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8-37 進軍24

……アルトのファンの方は見ない方がいいかもしれません。ちょっと不幸なので……。

智樹がモカに求愛されている頃、アルトはと言えば、当然の事ながら真面目に作業に専念していたのだが……


「すまないねぇ、最近は子供達にもまともな食事をさせてやれなくて困っていたんだよ。……それはそうと、アンタ、エライ別嬪さんだね? どうだい、ウチに年頃の息子が居るんだけど……」


「……申し訳ありません、僕、これでも男なんですよ……」


「あらま!? まあまあまあ!!! アンタみたいな造作の整っている男の子は初めて見たよ!!! ねえ奥さん、男の子なんですって!!!」


「ひゃーっ! こいつは驚いた!!! すると何かい、ルビナンテ様のいい人だったりするのかい?」


「いえ、全くそういう予定はありません……」


「おい、あんまりアルトをからかわねぇでやってくれ。こんなツラしてるクセに純情なんだからよ」


「「「アハハハハハハ!!!」」」


自分の純情さを棚に上げルビナンテがそう言うと、ご婦人連中から笑いが起こった。ルビナンテにも敬称ながら気さくに接しているのは、ルビナンテが普段から街に繰り出していて顔馴染みだからである。ルビナンテとしては堅苦しい家に居るよりも街で仲間と闊歩している方が気が楽なのだ。


「ホラ、受け取ったら帰った帰った。列が進まねぇだろうが!!!」


「あん、いいじゃないか。こんな綺麗な若い子に触れる機会なんて滅多に無いんだしさ」


「ホントホント……あらヤダ、この子、アタシより肌がスベスベだよ!!!」


「どれどれ……わぁ!? ホントだねえ!!!」


「あ、あの……済みませんが放して貰えませんか?」


「まぁまぁまぁ、いいからいいから!!」


恐るべき熟女集団に囲まれ絶体絶命のアルトであったが、ルビナンテに首根っこを掴まれ引きずり出されると、そのまま背後に放り投げられた。


「うわっ!?」


「アルト、お前が居るといつまで経っても終わらねぇじゃねぇか!!! 後ろで渡す荷物の仕分けでもしてやがれ!!!」


「そ、そうします……」


早々に前線から外されたアルトは精神的な疲労を頭を振って追いやり、大量の荷物を一家族ごとの分量に区分けし始めた。街を賄う物資は生半可な量では無く、アルトの身長以上に積み上げられている。


「急げ急げ!!! チンタラやってちゃ夜になんぞ!!!」


そこではカストレイアが他の者に発破を掛けながら、自らも動きながら手下の人間に指示を飛ばしていた。


「カストレイアさん、僕もこっちを手伝います」


「……なら、そこの野菜を纏めとけよ。一家族5個ずつだぞ」


「はい、これですね」


なるべくアルトの顔を見ないようにしながらカストレイアは野菜の山を指差した。アルトがこの場に来た途端、一気に視線が集中するのをカストレイアは感じ取っていた。


カストレイアの手下はダリオとは逆で殆どが女性である。そして突っ張って生きているだけあって、皆男に媚びを売るなど言語道断という硬派な生き方をしているのだ。……普段は。


だが、別に女である事を捨てた訳では無いし、色恋禁止などという掟は存在しない。そこに突如現れたアルトの美貌は彼女達を大いに動揺させていた。


「……な、なぁ、アイツを手伝ってやらね? め、めんどくせーけどよ、遅れてもアレだろ?」


「し、仕方ねぇな…………い、言い出しっぺはお前なんだから、お前が声掛けろよ!」


「はあ!? そ、そんな恥ずかしい事出来っかよ!!」


「うわー……髪の毛ツヤツヤじゃねぇか……」


「いい体してやがんなぁ……」


ジリジリとアルトへの距離を詰めつつ、いつの間にか全員がアルトに釘付けになっていた。こそこそと髪を、うなじを、腕を、尻を、それら以外の全ての部分を盗み見てはその完璧な造形に溜息を漏らした。男性が美しい女性を好むように、女性も美しい男性を好むのだ。


(さっきから見られてるなぁ……余所者だからかな……?)


