8-35 進軍22
ルビナンテが言った通り、食事は貴族の物と言うにはかなり貧相であった。
「フォロスゼータに兵士を送る時に食糧もかなり持って行かれちまったからな。侯爵なんて言っても貧乏なアライアットじゃこんなモンさ」
「温かい食事が頂けるだけで十分ですよ。ね、アルト君?」
「はい、戦争中に贅沢なんて言えません」
普段は恵の極上の料理を食べている為、子供達の舌は非常に肥えているが、悠は食事のマナーに関しては厳しかった。食べるというのは命を頂く行為であり、特に好き嫌いなどは許されない。アレルギーや宗教上の制約が無い限り、自分に出された分は全て平らげるのが食卓のルールである。好き嫌いの多い小さい子供達にとっては中々厳しいルールだが、そこは恵が腕を振るう事で補っている。
その反面、使う食器に対するルールは殆ど無い。それは文化の違いであり、無理矢理矯正すべきでは無いと考えたからだ。スプーンやフォーク、ナイフ、箸など、皆が思い思いの食器で料理を楽しんでいた。
貴族の人間と食事をする事を考え、週に一度程度テーブルマナーを必要とする食事も食育の一環で設けられており、子供達にとってはそちらの方が苦労したと言えるだろう。ミーノス式、ノースハイア式に加え、ハリハリによってエルフ式まで内容に組み込まれているのだから、堅苦しいのが苦手な京介や神奈には週一くらいで勘弁して欲しいというのが正直な感想である。
アライアット式は知らなくても、人間のテーブルマナーにそんなに大きな差があるはずも無く、出されている食事も形式ばった物では無いので智樹とアルトには不安は無かった。
「でも、領主であるルビナンテさんがこの様子だと、一般市民の方はもっと切り詰めているんでしょうか?」
「ああ。……今にして思えば、オヤジが搾取してたんだろうな……。オレが領主代理になってからは徴発はしてねぇけどよ、ただでさえ豊かとは言えねぇんだ、どこかから食いモンが湧いて出て来るワケじゃねぇんだから苦労してるだろうな」
「そうですか……それだと不味いな……」
智樹はしばし考え込み、隣のアルトに向き直った。
「……アルト君、持ってきた食糧の一部を街の人にも分けよう。流民の人達を保護しても、彼らばかりが施されていては元の住人の人達は面白く無いと思うんだ」
「ならば交換条件として提示しては如何でしょうか? 流民を受け入れてくれる代わりに食糧を施すという事にすれば軋轢を減らせると思います」
「そうだね、両方に旨味のある提案にした方がいいかな。ルビナンテさん、この街の人口はどのくらいですか?」
「え? じ、人口?」
矢継ぎ早に交わされる智樹とアルトの会話に口を挟む余地を見い出せ無かったルビナンテは智樹の質問に必死に記憶を漁った。
「た、確か……3万……いや、聖神教派の兵士と信者が抜けて、2万5千……か、な?」
たどたどしく述べるルビナンテの言葉に智樹は頷いた。
「ほぼ予想される流民と同数程度ですね。ならば食糧の半分を住民に施す事にしましょう。幸い、10日分くらいはありますから、ルビナンテさんはそちらの指揮をお願いします」
「ま、待ってくれ、オレはそんな事はした事ねぇんだぜ!? どうやったらいいのか分かんねぇよ!!」
「ならばアルト君に草稿を作って補佐して貰います。アルト君、貴族の君が一番この中で経験豊富だと思うんだ。頼めるかな?」
取り乱すルビナンテを思いやり、智樹はアルトに補佐を頼んだ。
「お引き受けします。これまでの家臣団は現状を見るに頼りにはならないでしょう。トモキさんは?」
「僕はテントを張るよ。疲れ果ててやって来る流民の人達に少しでも早く休んで貰いたいから。ルビナンテさん、少し人手を貸して頂けませんか?」
