8-43 進軍30
明け方近くになってシャロンとギルザードは屋敷に引き返した。可視範囲が広がれば彼女達に頼らなくても一般兵だけで警戒出来るからだ。
「ふあぁ……絶好の戦争日和だな。雪でも降ってちゃたまんねぇぜ」
「手がかじかんでいては作戦に支障を来たしますからね」
屋敷で一夜を過ごした者達も体調は万全のようだ。軽く体を解しながら、バローはフォロスゼータを眺めた。
「向こうさんはメシも食わずに働いてんのかね?」
「バーナードの抑制は効いているようだが、全てが一枚岩とはいかんらしい。今頃後悔している者も居るのだろう。……だが、民衆を見捨て易きに流された兵士の世迷言など俺の知った事では無いな。何度も聖神教を離れる機会はあったのだ。それでも聖神教を捨てられないのならば、潔く殉教して貰うだけだ」
「居もしない神の為に殉教して何の意味があるんですかねぇ……」
「それこそ聖神教徒でも無い俺達が考えても意味ねぇよ。俺に分かるのは、そういう頭のおかしい奴らが居たんじゃこの先困るってこった。生まれ変わるアライアットの踏み台になって貰うしかねぇやな」
それきり、フォロスゼータに興味を無くしたように、バローは自陣へと歩き出した。
「行こうぜ、朝の鐘(午前六時)を合図に攻撃開始だからな」
「いよいよ始まりますね。準備も万端のようです」
昨夜から行われていた作業の成果を見てハリハリは満足そうに微笑んだ。きっと今日の戦闘の役に立ってくれる事だろう。
自陣では既に兵士達は起き出しており、バロー達に気付くと敬礼して来た。今日の戦闘を前にして気分が高揚しているようだ。怖気付いているよりはずっといいと、バローも砕けた敬礼を返す。
「俺とハリハリは冒険者隊に戻るぞ。また後でな」
「おう、ガキ共にも気を付けろって言っといてくれ」
バローと別れた悠とハリハリはそのまま冒険者隊が集まる場所に戻った。流石にランクの高い者達が多いだけあって、兵士よりも緊張は少ないようだ。
「ハリハリ、お前はしばらく冒険者隊を頼む。せめて子供らには一撃返させてやらんとな」
「直接では無くても、これまでの『異邦人』の無念がありますからね……。精々派手にやっちゃって下さい。光属性に特化した子が居ればソーナ殿にも参加して頂けたかもしれませんが……まぁ、単体でも攻撃は出来ます。こちらはお任せ下さい」
開戦の時刻が近づき、冒険者隊を一時的にハリハリに任せた悠は屋敷に戻った。屋敷の中庭には既に全員が集結しており、悠の到着を知ると声を揃えて朝の挨拶を唱和した。
「「「おはようございます!」」」
「ああ、おはよう。もう準備は出来ているようだな」
朝早いからといってだらけている者などこの屋敷には居らず、全員が臨戦態勢で頷いた。
「では出発だ。総員後先は考えず、力の限りを尽くすように」
もう一度深く頷き、悠は『戦塵』のメンバーを引き連れ、屋敷を後にしたのだった。
朝の鐘(午前6時)を前にして、連合軍はフォロスゼータの正面に整然と列をなしていた。彼らの視線の先に屹立するのは遠くにはフォロスゼータ、そして近くには連合軍総大将であるバローと副将のベルトルーゼだ。
「愚かなる指導者によって要求は退けられた。既にアライアットが正常な国家では無い事は多数の流民化した民衆を見て諸君らも理解していると思う。多数の人間を不幸に追いやる宗教など、これから先の世界には必要無いものだ。いや、害悪であると言っていい。今日この日の我々の奮戦がアーヴェルカインの未来を切り開く事になるだろう。各自一人一人が未来の担い手なのだという自覚を持ち、邪教徒を殲滅するぞ!!!」
バローが剣を掲げると、兵士達も手にした得物を天に掲げた。士気未だに衰えずと感じ取ったバローが破顔する。
