8-33 進軍20
グロです。残酷表現が苦手な方はお気を付け下さい。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ……!!!!!
大気を振動させる轟音に兵士達は飛びかかろうとしていた事も忘れて立ち竦んだ。
それはまるで現実感の無い光景であった。霞む智樹を中心に、恐ろしい速度で旋回する鉄球が小型の竜巻となって荒れ狂っているのだ。最初に飛び掛かった兵士達が次々と遠くの地面に降り注ぐ音が伴奏の様に智樹の威容に華を添えた。
「あんなデケェ鉄球を、紐を振り回すみてぇに……」
「トモキさんが本気を出したら普通の人間では相手になりません。普段はユウ先生以外では簡単に止められないのでその本気を見る事はありませんけど、トモキさんはごく稀な2つの能力を持つ超人です。筋力上昇と物理半減という、純粋格闘能力を解放したトモキさんには僕も確実に勝てるという手段が浮かびませんから。お世辞では無く本当に強いんですよ、トモキさんは」
智樹の力を知っていたつもりのルビナンテすら呆然とする中、アルトは改めて智樹に尊敬を抱いていた。
人間は脆い生き物だ。体のどこを切っても血は出るし、傷は小さくても痛むのだから。硬い外皮も無く、鋭い爪牙を持たない人間はそれを道具で補った。金属を装備する事で、人は一段上の存在になる事が出来たのだ。
だが、それもあくまで常識的な範疇での話である。剣や槍は薄い鉄板でも防ぐ事は出来るが、時速数百キロで回転する鉄塊を一体誰が防ぐ事が出来るのか?
今の智樹の攻撃力を前にしてはサイサリスですら危うい。頭にでも当たれば、その瞬間に爆散してしまう事は想像に難くない。ましてや人間など、フル装備に固めていようと紙の装甲を身に纏う藁人形よりも頼りない存在である。
戦闘である以上どうにかして智樹を止めるしか無いのだが、普通の人間にはその手段が無い。近寄る事など当然出来ないし、回転する鎖は傘となって智樹を守っているのだから。矢など撃っても弾き飛ばされるだけである。
悠であれば、初速が乗る前に鎖を掴む事で回転を止める事も出来ただろう。またバローやシュルツであれば鎖を断ち切る事も出来たかもしれない。そしてハリハリなら?
「お、おのれぇっ!! 『異邦人』如きが生意気な!! おい、近寄れんのなら魔法で攻撃しろ!! 『電撃』だ!!」
そんな中にあって、セロニアスはまだ冷静であると評価されても良かっただろう。炎や氷ではあの防御幕を突破出来ないと判断し、即座に金属に有効な電気を選択したのも及第点を取れる回答である。
しかし、ハリハリならばその選択肢は決して選ばなかったに違いない。
その答えを思い知らせる為に、あえて智樹はその場に静止して鉄球を回し続けた。
蠅が止まりそうな詠唱を無表情で待ち続け、遂に智樹に向かって魔法が放たれる。
「「「『電撃』!!」」」
幾条もの電撃が智樹に向かって放たれ――電撃は鉄球に吸い込まれた。
「な、何ぃっ!?」
帯電し、光を放つ鉄球を見てセロニアスは動揺を隠せなかった。確かに電気は通っているはずなのに、智樹には一切痺れた様子が見られなかったからだ。
龍鉄は不導体である。非常に高い電気抵抗値を持ち、それのみならず熱や冷気、衝撃や腐食にも強い完全な金属なのだ。あらゆる攻撃手段を持つ龍と渡り合う為に蓬莱の軍が正式装備として配給していた理由も分かろうというものだ。
では、何故帯電しているのかと言えば、それは悠の進言であった。
「単純に弾き飛ばすだけでは防電対策としては不十分だ。逸らした電撃が味方に当たらないとも限らん。電気を誘導する構造にする方がいい」
智樹の星球棍に付いている棘は龍鉄では無く後から打ち込まれた神鋼鉄であり、更に表面に溝を掘って伝導体になる金属を流し込んで作られている。棘によって電気を誘導し、伝導体の金属の道を流れ続けているからこそこうして帯電しているのである。
その溜まった電気の排出方法も至ってシンプルな形で行われる。
「はあっ!!!」
横回転から縦に切り替えられた鉄球が地面を叩くと、数人分の『電撃』の魔法は地面を走り、近くに居た兵士達の体を駆け巡った。
「アギャバババババッ!?」
最も近くに居た兵士が一番悲惨だった。電気とは通りやすい場所に集中するものであり、『電撃』の大部分の威力を受ける事になった兵士の目玉が沸騰して弾け飛び、意識を飛ばして痙攣しつつ地面に倒れ伏した。
ハリハリならばこう言っただろう。
「詠唱して使って来る魔法が分かっているのに動かない事にもっと違和感を持つべきですね。ワタクシなら地面に干渉してトモキ殿の足場を崩しますよ。金属に電撃とは定石ですが、だからこそ対策されている可能性を考えないと。思考が固い魔法使いなど百害あって一利なしです、ハイ」
地面にめり込んだ鉄球を強引に引き戻し、再び回転運動を開始した智樹がセロニアスに向けて迫る。
「と、止めろ、止めんかぁっ!!!」
兵士達をけしかけつつ、セロニアスは慌てて背後に下がったが、それは智樹の圧力に屈した反射的な命令に過ぎなかった。セロニアスはこれまで殺してきた『異邦人』の力から智樹の力を見積もっていたのだが、智樹の力はセロニアスの想像を遥かに超えていたのだ。
引く事も許されない兵士達が逡巡している間に、鉄球は彼らの命を捉えた。
ビシャッ!!!!!
