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8-44 進軍31

「撃て撃て撃て!! 効こうが効くまいが関係無い、とにかく撃って撃って撃ちまくれ!!!」


数万の兵士が放つ矢と魔法が驟雨となってフォロスゼータに舞い落ちていく。しかし、それらは乾いた音を立てて全て『生命結界ライフリンクフィールド』に弾き返されていた。それでもバローは一向に構わず兵士達に更なる射撃を命令する。


兵士達も疑問に思いながらもバローの指示によく従い、ありったけの矢と魔力マナを『生命結界』に叩き込み続けた。


櫓を設けたのは非力な兵士でもフォロスゼータに攻撃を届かせる為だ。とにかくより多くの兵士の攻撃がフォロスゼータに届きさえすればいいという意図で作られた櫓から、まだ年若い兵士達も可能な限り奮闘した。


そんな攻撃が2時間も続いただろうか。相変わらずの強固さを発揮する『生命結界』であったが、変化は徐々に内部を蝕んでいた。


「まだ撃ち続けているのか? いい加減無駄だと――うっ!?」


年嵩の兵士が悪態を吐こうとし、胸に痛みを覚えて言葉を中断した。


「おい、どうしたんだ? 空きっ腹が限界になったのかよ?」


「ち、違う……む、胸が、く、くる……し……」


そのまま兵士は胸を押さえてばたりと倒れ、ひとしきり苦しんだかと思うとやがて動かなくなった。


「おい!? ……駄目だ、くたばってやがる……。敵とまみえる前に死ぬなんてツイてねぇな……あん?」


年嵩の兵士が倒れたのは単なる序章に過ぎなかった。最初の一人が倒れるのを皮切りに、アライアット兵の中でも年嵩の者から順に次々と倒れ出したのだ。原因も分からぬままに物言わぬ死体となっていく同僚を見てアライアット兵は忽ち恐慌状態に陥っていった。


「な、何だ!? 一体何が起こってる!?」


「敵からの未知の攻撃か!?」


「ま、まさか即死魔法!? バカな、この距離で効果を発揮する即死魔法なんてあるはずねえ!!」


「バカ野郎、即死魔法なら魔力が見えるだろうが!! これはそんなチャチなモンじゃ……うぐっ!?」


恐慌を収めようとしていた兵士が倒れ、結果として更なる混乱を撒き散らしてしまった。もうこうなっては誰にも事態を改善する事など出来ず、精神に異常を来して泣き叫ぶ者や、地面に伏せて不可視の攻撃から身を守ろうという者が続出したが、そんな事には関係無く、兵士達に死は平等に訪れた。


平等? いや、そうでは無い。この地獄絵図の中で冷静さと正気を保てる猛者が居るのであれば、倒れて行くのが老いた兵士からであると感付いただろう。


しかし、指揮を執るバーナードは大聖堂の中でという制約を設けられており、その事態を視認する事は叶わなかった。それどころか途中から伝令すら絶え、大聖堂の中は外部との情報を遮断されてしまっていたのだ。


全ては雪人の描いた筋書き通りである。



雪人は鉄壁のフォロスゼータを落とすのに一番労力を必要とせず、また友軍の被害が少ない最良の策を求めていた。まず思い付くのは再びフォロスゼータに侵入し、内部から悠に破壊工作をさせる事であるが、この場合連合軍の活躍が薄れてしまう。ただ勝つというよりも、ミーノスとノースハイアが力を合わせて勝つという事実が欲しい現状ではあまり好ましく無かった。


(並の兵士にも参加出来て、尚且つ両国が力を合わせて勝ち取ったと知らしめる戦果が要るな。敵をフォロスゼータからおびき寄せる策もあるが、背水の陣で挑む死兵などまともに相手をしたらどれだけの被害が出る事か。そうでなくても地力では相手が上なのだ。もっと、こう、一方的かつ楽に勝てる策は無いか?)


