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8-42 進軍29

明日の攻略に向けて、連合軍の陣地では忙しなく兵士達が行き来していた。食事をする者、工作作業に勤しむ者、警備に巡回する者、明日の戦について語り合う者と様々だが、最もフォロスゼータに近い場所で急拵えの椅子に腰掛ける影があった。


視界にフォロスゼータの全容を収めるその場所に鎮座するのは一時的に兵権を預かっている悠であり、その背後には更に2つの影が控えていた。


「済まんな、シャロンの手を煩わせるつもりは無かったのだが……」


「気にしないで下さイ、私達は夜に眠くなる人間とは違いますカら」


「本当の意味で最前線にシャロン様をお一人で行かせるなど騎士の名折れだ。それに、たまには外に出んとな」


悠と共に警戒に当たるのは屋敷から連れて来たシャロンとギルザードである。闇夜であろうと悠は目視で警戒に当たるのに支障は無いが、可視範囲外の対生物の警戒においてシャロンの右に出る者は居ない為、こうして助力を請うているのだった。


野営地は盛大に篝火が焚かれ明るいが、その光も悠達の周囲にはうっすらとしか届かない。だが、悠がこの場に居る効果は絶大だった。


「ユウ様」


「ああ」


シャロンの警告に悠は足下の石を拾い上げ、シャロンが視線を向けている方向に向けて投じると、遠くで何者かの苦鳴が起こった。


「お見事です」


「シャロンが居てくれるお陰で俺も大分楽をさせて貰っている。今晩だけは邪魔されたく無いのでな」


阿吽の呼吸で撃退したのはアライアットの工作兵である。これはバーナードの管轄下にある兵では無く、功に逸った行動か、空腹に耐えかねた兵士の暴走であった。要は信仰心が過大か過小かの違いである。


そんな輩を悠は深夜になるまでに10組以上退けている。それだけ今晩の作業は重要なのだった。


「俺は年頃の婦女子を楽しませるような会話を知らんのだ。退屈をさせて申し訳無いが……」


「ふふふ……こう見えて私もおばあちゃんでスから。ゆっくりと時を過ごすのに苦痛ハ感じません。ただ……」


少女の外見を持つシャロンだが、実年齢はギルザードと並んで最年長の一人である。スフィーロやサイサリスすら軽く倍は凌いでいるのだ。その精神も見かけ通りでは有り得なかった。そんなシャロンが意を決して悠に言った。


「ユウ様、いつかお訊きしたいと思っていた事がアります。こんな時に話すべき事では無いのかモしれませんが……今は私とギルザードしか居ませんので、質問ヲお許し願えますか?」


自らの年齢の話題が出た所で、シャロンはいつかしようと思っていた質問を匂わせた。


「構わんよ、どうやらそろそろ向こうも無駄を悟ったようだからな。知らない事以外は答えられるつもりだ」


「ありがとうございます。……ずっと、疑問に思ってイた事があります。それは時を経るにツれて半ば確信に至りました。ユウ様、あなたは……」


僅かに言い淀み、シャロンがその先を口にした。




「本当は何年生きてラっしゃるのですか?」




隣で聞いていたギルザードも悠にチラリと視線を送った。その違和感はギルザードも薄々感じ取っていた事であったからだ。


返答は即座であった。


「俺は数えていないので覚えていない。が、レイラなら覚えているだろう」


自分に対しての問いであったので、悠は言葉を付け加えた。


「肉体は確かに27だが、実際に経過した年月が違うという意味ならばシャロンが思っている通り、俺は27では無い」


「レイラさンの『竜ノ微睡オーバードーズ』ですね?」


《そうよ。私とユウはどうしても強くならなくてはならなかったの。時間を確保する度に私とユウは『竜ノ微睡』で修行を繰り返したわ。そのお陰でアポカリプス以外、誰にも到達出来なかった高みに到達する事が出来たの。……竜である私の感覚でも、それは永かったわ……》