鈍器で人間を叩く音とは思えぬ音が響き、兵士の体が千切れ飛ぶ。まるで至近距離で爆撃を受けたかのように降り注ぐ人体に兵士達の士気は崩壊した。
「ひえぇ……か、敵うワケねえ!!」
「ど、どうすんだよ!? セロニアス様について行けば俺達は安泰だったんじゃ無いのか!?」
「こ、殺される……!!!」
兵士の心が折れたと察した智樹が大声で叫ぶ。
「邪魔する気がないならどけぇっ!!!」
命令系統と命を天秤にかけ、容易に後者に傾いた兵士達は即座に回れ右し、智樹の殺傷圏内から大きく距離を取る。
「ば、バカ共が!!! どの道負けて捕まれば処刑されるだろうが!!!」
「邪魔をしなければセロニアス以外は命だけは助けるように嘆願してやる!!! それが飲めないならここで全員殺す!!!」
一瞬兵士の心が傾き掛けたが、続く智樹の言葉で今度こそ継戦の意志を完全に捨て去り、それを示すように手にした武器も捨て去った。
智樹は吐き気を懸命に堪えていた。力で脅し、汚い言葉を吐いて人を傷付けるのは智樹にとっては苦痛でしか無く、その気分の悪さを視線に乗せてセロニアスを睨んだ。
「最低の人間になった気分だよ……悠先生が僕達にこんな事をさせたくなかった気持ちが痛いほど理解出来た。悠先生は、僕達の代わりにいつもこんな思いをしていたんだ。戦いに無理矢理駆り出された『異邦人』の皆も!!! こんな事を楽しんでやれるのは人間じゃない!!!」
「か、勝手な事を!!! 攻めて来た人間を殺して何が悪い!? 貴様ら『異邦人』さえ居なければ我らは平和に暮らせたのだ!!! 貴様らこそが悪なのだ!!!」
「だからって、それが笑って子供を殺す理由になってたまるかーーーーーッ!!!」
智樹が力を込め更に鉄球を回す速度を上げると、それは最早人間に視認出来る速度では無くなり、空気を引き裂く回転音だけが辺りに木霊した。
「くっ!? わ、私がこんな場所で死ねるか!!!」
智樹の殺意に怯み、セロニアスはその場で踵を返して逃走に移ったが、智樹はそれを見ても追い掛けたりはしなかった。代わりに、十分に狙いを定めてから星球棍から手を放した。
回転運動から水平移動に移行した星球棍は隕石の如く宙を走り、逃げたセロニアスに追いつき――追い越した。
「……あ……?」
あまりにも一瞬の出来事だったのでセロニアスは最初、星球棍が狙いを外し、自分の近くを通り過ぎたのだと思ったが、そこから一歩進んだだけで体は前のめりに倒れた。
「うぐっ!? お、おのれっ、この借りはいつか必ず…………えっ?」
すぐに上半身を起こし、服の汚れを払おうとしたセロニアスは自分の手が腹にめり込み、何かぬるぬるとした温かい物に触れた事でようやく自分の体に何が起こっているのかに気が付いた。
「あ……あ、ああああああががががががががげげげげげゲゲゲゲッ!!!」
智樹の星球棍は的を外してなどいなかったのだ。それはセロニアスの体の中心である腹を貫通し、腹腔内の全てを吹き飛ばしていたのだった。セロニアスが触ったのは、千切れてぶら下がる自分の胃だったのである。
認識したせいでセロニアスを襲う発狂するような痛みにセロニアスは断末魔の虫の様にもがき苦しんだ。千切れた胃から逆流した血液が遅れて口から溢れ、絶叫をますます意味不明で不明瞭な物に変えていった。
「……頭を吹き飛ばしたら痛みを感じる間もなく即死してしまうから、絶対に助からず、尚且つ出来るだけ長く苦しむ場所を撃ち抜いたよ。この寒さなら血管が収縮して出血も弱まるだろうから、多分まだ1時間くらいは死なない……いや、死ねないよ。気が狂わんばかりの痛みと絶望をあなたも味わうといい。それは、死んで行った『異邦人』の痛みだよ」
それだけ言うと智樹はセロニアスに背を向け、もう振り返る事は無かった。
大人しい人間は怒らないのでは無く、怒りの認定ラインが高いだけです。そしてそれは酷くはっきりとした線であり、放出される時は大変激しいものになります。
智樹に人殺しをさせるのは私としても大変迷いましたが、智樹が絶対に許せないと思う一線を越えたと判断してこの様に描写させて頂きました。
他にも色々言いたい事はありますが、それは文中から読み取って頂ければと思います。




