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8-46 進軍33

「ふぅ……後はユウが王妃を……って、何だよお前ら?」


バーナードを説得して一息吐くバローは他の者達の胡散臭そうな目を見て問い掛けた。


「いえ、相変わらず口車は上手いなぁと」


「うむ、正直言って普段のバローを知っていると気色悪いな!」


「剣士では無く詐欺師にでもなればいい。そうしたら拙者が斬ってくれる」


「ばろはもっとひーにも敬意を持って接するべきだな」


「す、好き放題言いやがって、この自由人どもが!」


青筋を立てるバローだったが、生憎ここにはフォローしてくれるような慈しみに溢れた人物は存在しなかった。


「バーナード王からの情報では『天使アンヘル』は今の所7体存在するとの事だったが、ユウが遠慮してもまだ一人あぶれそうだな。誰が遠慮するのだ?」


「……普通に考えたらサイサリスかヒストリアじゃねぇか?」


「……どういう理屈でそうなるのか説明して貰おうか……」


「返答次第ではばろは異国の地で散る羽目になる……」


「殺気を出すな殺気を!!!」


普通の人間なら竦み上がりそうな気配を放出するサイサリスとヒストリアをバローは必死で抑えて説明した。


「だってよ、今回の戦闘は室内戦だぜ? サイサリスやヒストリアが本気を出せば内部が崩壊するぞ? お前ら、手加減とか出来んのかよ?」


「「むっ」」


思いの外まともな指摘にサイサリスとヒストリアが唸る。サイサリスの得意攻撃は爆破であり、室内で使うには危険過ぎると言うしかないし、ヒストリアが縦横無尽に『自在奈落ムービングアビス』で削り取れば崩落の危険があった。


「……接近戦だけで戦えばいいだろう、爆破は使わん」


「ひーだって『自在奈落』で壁を削ったりはせん」


「他の奴らもだぜ? 無闇に建物を傷めつけちゃあ俺達は生き埋めだ。是非加減ってモンを考えて貰いたいね」


不承不承であるが、バローの言葉には全員頷くしか無かった。過剰戦力には過剰戦力なりの制約があるのだ。


「ユウ殿が戻るまでにクジでも作って決めましょうか」


「こういうのって、言い出しっぺが外れるんだよな」


「……やめて下さいよ、そういうの……本当にそうなりそうじゃないですか……」


嫌そうな顔でハリハリは地面に線を描き、場違いに和やかな空気が流れている頃、牢獄のパトリシアは先ほど悠が起こした破壊の微震から遂に戦争が最終局面を迎えたのだと悟っていた。


「バーナードは無事かしら……何となくだけど、約束を違えるとは思えないけど油断は出来ないわ」


狂信者を装い、バーナードに孤立する様に促したのはここで策を受け取っているパトリシアである。しかし、人間ならぬ相手から受け取った策には一抹の不安を隠し切れないのも事実であった。


長年貴族と渡り合い、聖神教でも断罪される事無く立ち回って来たバーナードであれば演技に綻びは無いだろうが、聖神教にもまた理屈が通じない所があり油断は出来ないのだ。


何となく冷たい石壁を眺めていたパトリシアは、不意にその壁の一部が動くのを見て身を固くした。


「だ、誰!?」


誰何に答える前に石壁の一部が牢の中に落ち、穿たれた穴から声が響く。


「牢の隅で毛布を被れ。壁を破壊する」


「ちょっ!? ま、待ちなさい!!」


「早くしろ、時は待ってはくれん」


満足に動かない片足を引きずり、ベッドから毛布を引き剥がしたパトリシアはそれを頭から被って牢の隅に避難した。


「い、いいわよ!」


「応」


次の瞬間、パトリシアに見る事は叶わなかったが、石の壁が内部に向けて崩壊し、ガラガラと崩れ去った。そこから何者かの侵入して来る音を聞き、パトリシアは恐る恐る毛布から顔を出す。


薄暗い部屋に浮かぶシルエットを見て、パトリシアが抱いたのはドラゴンという単語であった。蝋燭の薄い光に目の醒める様な赤い光沢が照り返し、生物的な輪郭の機能美にパトリシアは思わず息を呑んだ。


だが、その声は聞き慣れたものだ。


「ら……ラクシャス、なの?」


「それは仮の名、これまでのご無礼、平にご容赦願いたい。あなたに生きる気力を失って貰う訳にはいかなかったのでな。……まぁ、ハリハリは楽しんでいたが、平手の一つくらいでご勘弁を」