そんな事を考えつつもしっかり働いているのがアルトらしいが、そのアルトの視線の先でカストレイアが高い所にある食材を取ろうとしてぐらつく荷物に背伸びをしているのが見えたので取ってあげようと一歩進んだ時、それは起こった。


「んぐぐぐぐぐ……あ、と、もう、ちょい……あっ!?」


「カストレイアさん!!」


あまり安定の良くなかった荷物の箱がカストレイアに向かって崩れたのだ。つま先立ちをしていて回避する体勢に無かったカストレイアは次の瞬間に来るであろう衝撃に思わず目を閉じた。


だが、自分の体が何かに引っ張られ、崩壊の音も痛みもやって来ない事に気付くと恐る恐る目を開けた。


「……あ……」


「大丈夫ですか、カストレイアさん?」


そんなアルトの言葉もカストレイアの耳には入らなかった。何故なら、アルトの顔が自分の真正面にアップで存在していたからだ。そして、自分の体勢はと言うと、アルトの片手に抱かれてその胸の中であった。


アルトのもう片方の手は崩れて来た荷物を支えていた。恐らく数十キロはあると思われるが、その線の細さとは裏腹にアルトに辛そうな気配は無い。こう見えてもアルトは悠の鍛練を受けているのであり、見た目以上に筋力はあるのだ。


カストレイアの視界にはアルトしか映っていなかった。他の物もちゃんと見えているはずなのだが、脳がアルト以外のフォーカスを放棄しているようだ。


今、アルトの顔は憂慮に曇っている。返事が無いのでどこか怪我をしたのだと思ったのだ。


「どこが痛みますか? ちょっと見せて下さい」


荷物を戻し、カストレイアと真剣な表情で向かい合うアルトを見て――カストレイアの脳は溶けた。


「……だ、大丈夫、でひゅ……にゃんとも、ありましぇん……」


「嘘です、呂律が回ってませんよ? という事は頭かな?」


アルトの指がカストレイアの髪の中を滑り、その恍惚とした感触にカストレイアがビクビクと仰け反った。


「あふっ、くふっ!!」


「そんなに痛いんですか? ここも?」


「あひっ、はひぃっ!!!」


嬌声を上げるカストレイアを見て、アルト以外の者達は思わず顔を赤らめた。何一つ不健全な事はしていないのに、とてつもなく不健全な空間がそこに形成されていた。


「ち、チクショウ、カストレイアさんズリィよ!!!」


「あ、アタシらも参加出来ねぇかな!?」


「な、撫でられただけであんなに……」


「コラ、ガキは見るんじゃねえ!!! あれはお前らにゃまだ早え!!!」


「い、いいじゃんちょっとくらい!!」


「うわぁ……カストレイアさん、涎垂れてる……」


このままあと30秒もあればカストレイアは人前で見せてはいけない顔を衆人環視の中で披露する羽目になっただろうが(もう若干手遅れな気はするが)、幸か不幸かそうはならなかった。




「……テメェら、働きもせずナニやってやがる!!!」




放たれた怒号に、全員の背中に棒が差し込まれたかの様に一斉に立ち上がり、恐る恐るその声の主を振り返ると、そこには魔物モンスターも裸足で逃げ出すと思える怒りに満ちたルビナンテの姿があった。


「食糧が出て来ねぇと思ったら、テメェら裏で遊んでやがったのか? そんなに遊びてぇんならオレが遊んでやろうか!?」


「「「ごめんなさい!!!」」」


踏み付けた石畳に放射状にヒビが走るのを見た女性陣は腰を直角に折って謝ると、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの作業に戻って行った。残されたのは忘我状態のカストレイアとアルトだけだ。


「あっ、ルビナンテさん、カストレイアさんが大変なんです!!!」


「大変なのはテメェの頭ん中だろうが!!!」


それでもアルトだけはカストレイアが怪我をしたのだと信じており、その表情は真剣そのものだったが、ルビナンテはツカツカと近寄ると、手近にあった細長い野菜(ズッキーニに似た野菜)を手に取り、それが木っ端微塵になる勢いでアルトの頭を上から下にブン殴った。


「ぐはっ!?」


「怪我人がそんなに気持ち良さそうな顔するか!!! いいからサッサと働けっつってんだろうが!!! カストレイアはその辺に転がしておけ!!! いいか、次に何かあったらもっと硬えモンでブン殴るからな!!! 返事は!?」


「は、はい……申し訳ありません……」


「チッ、ったく、しっかりしろよな! ……やっぱりトモキの男らしさには……」


アルトが素直に謝ったので、ルビナンテは溜飲を下げて戻って行った。


「……僕、何か悪い事をしたんだろうか……」


そう呟くアルトだったが、当然野菜の汁に塗れたアルトの問いに答えてくれる者は誰も居なかったのである。

閑話的な話という事で少し羽目を外してしまいました。珍しくアルトが散々な目に遭ってます。この話で重要なのはルビナンテが街の住人に受け入れられている事と食糧を配布した事実だけです。可哀想なアルト。

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