「構わねぇけど……オレが言うのも何だが、あんまりガラのいい連中じゃねぇぞ? オレが見てなかったらトモキが不愉快な思いをするかもしれねぇし……い、一緒に居た方がいいんじゃねぇか!?」
暗に自分の側に居た方がいいとさり気なく(?)匂わせアピールするルビナンテだったが、智樹は首を振った。
「僕達は悠先生にここを任されました。それなのに自分の安全にばかり気を払ってはいられません。自分で説得しますので、心配しないで下さい」
にこやかに諭されてはルビナンテに反論する術はなく、傍からそれを見ていたアルトはルビナンテを気の毒に思ったが、だからと言って優先順位を履き違えるような出過ぎた真似はしなかった。アルトはアルトで前回の汚名を返上する為に励まなければならないのだ。
「そ、そうか……じゃあこっちが終わったら手伝いに行くぜ!! トモキほどじゃねぇけど、オレも力には自信があるからよ!!」
「領主自らですか? それは周りの方が止めるんじゃ……」
「セロニアスも居なくなって煩く言うヤツは居なくなったから大丈夫だって!! 人手はいくらあっても足りないだろ!?」
必死に言葉を重ねるルビナンテを見かね、アルトが少しだけフォローの言葉を加えた。
「領主であるルビナンテさんが率先して働いているのを見たら、他の方の感情も和らぐと思います。手伝って貰ってもいいと思いますよ?」
「そっか……うん、ルビナンテさんを酷使するのは心苦しいけど、こんなにやる気になってくれているんだからお願いしようかな?」
「ま、任せとけよ!!! ……しゃっ!」
フォローしてくれたアルトに目で礼をして、ルビナンテは小さく喜びを表した。そんなルビナンテを見て、やっぱりいい人だなとズレた感想を抱く智樹なのであった。
きっかり一時間後にはルビナンテの子飼いのメンバーは屋敷の中庭に集合していた。皆一様に若く、中にはまだ成人していない者も多分に混じっているようだ。共通する特徴としては服を着崩しており、髪形も思い思いに自由に弄っている事だろう。良識のある大人であれば眉を顰める格好であるが、体力勝負の仕事では頼りになりそうではあった。
簡易的な台の上に立つルビナンテは堂々とその視線を受け止め、口を開いた。
「仕事だテメェら!!! 今からこのヘネティアにフォロスゼータを追い出された奴らがくっからよ、半分はオレとこの街の奴らに食糧を渡すのを手伝え!!! 残り半分は外壁に沿ってトモキとテントを作れ!!!」
「あ、姐さん、突然何言ってんスか!?」
「そ、そうですよ!!! ちゃんと説明して下さい!!!」
男衆を纏めるダリオと女衆を纏めるカストレイアの両方から説明の嘆願が出されたが、ルビナンテの説明は簡潔だった。
「オレ達メルクカッツェは今日から聖神教上等だ!!! クソッタレのセロニアスはブッ殺したし、戦争が終わるまで戦えねえ奴らはこの街で預かる!!! 文句あんのか!?」
何故そうなったのかや、どういう経緯でセロニアスを殺したのかという話は一切無いそれは単にルビナンテの決意表明であったが、ルビナンテの殺人的な眼力を受けてもっと詳しい説明を求める事が出来る勇者は存在しなかった。
「「あ、ありません……」」
「だったら早く動きやがれ!!! ダリオ、お前はテント、カストレイアは食糧配布だ!!! モタモタしやがったらオレの拳の硬さを思い出させてやる!!! サッサと始めろや!!!」
「「「は、はいっ!!!」」」
「じゃあルビナンテさん、アルト君、また後で」
「はい、こっちが終わったら僕も手伝いに行きますので」
「すぐに駆け付けるからよ!!!」
既に資材と食糧に分けられた荷車をそれぞれ手に掛け、未だ混乱中のルビナンテの子分達を尻目に智樹とアルトはそれぞれの仕事に分かれて歩き出したのだった。
お盆休みに入るので、久々に一日2話とか更新したいですね。




