8-36 進軍23
男の割合が多いダリオの手下と共に、智樹はテントが設営出来そうな場所にやって来ていた。
「……うん、ここならいいかな。ビリー先生にテントの作り方を聞いておいて良かった」
荷車を引く足を止め、智樹は背後から付いて来ていたダリオ達に向き直る。
「ダリオさんでしたね? それでは今から僕と一緒にテントを――」
「待て待て待て!!! こちとらテメェにゃ聞きてぇ事が山ほどあるんだよ!!! それに、なんで俺っち達が年下のガキの言う事を聞かなきゃならねぇんだっての!!!」
「え? ……でも、ダリオさん、多分ルビナンテさんより年上ですよね?」
「う、うっせーーー!!! 姐さんは強いからいいんだよ!!! テメェ俺っちの事舐めてんな!?」
「ダリオさん、そんなガキやっちまえ!!!」
「そうだそうだ!!! 姐さんにベタベタしやがって、許せねえ!!!」
「『剛腕』ダリオの力を見せてやれ!!!」
「参ったな……」
ダリオの怒りに周囲もヒートアップし、危険な雰囲気になり始めたが、100人ほどいそうな不良集団を前にしても智樹の反応は軽く眉を寄せるだけだった。残念ながら智樹に言わせれば、彼ら100人よりも怒っている時の悠の方が万倍怖いのだ。殺気だけで金縛りにする悠に比べれば、彼らの罵倒は小鳥の囀りと言っても過言では無かった。
「手伝って貰えないなら僕一人でやってもいいんですが、後でルビナンテさんに怒られませんか?」
「「「うっ!?」」」
智樹の冷静な一言は予想以上に不良集団の心を抉ったらしい。ルビナンテは慕われてはいるが暴君らしく、誰も彼もが一度はその拳を味わった苦い経験があるのだった。
「……お、おい、どうする?」
「ルビィの姐さん、怒ったらマジおっかねえんだよな……」
「お、俺、ブン殴られて3日寝込んだ事あるぜ……」
「俺なんて髪の毛掴まれたままブン殴られてハゲになった事が……うぅ、やっと生え揃ったのに……」
自分達の体験談を思い出し、不良集団は周囲の者達と悲惨な思い出話をし始めた。
「一緒に居て思いましたけど、ルビナンテさんは約束を破る人には容赦しないと思いますよ?」
畳み掛ける智樹に――智樹にはそんなつもりは無いが――、ダリオは若干顔を青ざめさせて反論した。
「い、今は姐さんの事は関係ねぇだろ!!! そ、それに、俺っちに言う事を聞かせたかったらテメェの力を見せてみやがれ!!! 自分より弱い奴になんざ、俺っちは従わねぇからな!?」
腕組みして言い切るダリオに周囲の不良達は尊敬の眼差しを送ったが、むしろそういう事であれば智樹としてもやり易い。
「そうですか……じゃあダリオさん、この中から力自慢の人達を5人くらい選んで下さい。ダリオさんも力には自信があるんですよね?」
「……マジで俺っち達とやるつもりか?」
「はい」
智樹の提案にダリオの目が細められた。智樹は一人なのに5人を指名して来たという事は、5対1でやり合うつもりだと理解したからだ。
「勝てると思ってんのか?」
「ルビナンテさん以上の力を示さなければ、ダリオさん達は僕の事を認めてはくれないでしょう? だったら、不利でもなんでもやるしかありません」
「……へっ、度胸だけは認めてやってもいいぜ。だが、俺っち達もハンパな覚悟で突っ張ってるワケじゃねぇんだ、手加減しねぇぞコラ!!!」
「僕も手加減はしません。……という事で準備しますね」
「あん?」
疑問符を浮かべるダリオをよそに、智樹は資材を詰めた『冒険鞄』の中から一番長く丈夫なロープを取り出し、その中間点に小さな布を結び付けた。様子を窺っている者達を尻目に智樹は直線になるようにそのロープを置き、地面に足で線を刻む。
「これでよし、と」
「おい、何してんだよ? ケンカすんだろ?」
「ケンカ? ……ああ、勝負はしますけど、殴り合いはしませんよ。そんな事をして5人も動けなくなってしまうのは困りますし」
