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8-48 『天使(アンヘル)』1

「うへぇ、死屍累々だな」


フォロスゼータに入ったバローの第一声がそれであった。入り口近くには誰も居なかったが、先に進むにつれて倒れ伏す兵士達の姿が散見されるようになり、それは大聖堂に近付くほど多くなっていった。


「ドラゴンの吐息ブレスだって止められるかもしれませんが、人間の命は無限ではありませんからねえ。ハッキリ言って『生命結界ライフリンクフィールド』は虚仮脅しにしかなりませんよ。1対1ならまだ効果を発揮するかもしれませんが、多人数で連続攻撃を食らったらあっという間に削り殺されてしまいます」


「正に外法か……」


「でも、人間以外の種族であれば効果的かもしれません。例えばエルフは人間の十倍以上の寿命がありますから、単純計算でこの10倍以上持ちこたえる事が出来るのですからね。……いや、たった10倍しか効果を発揮しないのならやはり危険過ぎて使えませんか」


少なくとも、恒常的な防御策として『生命結界』はハイリスク過ぎる。それは、大聖堂前で折り重なるように屍を晒している兵士達を見れば一目瞭然であった。


「それを逆手に取って活用する策を編み出すとは、改めてユキヒト殿は恐ろしいまでの知恵者ですね。ワタクシも小利口なつもりでしたが、ユキヒト殿には勝てる気がしません」


「たとえ神を前にしても怖じ気づくような男では無いからな。躊躇わないからこそ雪人は強い。あいつにとって他人の評価など一顧だに値せんよ。ただ粛々と己の目的を果たすだけだ。だからこそ俺達は絶望的な戦いに勝利する事が出来たのだ」


だが、雪人の才能を開花させたのは他ならぬドラゴン達である。悠の母を惨殺し、悠と雪人を絶体絶命の窮地に追いやった事が2人の道を決定したのだ。


世界で最初に襲われた幼い2人が後に龍を滅ぼす事になろうとは、たとえアポカリプスであっても予測出来なかったに違いない。


「ここから先は雪人の予測だけだが、この期に及んで白旗を振らんのならまだ何か隠し玉があるはずだと言っていた。であるならば、それは『天使』以上の何かなのは間違い無いとな」


「外れそうにない予測だな。気合い入れて掛からねぇと生きて帰れんかもしれんぜ?」


バローは脅すような低い声で全員の反応を窺ったが、この戦意過多なメンバーの中にはそんな臆病者は一人も存在しなかった。特に全身鎧フルプレートの鉄塊女子2人は気炎を上げて言い放った。


「弱い相手であればわざわざ我々が出る必要など無いさ。本気で戦える機会などそうそうあるものでは無いのだからな!」


「その通りだ!! 我が斧槍ハルバードの錆にしてくれようぞ!!」


大剣グレートソードと斧槍を打ち合わされ、甲高い音と火花が散った。


「やる気があるのは結構だが、順番は守って貰わねば困るぞ? 最初は俺と、先ほどクジで決まったのだからな?」


敵影を発見したらすぐにでも斬り掛かりそうな2人にアグニエルが注意を呼び掛けた。


「ふん、そんな事は分かっているさ。男がみみっちい事を言うな」


「全くだな! 襲われてまで行儀良く順番など待たんぞ!!」


「一体何の為のクジだ……」


溜息を吐くアグニエルを見て、バローがハリハリに若干失敗した小声で語り掛けた。


「実際よ、順番としてはこれ以上無いと思うんだよな。ホラ、アグニエルってこの中で一番弱いだろ? もし『天使』にやられてもよ、「ククク……アグニエルなど我らの中で一番の小物よ!!」とか言って敵をビビらせられるじゃん?」


「なるほど、それもそうですね。その次のベルトルーゼ殿なんか何度叩きのめしても「ば、バカな!? まだ立ち上がって来るのか!?」とか言われそうなほどタフですし、その次のギルザード殿なんて『こ、こいつ……これでも人間か!?」とか『天使』の度肝を抜いてくれそうですし。アグニエル殿がどの程度健闘するかで他の方々が勝てるかどうか分かりますね」


「……俺は短い物差しか……」


散々な言われように気分を害するアグニエルであったが、足元の兵士の死体の数が示す通り大聖堂の前までやって来た事で無駄口はそこまでとなった。


「足の踏み場もねぇな。今回はこのバカデカい扉を開けてくれる奴も居ねぇし、ブチ破るか」


恐らくこういう時の為に設けたであろう頑丈そうな扉を見上げ、バローが剣に手を掛けると、軽く跳び上がって一息に斬り付けた。




カヒュン!!!




「……チッ、有り得ねぇくらい分厚い扉だぜ。刃が奥まで届かねえ」


難なく斬る事には成功したバローだったが、扉は異常に厚く、切り崩す事は叶わなかった。恐らく1メートルはあるのだろう。閉じる時も一人では動かせそうに無い代物だ。『無明絶影』であれば届くだろうが、消耗の激しいこの技をこんな無機物の破壊で浪費するのは惜しく思われた。


「俺は予備戦力らしいからな、ここは任せろ」


「だな。ノックは譲るぜ」


そう言って悠はバローと位置を入れ替わった。


「迷える者達を受け入れるはずの場所には不釣り合いな扉だ。文字通り、風通りを良くしてやらんとな」


悠は2、3歩下がると、バローが斬り付けた斬線目掛けて重厚な扉に蹴り掛かった。




ドゴッ!!!!!