いにしえの竜と言って過言では無いレイラの口調に、シャロンは悠久の時を感じ取っていた。レイラが永いと評するのであれば、それは百年単位ですら無いだろう。


「何年……そうして過ごしましたか?」


《……私も正確に測っていた訳じゃないわ。でも、そうね……一日を24時間、一年を365日と考えると…………一万年は悠に越える時間を過ごしたのは間違い無いわね》


「「一万年!?」」


自分達が生きて来た時間の10倍以上を提示されたシャロンとギルザードは異口同音に驚きの声を上げた。これまで生きて来た千年ですら気が遠くなるほどの放浪を経験したというのに、それがまだ10分の1であると知らされれば、シャロンであれば即座に狂っていただろう。


《私より年上だったとは言え、あれだけの力を極めていたアポカリプスは間違い無く天才だったわ。私が彼の強さを手に入れるのに、少なくともその倍はかかったもの。シャロンにだから恥を隠さずに言うけど、私はそんなに才能に恵まれていた訳じゃ無かったしね》


「俺も不器用だったからな。武芸全般を極めるのに何千年かかった事か……。俺に比べればバローやギャランなど、限られた時間の中でよくあそこまで強くなれたものだと感心する事ばかりだ。ああいう者達を一般的に才能があると評するのだろうな」


本気でそう思っているらしいレイラと悠にシャロンとギルザードは開いた口が塞がらなかった。たとえ悠久の時が与えられたとして、一体誰が一万年も弛まぬ努力を続けられるというのか。普通の人間であればそんな膨大な時の流れに耐えられるはずが無い。


《最初の頃なんて私の精神制御が甘かったから、『竜ノ微睡』の最中にユウの精神を制御出来なくてね。解いた時、何年か中で過ごした後だったから、事情を知らないユキヒトに「久しぶりだな」とかユウが言っちゃって、ユキヒトが変な顔をしてたわよね。あの時は笑ったわ》


「他の者からすれば、一日しか経過していない訳だからな。あれ以来、『竜ノ微睡』に入る時は長めの休暇を貰うようにしたが、過ぎた年月を頭の中で修正するのに苦労したものだ。レイラが精神制御を覚えてくれてからは精神を固定出来るようになって助かった」


他愛も無い余談として当時を語り合うレイラと悠を見てシャロンは不意に悟っていた。


ああ、この2人もやっぱりどこかズレているんだな、と。


「ユウがバカみたいに強い理由の一端が理解出来たよ……それほどの鍛練は、たとえ永遠の命があっても私には無理だ……」


ガックリと肩を落とすギルザードだったが、悠は首を振った。


「そんな事は無かろうよ。誰しも決して譲れないものの為であれば、俺程度の事は出来るはずだ。なに、過ぎてしまえば1万年などあっという間の出来事に過ぎん。本当ならば魔法を使いこなす為にもっと鍛練を積みたいが、生憎最近は忙しくてな。以前他の者達を鍛えた一年を捻出するのが精一杯だった。ドラゴン、エルフ、ドワーフらの状況が片付けばもう一度時間を取りたいと思うが、さて、そこまで先の状況は読めんな」


《本当なら魔法だけで千年は修行したいわね。竜気プラーナを効率良く使える魔法とかも開発したいし……。ガドラスが居れば楽なんだけど、あいつに頼るのは癪だわ。やっぱり出来る所までは自力でやるべきよね!》


これだけの強さを持ち、まだ鍛練の話に花を咲かせる悠とレイラにシャロンはポツリと呟いた。


「……最高級の『努力エフォート』……いエ、『決意デターミネーション』がおふたりの才能ギフトだったのですね……」


「誰も敵わぬはずです……無限に近い時を努力出来る強者など、力を頼みにする者達にとっては悪夢です。いっそ、そのまま『悪夢ナイトメア』の才能とでも言えばいいのではないでしょうか……」


会話している間にも、11組目を投石で撃退する悠をシャロンとギルザードは遠い目で眺めたのだった。

この修行オタク共! ……と、バローが居ればツッコんだでしょうね。レイラも常識人のフリをして無茶苦茶負けず嫌いですから……。

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