殴り合いなら100%勝つと思っている智樹にダリオを始めとした不良達の額に血管が浮かんだが、智樹は恐れる事も無く説明を続けた。
「勝負は綱引きで決めましょう。ダリオさん達はその線から向こう側を、僕はこちら側からこのロープを引き合って、最終的にこの中間点より自分の陣地にロープを引き込んだ方が勝ちです。力を競うならこれで十分ですよ、すぐに終わりますしね」
「んなモン、俺っち達が負けるはずねぇだろ!!!」
智樹の提案した綱引きの説明を聞いて、ダリオは大声で怒鳴りつけた。聞いた限りではこの綱引きとやらには技術が入り込む余地が無い。5対1でやれば、当然5人の側が勝つに決まっているからだ。
しかし智樹も譲らなかった。
「これ以外では僕は勝負をしません。ルビナンテさんの仲間を傷付ける事は出来ませんから。そんな事をしてはルビナンテさんが悲しみます。やらないのであれば僕は一人でも作業を始めますよ?」
ルビナンテは笑いこそすれ悲しんだりはしないだろうが、有利な勝負を吹っ掛けられておいて逃げる事はダリオには出来なかった。
「……上等だぜ、地べたを引きずり回してやらぁ!!! おい、力に自信のあるヤツは前に出ろ!!! ちょっとこのガキを痛い目に遭わせてやれ!!!」
「俺がやるぜ!!!」
「俺もだ!!!」
ダリオに呼応して立派な体躯をした男達が名乗りを上げ、智樹の前に立ち塞がった。身長も当然の様に智樹より大きく、体重も倍近くはありそうだ。
「どいつも一人でもテメェの手に余る猛者揃いだぜ? 詫びを入れるんなら今の内――」
「ダリオさん、ダリオさん!!」
「んだようるせぇな!! ……ありゃ?」
得意そうに語っていたダリオが名を呼ばれて目を開くと、智樹は既に目の前には居らずロープの側でスタンバイしていた。
「ダリオさーん、早く始めましょうよー!」
「こ……このガキ、トコトン俺っちをコケにしくさりやがって!!! テメェら!!! 初っぱなから全力でやれよ!!!」
「「「おう!!!」」」
怒り心頭のダリオ達も智樹とは逆側につき、それぞれロープを手に取った。
「すいませんが誰か開始の合図と時間を数えて下さい。30数えて貰って、より多く引き込んでいる方が勝ちという事で」
「いいだろう、モカ、お前が合図しろ!!!」
「分かったよ兄ちゃん!!」
ダリオに呼ばれて前に出て来たのは智樹と同じか、それよりも年下と思しき少女であった。周囲の者と同じような格好はしていても、顔が童顔の為かどこか服に着られている印象を拭えない少女である。
「ふん! 兄ちゃん達相手にバカなヤツだな!! 5人掛かりで勝てるはず無いだろ!!!」
ダリオ達の勝ちを全く疑っていないモカを微笑ましく思い、それでも智樹は自分の想いを口にした。
「うん、とっても強そうなお兄さんだ。……でもねモカちゃん、僕も、僕を信じてくれる人が居るんだ。僕はその人に少しずつでも恩返しがしたいんだよ。だからごめん、僕は勝つよ。……これだけ不利な中でもし僕が勝てたら、僕のお手伝いをして下さい。お願いします」
どれほど力があっても智樹のスタンスは変わらなかった。智樹が相手を傷付けるつもりで戦う時、それは交渉の余地の無い相手と戦う時だけだ。気持ちが通じ合える相手ならば、たとえモカのような少女に対しても頭を下げるのである。
丁寧に頭を下げる智樹に、モカは少々鼻白んで応えた。
「な、なんだよ、腰の低いヤツだな……。ま、もし勝てるんならもちろん手伝ってやるよ!! 強いヤツに従うのがここのルールだからな!! そうだろ兄ちゃん!!」
「たりめーだ、男に二言はねえ!!」
「ありがとうございます、では始めましょう」
ニコリと笑い、智樹はロープを握る手に力を込めた。
「いっくぜー…………はじめっ!!!」
「「「うおおおおっ!!!」」」