真一文字の斬線を中心に扉が内部にひしゃげ、蝶番を弾き飛ばしながら内側に向かって崩壊すると、広い空間に音が響き渡った。


「これが本当の押し入るってヤツだな」


「油断するな、もう集まっているぞ」


続々と中に入るメンバーに対して悠が警告した通り、エントランスホールと思われる場所の一番奥に6つの影が見て取れた。その中央に立つ、背中に羽を生やした人物がまず口火を切った。


「……相も変わらず馬鹿げた力だな、カンザキ。土足で神聖なるこの建物に押し入るとは、これだから蛮族は好かん」


「そういう貴様はもう人間を辞めたらしいが、人でなしの貴様にはその仮面同様お似合いだな、ガルファ」


早速心通わぬ言葉が交わされるが、この挑発合戦は悠に軍配が上がった。


「貴様を殺す為に私は人間を辞めたのだ!! ……どうせバーナード王も殺したのだろう? 王族殺しの大罪人め!!!」


「王家を傀儡にして権力を誇っていた邪教徒に弾劾されても別段痛痒に感じんぞ。御大層に最後まで取っておいた『天使』とやらも結局は羽が生えただけの生き物に過ぎん。頭まで鳥並では会話するのも億劫なのだが?」


雪人と鍛えた毒舌もまんざら無駄では無かったらしく、嘲られたガルファに殺気が漲ったが、時間を稼がねばならないという使命を思い出し、激発しそうになる心を収めて悠達に提案した。


「……教主シルヴェスタ様よりご提案だ。我ら『天使』と順に戦い、見事打ち倒したならばシルヴェスタ様は投降なさると仰られている。この申し出、当然受けるであろうな?」


「何故俺達がそんな面倒な事を引き受けねばならんのだ。この場の全員で貴様らを殺し、然る後にシルヴェスタを捕縛すればいいだけではないか」


願ったり叶ったりという展開に喜色の気配をベルトルーゼやギルザードは滲ませたが、悠は口に出しては否定してみせた。相手の思惑通りに動く事を嫌った為だが、続くガルファの言葉に頷かざるを得なくなった。


「もしこの提案を蹴るのなら、この場に居ない『第四天使クアットロ』と『第九天使ノーヴェ』がフォロスゼータを脱出し異教徒に仇なすだろう。なるほど、貴様らは強いかもしれんが、果たしていつどこに現れるか分からん『天使』から全ての異教徒を守り切れるかな?」


無差別テロを仄めかすガルファに悠の舌鋒が鋭くなる。


「邪教の徒らしい物言いだが、それを聞いて益々許せん気持ちが大きくなったぞ」


「相容れない思いは此方も同じだ。だが、教主様が道を示されたのであれば我らは従うのみ。貴様らが見事我らに打ち勝ったならば教主様に付き従って投降するし、我らが勝っても生かして帰してやる……ただし貴様だけは別だ、カンザキ!!! 目をくり抜き、鼻も耳も削ぎ落として親が見ても分からぬような有様で殺してやる!!!」


「それはこちらの言い分だな。他の『天使』などどうでもいいが、ガルファ、貴様だけは魂まで粉々に破壊して殺す。亡きロッテローゼの無念をその身に刻むがいい」


両者の濃密な殺気が空間を支配する中、それでも悠は怒りに支配されずにガルファの言葉を吟味していた。


たとえこちらが勝っても、ガルファ達『天使』が大人しく投降するなど偽りもいい所であろう。誰を犠牲にしてでも生き残ろうとするのがガルファという男であると悠は確信していた。そして当然悠以外を生かして帰すというのも嘘に違いない。しかし、『第四天使』と『第九天使』がこの場に居ないのは事実であり、その他も確信はあっても証拠が無い。ガルファの言葉で信じられるのは、悠を生かして帰す気が無いという事だけである。


「ロッテローゼ? ……ああ、あの穢れた女か。所詮、他人に縋らなければ生きていけないような弱者など何もせずとも遠からず勝手に死んだであろうよ。死にぞこないの妹も今頃は天に召されて姉妹仲良くやっているかもしれんなぁ。ハハハ、なんだ、あんな使い古しに惚れでもしたか?」


ロッテローゼの死を穢すガルファの言葉にハリハリとバローがそれぞれ剣と魔法を放ちかけたが、悠が両手を広げてそれを制した。


「……止めないで欲しかったですねぇ、ユウ殿。ちょっと首から上を涼しくして差し上げようと思いましたのに」


「ハリハリ、お前はすっこんでろ。そいつぁ俺の獲物だぜ」


バローとハリハリはロッテローゼの死に際に居合わせており、その悲劇を引き起こしたガルファに対する怒りは他の者達より強いのだ。


「落ち着け、敵を前にして激昂するなど二流のやる事だぞ」


「……フン、野蛮人どもが。だが、そいつら止めたという事は了承と受け取って構わんな?」


沈黙で応える悠達を見て、ガルファは壁際の燭台を握った。


「ここは聖なる家の入口だ。場所を変えさせて貰おう」


そう言ってガルファが燭台を捻ると連続的何かが動く音がして、エントランスホールの床が下に移動し始めた。


「地下に広い場所がある。そこで存分にお相手しよう」


徐々に下に降りて行く床の上で、ガルファは余裕の笑みを浮かべていた。

ここから少しシリアスに傾きそうです。前半のバロー達の掛け合いを見て心を和ませておいて下さい。

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