これまでとは打って変わった態度にパトリシアは言葉を失ったが、それでも聞かなければならない事を思い出して立ち上がった。


「はぁ……あっ、バーナードは!? バーナードは無事なの!?」


「バーナード王を無事保護したからこそ自分がこうして救助に参りました。つきましては、しばしご無礼には目を瞑って頂きたい」


「えっ? きゃああ!?」


悠はパトリシアの膝裏に手を当てると、そのままパトリシアを横抱きにして持ち上げた。


「これより我らは聖神教大聖堂に突入しますが、多少の街の破壊は大目に見て頂きます」


「ちょ、ちょっと待って、状況に頭が追いつかないわ」


「それは後方の安全な場所でごゆっくりお考え下さい、ここはまだ敵地です」


悠は混乱するパトリシアに言うと、そのままもと来た道を引き返して行った。明かりは無くてもレイラが居れば悠の行動には何の制約も無く、真の闇の中に連れ出されたパトリシアは思わず悠の胸に縋る様に体を強張らせた。しかし、夫では無い正体不明の者に縋るのがまるで不貞を働いているようで、パトリシアは悠から体を離そうとする。


「動かれるな」


「ご、ごめんなさい」


そんな気配はパトリシアを抱く悠には筒抜けだった。だが、確かにこの暗闇で身じろぎするのは危険なのでパトリシアは悠の言葉に従いその身を固めた。


こうして暗闇の中、何処とも知れない場所を運ばれていると、まるで自分が冥府に連れて行かれるような気分になってパトリシアは心細く思ったが、あの場所に居ても事態は改善しないのだから身を任せるしかない。それに、万一の為に小さなナイフを懐に忍ばせているのだ。億に一つも勝てるとは思えなかったが、アライアットの王妃としての矜持をパトリシアは失ってはいなかった。


そのまま幾分か時が過ぎ、パトリシアの目に僅かな光が見え始めた。


「……外の、光?」


「長く光を見ていないのならば目を閉じられていた方が宜しいかと」


「……いいえ、ずっと、ずっと待ち望んでいた光ですもの、こればかりは譲れないわ」


「左様ですか」


そこまで強硬に諭す事無く、悠は光に向かって歩き続け、やがて侵入路である横穴に辿り着いた。


水を湛えた横穴は悠が今回の侵入の為に広げた物だ。冷たそうな水を見てパトリシアは眉を顰めたが、悠が水中に進入する事は無かった。


「飛びます」


「え?」


飛ぶという意味を測りかねたパトリシアだったが、1秒後、パトリシアの体は既に外にあった。


「きゃあああああああっ!!!」


水に入る衝撃も無く、氾濫する光の乱舞にパトリシアが叫ぶが、体全体に感じる気配に少しずつ目を開いていった。


「……あ……」


痛む目から零れる涙で滲むパトリシアの目に、透き通るような青が飛び込んで来た。上昇を続ける悠の腕の中でパトリシアはその青さに心を奪われる。


空だ、故郷の空だ。冬のアライアットの、抜ける様な青空だ。


二度と見る事は叶わないと思っていた青空の美しさは筆舌に尽くし難いものであった。まるで世界が自分を祝福してくれているような歓喜にパトリシアは身震いした。


「何度も見た空なのに……こんなに美しいものだったなんて……」


「しばし時間を取って差し上げたいが、生憎仲間と敵を待たせております。後はご夫婦でご存分に」


悠の言葉にパトリシアが我を取り戻した時には、目の前に見慣れない屋敷があった。フワリと地面に降り立つパトリシア達に向かって駆けて来る人物を見てパトリシアは口に手を当てた。


「あ、あれは……!」




「パトリシアーーーーーッ!!!」




出会った頃と変わらぬ情熱的な声音で自分を呼ぶのは、愛する夫であるバーナードだ。普段は感情を抑制していたバーナードだったが、この時ばかりは必死の形相で力の限りに声を振り絞り、足を動かしていた。


「あなた!!!」


「無事だったか!? よもや怪我などしておらんだろうな!?」


「大丈夫です! ……ああ、バーナード、私の愛しい人……」


「良かった、本当に良かった……」


パトリシアの頬に触れ、流れる涙を拭いながら、バーナードもまた滂沱と涙を流していた。子を奪われ、国を奪われた国王夫妻はようやくこの青空の下で再会を果たしたのだった。


「細君をお返しする。自分はこれより戦場に戻らねばなりませんゆえ」


「……貴君には感謝の言葉も無い。妻は預かろう」


悠からパトリシアを受け取り、バーナードはその温かさに感極まって腕に力を込めた。


感動の再会を果たした夫婦を屋敷の者達に託し、悠は再び戦場へと戻るのであった。

さて、ここからは殺伐とした戦闘の始まりですよ。

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