「最後まで気を抜くなよ!! 手負いの獣は中々にしぶといものだ!! もたもたしていると私が全ての戦功を攫ってやるからな!!!」
ベルトルーゼの檄にそれはたまらぬと兵士達は声を上げて応え、ベルトルーゼも兜の下で破顔した。
バローはそのまま剣の切っ先をフォロスゼータに向け、命令を下す。
「どうやら敵は我々を恐れて閉じこもっているようだ!! ならば巣穴を突いて追い出してやれ!! 総員……出陣!!!」
フォロスゼータを一刀両断するバローの号令で兵士達は一斉に進撃を開始した。そこで目を引いたのは、多数設けられた移動式の櫓である。これは材料を予め加工し、バラバラのパーツにして運んだ物を昨夜組み立てたものだ。
丈夫なロープを何本も括りつけたその櫓を兵士達がフォロスゼータに向けて運搬して行く。丘の上にあるフォロスゼータの前までスムーズに移動する為に、一つの櫓に100人ほどの運搬要員が割り振られていた。
通常、こういう櫓を用いる時は城壁を乗り越え内部に侵入を図るのだが、フォロスゼータは不可侵の『生命結界』の天蓋に覆われていて一見無駄なように思われた。だが、この作戦を考えたのは神算鬼謀の参謀である雪人である。そんな無駄な事の為に兵力と労力を割くはずが無かった。
フォロスゼータの守りは鉄壁である。しかし、そこに使われている結界が『生命結界』である事が葵との決定的で致命的な差なのだ。
フォロスゼータから50メートルの地点で進軍は止まった。全員が配置に付いた事を確認し、バローはマーヴィンに合図の旗を振らせる。
それを連合軍から離れ、フォロスゼータの側面で見ていたのは悠だ。
「準備完了だ。始」
「はいっ!」
他の者が見守る中、始が地面に干渉して即席の櫓を屹立させた。同時に、明が『進化の繭で全員を成長させた。
あどけない子供達の手足が伸び、顔に凛々しさをたたえ頷き合った。
「開戦の狼煙はお前達のものだ。全力で撃て!」
「「「「はい!!!」」」」
京介が、始が、朱音が、神楽が、それぞれがそれぞれの系統の魔力を爆発的に高めていく。初めて実際に悠に使用した時よりもスムーズに、尚且つ強力な魔力が4人の前に展開していった。
やがて魔力はゆっくりと旋回を始め、発射に向けて収束する。
「見事だ、俺が指図するまでも無く魔力が釣り合っているぞ。……放て!」
悠が指し示す方向へ、4人は全力で魔法を解き放つ。
「「「「『四方対極烈破弾』!!!」」」
フォロスゼータから朝の鐘が鳴り響く中、『四方対極烈破弾』が朝の冷たい空気を切り裂き、フォロスゼータの『生命結界』に衝突する光と轟音を合図に、連合軍もフォロスゼータへ一斉射撃を開始した。
大聖堂の前に集結していたアライアット兵はフォロスゼータ上空を叩く『四方対極烈破弾』の衝撃に思わずたじろいたが、それが『生命結界』を突破する事が出来ないと分かると徐々に余裕を取り戻していった。
「……チッ、驚かせやがって!! フォロスゼータの結界の強さを知らねえのかよ!!」
「無駄な事をしてやがるぜ!! オラオラ、どんどん撃ってこいや!!」
「この結界がある限りフォロスゼータは落ちねぇよ!!」
『四方対極烈破弾』でも貫けない結界の強固さに業を煮やしたのか、連合軍も櫓から矢や魔法を次々と放ち始めた。だが、当然それらは『生命結界』を貫通出来ずに弾かれて地に落ちていく。諦めずに攻撃は続いてはいるが、全く効果を発揮しているとは思えなかった。
アライアット兵達は神の加護とすら言える『生命結界』と同じくらいの強さで必勝の確信を抱いていた。
……この時は、まだ。
本日2話目。先を予測出来る方々は雪人の恐ろしさが分かって貰えるかもしれません。




