成功だが、生身の人間では鎧の中で潰れるな。これは私にしか使えまい」
ギルザードの姿はいつの間にかチンクエが居た辺りに移動しており、その途中にある防壁には全て大穴が空いていた。先ほどの音と石礫はこの防壁を破壊した時に生じた音だったのだろう。そしてチンクエはと言えば、他の『天使』が控える場所近くの壁にめり込み、既に動きを止めていた。
「フッフッフッ……どうです、ワタクシの考えた新魔法『点火』は。圧縮空気と爆発で強力な加速力を発生させ、対象を高速移動させる魔法です! 難点は直線移動しか出来ない事と生身の人間が使ったら死ぬ事ですが、ギルザード殿が使えばこの通りです!」
どうだと言わんばかりのハリハリの頭をバローが殴った。
「あいたっ!? な、何をなさるんですか!?」
「何をなさるんですかじゃねーよ!!! 味方にも被害が出る様な魔法を室内で使わせてんじゃねー!!! この魔法バカが!!!」
「み、皆さんなら大丈夫だと信じていればこそではないですか!! バロー殿だって『無明絶影』で加減を間違ってガルファをちょこっと斬ったりしちゃったでしょう!?」
「それと同列に扱うな!!! サラッと使ったら死ぬ魔法を開発してる所が魔法バカだっつってんだよ!!!」
ギャーギャーと言い争うハリハリとバローはさて置き、どう見ても決着はついたのでギルザードは悠達の所に戻ったのだった。
本日2話目。ベルトルーゼの上位互換に近いギルザードが相手では防御戦闘も無意味です。……ハリハリがマッド過ぎる気もしますが。




