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8-34 進軍21

「お疲れ様です、トモキさん」


「うん……」


沈痛な雰囲気で戻って来た智樹に、アルトは精一杯の誠意を込めて頭を下げた。『異邦人マレビト』の事情を良く知るアルトは、基本的に『異邦人』が争いを好まない善良な人間だと理解している。その中でも特に智樹は持っている力に反して暴力に対する忌避感を強く持っており、体を鍛える事には積極的だが、他人を傷つける事には否定的である。他人を救う医者という職業を志している智樹に純粋な格闘系能力しか与えられていない事にアルトは運命の皮肉さを感じ取っていた。


「……年上なのにいつまでも不甲斐無い所を見せられないね。アルト君、流民用のテントを作る為のロープが沢山あったよね? とりあえずこの人達の手を縛ろう」


「トモキさん、僕がやりますから休んでいて下さい。……見ていて、僕も辛いです……」


蒼白な智樹の顔色を見て、アルトはルビナンテに聞こえない様に囁いたが、智樹は少しだけ笑顔を見せ、首を振った。


「悠長な事はしていられないよ。じきに流民の人達がやって来る。僕は大丈夫だから」


「トモキ……悪い、街の事はオレに任せろって言っておいて……」


「悪いのはあの人でルビナンテさんじゃないですよ。さぁ、ルビナンテさんもこのロープで手を……」


ルビナンテにも捕縛用のロープを差し出した智樹だったが、ルビナンテはロープを取らず、智樹の手を取った。


「ルビナンテさん?」


「……震えてるじゃねぇか……」


いくら隠しても心の動揺はそう簡単には隠せなかったようだ。智樹の手は小刻みに震え、その時初めて自分がそうなっている事に気付いた智樹は少し困ったように、笑った。


「ハハ……すいません、僕、今日初めて人を殺したんです。口では色々勇ましい事を言っておきながらこんな有り様で……格好悪いですね」


痛々しい笑顔を見せる智樹にルビナンテは胸が張り裂けそうな痛みを感じ、握った手に力を込めて言った。


「そんな事ねぇよ!!! ……オレは強いってのは、単純に戦って強いって事だと思ってた……。だけど、トモキはこんなに強いのに、勝っても全然嬉しそうじゃねえ……それでも、戦う事から逃げなかったじゃねぇか!!! 上手く言えねぇけど、オレはそういうのって、その……カッコイイと思うぜ!!」


ルビナンテは上手く言葉で言い表せない事にもどかしさを感じていたが、智樹は握った手から伝わってくるルビナンテの気持ちに、笑顔から痛々しさを薄れさせた。


「……ありがとうございます、ルビナンテさん。少し気分が軽くなりました。やっぱり、ルビナンテさんはいい人ですね」


智樹は空いている手でルビナンテの握っている手を包み、感謝の言葉を口にしたが、ルビナンテはようやく自分が智樹の手を握り締めていた事に気が付いたようで、顔を真っ赤にして目を逸らした。


「はぁ? ば、バカ、いい人はトモキの方だろ!? あんなヤツ相手に落ち込むなよ!! 敵討ちも出来たんだしよ!!」


それでも自分からは手を放さないルビナンテである。


「一件落着、かな?」


余計な茶々を入れたりしない、空気の読める人間であるアルトは一人黙々と兵士を縛りつけていたのだった。




ヘネティアの中にもまだセロニアスについた兵士は存在したが、他の兵士が捕縛されているのを見て反抗を諦めたようだった。まだ反抗してくるようなら、今度は全員自分が斬るつもりでいたアルトにしてみれば手間が省けて助かったと言えるだろう。


アルトには智樹ほどの殺人に対する忌避感は無い。それはやはり倫理観の違いが大きいからであり、身を守る為であれば殺すのもやむなしという世界で生きているからだ。この一事は智樹よりアルトの方が悪人であると意味するものではなく、文字通り住む世界が違うからである。例に挙げれば地球であっても全ての国が日本の様に平和では無いのだ。


それはさておき、外の状況を大多数の者達は知らなかったらしい。セロニアスは外の見張りを全員自分の息の掛かった者で固め、情報を遮断していたのだ。その点はセロニアスも無能では無い証拠になったのだろうが、最後の詰めを誤った為に全てを台無しにしてしまったのでは一流とは呼んで貰えなかっただろう。


