8-47 進軍34
「待たせたな」
パトリシアを送り、再び悠は正門前に戻った。今度は悠も『竜騎士』での登場であり、これ以上隠しておく必要は無いと判断したのだった。
「王妃は無事だったか?」
「ああ、今は夫婦で再会を喜び合っている所だ」
「そいつぁ良かったな。俺達もサッサと済まそうぜ」
「まずはこの正門を突破せねばならん。防衛の為の魔法が掛けられていたはずだ」
「これをブッ壊すのも骨だな……ハリハリ」
バローは正門を見上げ、少し離れた所に居たハリハリに声を掛けた。だが、ハリハリは普段の快活さはなりを潜めており、どんよりとした顔でそれに答えた。
「……何ですか? 人数合わせのワタクシに何かご用でも?」
「……お前、いい加減機嫌直せよ。クジなんだからしょうがねぇだろ?」
「不覚でした……不幸属性持ちのバロー殿やアグニエル殿が居れば大丈夫だと思ったのに……!」
「誰が不幸属性持ちだ!!」
「俺をバロー師と一緒にするな!!」
「おい、どさくさに紛れてお前まで同調してんじゃねぇよ!!」
アグニエルの言葉はバロー以外の総意だったので、他の者達は頷くだけだったが、悠は先を促した。
「相手が行儀良く1対1で戦ってくれるかどうかなど分からんぞ。そんな事よりもやるべき事をやれ」
「そうですよね!! 流石ユウ殿、ワタクシやる気が湧いてきました!!」
現金なもので、悠の言葉に気を良くしたハリハリは早速正門に近付いて作業を開始した。
「ふむ……やはり『生命結界』とは別系統ですからまだ機能は生きていますが、前にユウ殿が強引に破った事で綻びが出てますね。応急処置が雑ですよ。これなら……」
ハリハリはナイフを取り出して正門に刻まれてる魔法言語の一部を削り取ると、それが動作不良に陥った事を確認してナイフを仕舞った。
「これで大丈夫です。後で修理しやすいように一部を欠損させるだけにしておきました」
「流石ハリハリ、魔法に関してはお手の物だな」
「残念ながらこの中に魔法に詳しい人が居ませんからね。そこはワタクシに任せて頂きましょう」
正門の魔法解除を背後に伝え、悠達は正面からは2度目となるフォロスゼータへ侵入を果たしたのだった。
一方、聖神教はと言えば、残った人員を大礼拝堂に集結させていた。そこにはこれまで目に触れる事が無かった他の『天使』達も一堂に会しており、聖職者達が決死の形相で一心不乱に祈りを捧げている。
「聖神様、どうか我らをお救い下さい!!!」
「神の使徒『天使』よ、異教徒の殲滅を!!!」
「血を、肉を捧げよ!!! 異教徒を根絶やしにするのだ!!!」
そんな彼らの中央にあるのは祭壇の前で微笑む教祖シルヴェスタである。
「恐れる事など無い、『天使』は雑兵とは比べ物にならぬ力を持っているんだからねえ。敵が何万居ようが、そんな事は関係無いのだよ。……君もそう思うだろう、ガルファ君?」
シルヴェスタはこの場に居なかった最後の『天使』たるガルファが大礼拝堂の扉を開いたのに気が付いて声を掛けた。
「……」
「おや、ガルファ君は『天使』の力を信じていないのかい? 私の右腕たる君がそんな調子では困るねえ」
沈黙で答えたガルファを揶揄するようなシルヴェスタの余裕に、ガルファは訝しさを感じて様子を窺う事に頭を切り替えた。
静かにシルヴェスタの近くまでやって来たガルファは探りを入れる為に口を開く。
「……いくら『天使』を擁しているからといって、少々楽観が過ぎるのでは無いですか? バルバドスを見る限り、敵の戦力は侮れぬ物でしょう。それとも、他の『天使』は皆バルバドスよりも上なのですか?」
「いいや? 『第四天使』を除けば精々が同等かそれ以下だと思うよ? ……ああ、ガルファ君ならバルバドス君より上だろうね」
例外扱いされた、シルヴェスタの隣に侍る『第四天使』をチラリと視界に収め、ガルファは再び問うた。
「……それでは安心とはとても言えますまい。まだ何か策がお有りなのですか?」