机の上に足を投げ出し、行儀悪く頭の後ろで手を組みながら雪人は一見不真面目に見える雰囲気で策を練っていた。人を殺す事を不真面目にとは何事かと思う者も居るかもしれないが、雪人に言わせれば真面目に考えようが不真面目に考えようが人殺しは人殺しであり、そこに差は無いと割り切っていた。結局参謀の職務とは効率よく敵を殺し、味方の損耗を抑える事なのだ。真面目に考えたから殺された兵士が浮かばれるなどというセンチメンタリズムとは雪人は無縁だった。


(軍人などやっていると人品が賤しくなっていかんな。俺のカルマはさぞかし低かろうよ。死んだ後の事など俺の知った事では無いが)


フォロスゼータの情報を纏めた資料をペラペラと捲りながら、雪人はそのデータに目を滑らせた。人口、兵力、兵糧、それを含めた兵站、そして特記事項……その特記事項に辿り着いた雪人の手が止まる。


(『生命結界』……確か、前に悠の奴がまみえた相手が使っていたな……)


雪人は資料に折り目を付けて固定すると、悠の以前の報告を漁った。


(……これか。ミーノス王国での最終局面、マッディという男が使ったのがこの『生命結界』だ。結局は悠が破壊する事でその男の生命力は吸い尽くされて……待てよ?)


詳細に目を通し、雪人はふとした思い付きを計算式として立ち上げ始めた。悠の装備と攻撃力を仮定し、マッディの年齢と余命をアーヴェルカインの平均値を作って逆算し、そこから『生命結界』破壊までに至る攻撃から『生命結界』の最終的な強度を割り出す。そこに現された数値を見て、雪人は口の端を吊り上げた。


「……一兵も損なわず、我敵を殲滅せり、か……。人倫を踏み外した相手に遠慮は要るまい」


連合軍の兵力と相手の兵力をそれぞれ攻撃力と生命力に置き換え、雪人はそこから1時間足らずで作戦の要までを練り上げて一息吐いた。


「予想戦闘時間3時間強、味方の損失無し、敵兵殲滅。……実に平和的だ。ついでに兵糧も焼いてやれば戦闘時間は更に短縮出来るだろう。ハハ、ハハハハハ!」


机上の理論ではあるが、その成果に雪人は乾いた笑い声を上げ、扉の外でノックをしようとした真は「また何か悪い事を考えてるな……」と、それが自分に対するもので無い事を手近な神の一族であるナナナに祈ったのだった。




連合軍の攻撃は未だ収まる事は無かった。この時になってようやく首脳部の判断を仰ぐべきだと考えた兵士達は、本音では逃げる場所を求めて大聖堂の扉に群がり始めていた。


「あ、開けてくれ!!! このままじゃ壊滅してしまう!!!」


「お慈悲を!!! ど、どうかお慈悲を!!!」


「聖神様の御加護を!!!」


だが、ようやく外の様子を掴んだ所で聖神教に打てる手は残っていなかった。5千人からの聖職者が詰める大聖堂に更に兵士を収容する事など出来はしないし、無理矢理入れてもその瞬間、『生命結界』は消失しフォロスゼータは無防備なただの街に成り下がるのだ。だからと言って外に放置しておいても遠からず『生命結界』は消失し、兵士は死に絶える。正にジリ貧というべき酷い状況であった。


更に悪い事に、年嵩の兵士達が死に絶えた事で若年層の兵士達も既に体調に異変を来たし始めていた。兵糧を焼かれ十分に体力を温存出来なかった彼らは普段より生命力が衰えていたのだ。50代の兵士から始まった謎の連続死は今や30代の兵士にまで及んでいた。そしてその速度は兵士が減るのに比例して早まって行ったのである。


大聖堂の扉はいざという時の為に非常に強固に作られており、下手な城門よりも頑丈で弱った兵士が攻城用の兵器も無しにこじ開けられる物では無かった。


大聖堂の扉が絶対に開かない事に見切りを付けた兵士の一部が、それならば街の外に逃げようと考えるのは自然な帰結であっただろう。だが、その決断はあまりにも遅過ぎた。


「こ、こうなったら玉砕して、やる……」


「お、俺もだ! ここでグズグズしてても無意味に、死……ぬ……」


街の外に向けて走り出した兵士達はその半ばまで達した所で自分達の体から急速に力が抜けて行くのを感じた。その思考も、ゆっくりと大きな闇が全てを覆い尽くしていく。


「こ、こんな……い、一度も剣を、交える、ことも、な、く…………」


どうと倒れた若い兵士は霞む目で空を見上げ、いつの間にか『生命結界』の天蓋に縦横無尽にヒビが入っているのを見て最期に思った。まるで、世界の終わりのようだ、と。


そんな彼の思考を断ち切る様に、赤い奔流が崩壊寸前の『生命結界』を貫き――その思考は闇に染まって二度と光を取り戻す事は無かったのである。

敵兵の殲滅完了。次は……。

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