モカが振り上げた手を下ろした瞬間、ダリオ達は本気でロープを引っ張り、智樹の足が地面を滑る。
「うわっとと……そっか、力で負けなくても摩擦が足りないや」
「どうしたどうした!!! 威勢が良かったのは口だけかよ!!! ヒャッハーッ!!!」
既に1メートル以上智樹を引き込んだダリオは有頂天になって叫んだが、それを見て智樹は不敵に笑い返し、片足を振り上げた。
「僕は最後まで諦めませんよ、本気でやる約束でしたしね。……はあっ!!!」
「「「げっ!?」」」
掛け声と共に行われた智樹の行動はその場に居た者達全ての度肝を抜くものであった。
気合い一閃で振り下ろされた智樹の足が膝近くまで地面にめり込んだのだ。地面に足という杭を打ち込む事で智樹はその場に固定されていた。
「ぐっ!? て、テメェら、力入れてんのか!?」
「い、入れてますよ!!!」
「ぐうぅッ、び、ビクともしやがらねえ!!!」
「ば、バカなっ!! 俺っち達5人とあんなガキ一人が拮抗するだと!?」
一方的だった綱引きの流れが変わった。ダリオ達がどれだけ力を込めても、智樹を引っこ抜く事は叶わなかったのだ。
「に、兄ちゃん!! あと5秒で兄ちゃん達の勝ちだぞ!!」
それでもこれまでに引き込んだ分があり、動かないだけではモカの言う通り智樹の負けである。
だから智樹は宣言通り本気を出した。
魔力を操作し、智樹は筋力上昇の能力を一瞬だけ全力で発動させ、叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
智樹の腕が筋張り、全身に稲妻の様な血管が浮かび上がる。ロープを握り潰さんばかりの力が湧き上がり、智樹の腕がグンと引かれた瞬間、ダリオ達の体は宙を舞っていた。
「どわあーーーッ!?」
5人纏めて引っこ抜いた智樹の膂力に野次を飛ばしていた不良集団も呆気に取られ、智樹の背後に放物線を描くダリオ達を見送った。
「ふう…………モカちゃん、時間はまだかな?」
「…………え? あ……し、勝負あり?」
たっぷり10秒間待ってから尋ねた智樹にモカはようやく現実に回帰し、判定を下した。
「よっと」
地面から足を引き抜き、土を払ってから智樹は地面で蠢くダリオ達の側まで歩み寄った。
「お怪我はありませんか?」
「な、何者だよテメェは……」
智樹に気付いたダリオが呆然と呟いたが、智樹は少しだけ苦く笑ってダリオに手を差し出した。
「ちょっと力が強いだけの一般人、トモキ・ミヤモトです。本当に僕にはこれしかありませんから。……これで手伝って頂けますか?」
あくまで真っ直ぐに視線を投げかける智樹に、ダリオは大きく溜息を吐くと、ニッと笑って智樹の手を取った。
「ルビィの姐さんより強いヤツを見たのは初めてだぜ。分かった、俺っちも今日からアンタの舎弟だ!!! トモキの兄貴って呼ばせて貰うぜ!!!」
「え? ……あ、いえ、いいです……」
何かのスイッチが入ったかのように目を輝かせるダリオに智樹は控えめに拒絶したが、残念ながら誰も聞いてはいなかった。
「トモキの兄貴っ!! スゲェや、兄貴ってムチャクチャ強えーんだな!! アタシ、強え男が好きなんだよ!! アタシを兄貴の嫁にしてくれ!!! いいだろ兄ちゃん!?」
「ダッハッハッ、いいぜ!! 俺っちより強けりゃ文句ねぇよ!! 兄貴みてぇに強いガキを一杯産むんだぞ?」
「分かってらあ!!! ナッハッハッ!!!」
智樹の実力を目の当たりにしてすっかり惚れ込んでしまったモカが智樹に抱き付きながらおねだりし、ダリオも笑って受け入れたが、当の智樹の目は死んでいた。
「みんな……僕の話を聞いてよ……」
引きは強いが押しには弱いというオチが付いたのかもしれない。
閑話的なのでもう一話。もう一つ、アルトサイドの話は明日に。
しかし、ルビナンテがこっちに来てなくて良かったね、ダリ男。