「お有りかと訊かれたら……」
シルヴェスタは更に笑みを深くして答える。
「大有りさ。私は全くこの戦で負けるつもりなど無いよ。ただ、それには少し時間が掛かるからね、君達『天使』には時間稼ぎをして貰いたいんだ。頼めるかなぁ?」
シルヴェスタの意図を図りかねたガルファは、一瞬シルヴェスタを殺そうかと僅かに力を込めたが、シルヴェスタの隣の『第四天使』がそれに呼応する様に僅かに腰を落としたのを見て諦めざるを得なかった。シルヴェスタの言葉を信じるのであれば、『第四天使』は少なくとも自分と同等の能力を持っているのだ。一撃を仕損じれば他の『天使』が殺到し、ガルファは討ち取られてしまうだろうという予測を立てるのは容易であった。
「……どの程度時間を稼げば?」
「そうだねぇ……せめて30分、出来れば1時間くらいかな。ま、そのくらいは君達の力があれば楽勝さ。君は最後に時間が稼げなかったら出てくれればそれでいいよ」
シルヴェスタなりの譲歩ともとれる発言に、ガルファはなるべく間をおかずに頷いた。
「畏まりました、他の『天使』に対する命令権は頂けますか?」
「勿論構わないさ。皆、ガルファ君の言う事を聞いてしっかり足止めしなさい。……あ、でも『第四天使』だけはここに残して貰うよ。彼は護衛だからね」
「はい、それでは失礼します」
遂に他の『天使』とシルヴェスタを切り離せた事にガルファは内心の狂喜を押し隠して恭しく頭を下げた。後は邪魔が入らないように一体ずつ『天使』を始末するだけだ。『第四天使』を逃したのは惜しいが、力を増してから改めて殺せば……。
そこでふとガルファは『天使』が一人足りない事に気が付いた。
「そういえば、『第九天使』の覚醒は間に合わなかったのですか?」
ガルファにしてみれば何気ない質問だったが、その時初めてシルヴェスタの顔から笑みが薄れた。
「……ガルファ君、もうあまり時間が無いよ? 侵入者が正門を突破したようだ。急ぎたまえ」
「……はっ」
しかし、他の『天使』の力を上乗せすれば、たとえ予備戦力として隠しているとしてももう一体くらいは大丈夫なはずだと己に言い聞かせ、ガルファはこれ以上疑いを持たれまいと踵を返した。
「ガルファ君、他の『天使』は皆君ほど上手く適合しなくてね。ちょっと感情表現が希薄だけど気にしないでくれたまえ、戦う分には何の問題も無いから。それと時間を稼ぐ為だ、正面玄関ホールの仕掛けも使っていいよ」
「そうですか、ありがとうございます」
一刻も早くこの場を去りたいガルファはシルヴェスタの忠告に手短に答え、他の『天使』を引き連れて大礼拝堂を後にした。
残されたシルヴェスタはそんなガルファの見えない姿に微笑みを絶やさずそっと呟く。
「……ガルファ君、君は私の若い頃にそっくりだよ。優秀で、果断で……そして欲が深過ぎる。私はかつてそれで権力闘争に敗れた。ただ若さのままに突っ走るだけでは決して得られないものがあるという事を知った時、果たしてまだ君は君でいられるかな?」
熱狂的な声を上げる聖職者達などまるで居ないかのように、シルヴェスタは傍らの『第四天使』――マッディを見た。
「不確定要素を省いて目的に一直線に進む君のやり方は「辿り着けるのならば」最速だろう。でもね……どうして私が『第四天使』だけを手元に残したのか? 『第九天使』は完成しているのか? これらの疑問は君を殺す落とし穴になるとは思わないかな? ……出来る事なら侵入者を倒せる事を願っているよ。他ならぬ君の為にね。さて……」
手元にある仕掛けを操作し、シルヴェスタは大礼拝堂の全ての扉に施錠を施した。
「教主は大変だね。全ての聖神教徒を救わなければならないのだから。……だが安心したまえ、君達には決して穢される事の無い、完全なる安寧を与えてあげよう。さぁ、目を閉じて一心に祈りたまえ……」
それきり大礼拝堂の中の音は絶え、静寂が支配した。