「「姐さん!!!」」


街に入った智樹達を迎えたのはルビナンテと色違いの軍服もどきを身に纏い、独創的な髪形をした男女であった。


「おう、ダリオ、カストレイア、今戻ったぜ」


「おうダリオ、じゃねぇっスよ!!! 俺っちがどれだけ心配した事か……!」


「絶対出て来るなって言うからアタイらずっと待ってたんだぜ!? 外を見に行こうとしてもあのクソッタレのセロニアスの野郎が見張ってるしよぅ!!!」


「今日帰って来なかったら、メンバー全員に集合掛けて無理矢理にでも姐さんを探しに行くつもりだったんスからね!!!」


「うっせーな、こうしてちゃんと帰って来たんだからグダグダ抜かすんじゃねぇよテメェら!!! んな事よりも客人だ、愛想良くしやがれ!!!」


「「客人?」」


ルビナンテしか目に入らなかったダリオとカストレイアは、そこでようやく捕縛した兵士達の縄を握る智樹とアルトに気が付いた。


「トモキとアルトだ」


「初めまして、智樹です」


「アルトです」


「……何スかコイツら?」


「どっちもまだガキじゃ……イッ!?」


不審人物を品定めするかのように……というよりは一般人に因縁をつけるヤンキーのように眉間に皺を寄せ目力を入れるダリオとカストレイアだったが、2人の逆立った髪の毛を背後からルビナンテが鷲掴みにした。


「……おい、オレがちょっと目を離しただけでテメェらオレの言葉を理解出来なくなっちまったのか? この2人にゃオレは随分世話になったってのに、テメェらは上等かましてオレの顔に泥を塗ろうってのかよ……あ゛あ゛ッ!?」


「「滅相もありません!!! ヘネティアへようこそ!!!」」


ルビナンテが本気でキレ掛けていると悟ったダリオとカストレイアは髪の毛を引っ張られ、つま先立ちになったまま泣きそうな笑顔で――それを見た子供が、という意味でもある――智樹とアルトに歓迎の挨拶を述べた。


「ルビナンテさん、放してあげて下さい。この人達もルビナンテさんの事を心配してくれていたんですから。そんな時に見知らぬ顔があったら警戒するのは当然です」


「……ちぇっ、トモキがそう言うなら、まぁ……つっても、次はマジで髪の毛を頭皮ごと毟るからな?」


悶絶ものの腹パン数発程度は覚悟していたダリオとカストレイアはルビナンテが智樹の言葉に従って簡単に手を放したのを信じられないといった目付きで見つめていた。


「ど、どうしちまったんだ、姐さん……」


「し、知らねぇよ!! だけど、姐さんがあのトモキってヤツを見る目は……まさか!?」


腐っても女の勘が働いたのか、カストレイアは智樹と話すルビナンテの目が他の者を見る目とは違う事に気が付き、ガクガクと震え出した。


「おい、まさか何だよ!?」


「ゆ、許さねぇ、許さねぇぞアタイは……! 姐さんにはもっと相応しい奴が――」


「いつまでもグダグダとダベってんじゃねえ!!! この兵士共は全員牢屋にぶち込んどけ!!! それと、1時間後にメンバー全員オレの家に集合するように声掛けとけ、いいな!!!」


「「は、はい!!!」」


ダリオがカストレイアに尋ねる前にまたもルビナンテの怒号が響き、ダリオとカストレイアは直立して敬礼し、すぐさま作業に掛かったのだった。


「悪ぃな、オレのツレはバカばっかりでよ。とりあえずメシにしようぜ。急いで来たから何も食ってねぇもんな。動くのは俺の手下が集まってからでいいだろ?」


「そうですね……人数が居た方が効率はいいと思います。ちょっとだけお邪魔させて下さい」


「朝から歩き詰めでしたからね。御馳走になります」


「ハハ、言っとくけどそんなイイモンは食ってねぇから遠慮はいらねぇよ。付いて来てくれ」


捕縛した兵士を引き渡し、肩で風を切って先に進むルビナンテに智樹とアルトもその後ろに付いて再び歩き出したのだった。

チンピラーズ(仮名)のダリオとカストレイア。特攻隊長と親衛隊長みたいなものです。カストレイアは割と乙女と見た。

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