8-32 進軍19
各地で似たようなやり取りが交わされ、流民達が一斉にヘネティアを目指し始めた頃、智樹一行は既にヘネティアにほど近い所までやって来ていた。
「トモキはスゲェな、本当に一人でここまで運んで来ちまうなんてよ!」
「僕の取り柄は力と打たれ強さだけですから」
「そんな事ありませんよ、トモキさんは誰かが怪我をした時には治療もしてくれますし。ユウ先生以外に医療知識があるのはトモキさんだけです」
智樹としては全てにおいて優秀なアルトに持ち上げられるのは年上として恥じ入る物を感じていた。しかも、その医療知識は本来の世界から持ち込んだ物であり、この世界に存在する物では無いのだから、何となくズルをしている気分なのだ。しかし、アルトはそう正直に言っても意見を変える事は無かった。
「そうであったとしても、それはトモキさんが自分で勉学に励んで手に入れた力なんです。その力が誰かの助けになっているなら後ろめたく思う必要なんて全くありませんよ」
「……本当に聡明だね、アルト君は。アルト君の周りに人が集まる理由が良く分かるよ」
物事の本質を理解して考えを述べるアルトを智樹は眩しそうに見やった。今でさえ限りなく完全に近いのに、このまま大人に育ったら一体どれほどの傑物になるのか、智樹には見当も付かない。きっと偉人の世に出る前の姿とはこういうものなのだろうなと漠然と思うだけだ。
「アルトみてぇな貴族だったらオレでも上手くやって行けそうだな! 早く家を継いじまえよ」
「気が早いですよ、ルビナンテさん。まだ僕は成人もしていないんですから。それに、もっとユウ先生から教えて頂きたい事が沢山あるんです。この前みたいな醜態を晒している現状ではとても父様の跡継ぎにはなれません」
「アルト君の父上はミーノス王国の公爵家の当主で宰相閣下なんです。実質的なミーノスのナンバー2なんですよ」
「へえ!! ウチは侯爵家だからアルトの方が大分上だな!!」
「僕の爵位じゃありませんから。今当主をされているルビナンテさんの方が上です」
ところで、男性に免疫が無さそうなルビナンテがハイスペックの極みとも言えるアルトと気さくに接する事が出来ている理由は3つある。
一つは何と言っても初対面時の性別の取り違え事件である。あの出来事のせいで、ルビナンテの中ではアルト=女っぽいヤツという失礼な図式が出来上がっており、男として見ていない節があった。
そして第二にアルトが智樹に対して敬意を払っていると感じたからだ。アルトは生まれを誇示する事も無く、決して智樹を軽く扱ったりはしない。それはアルトの中では当然なのだが、碌でもない貴族ばかり見て来たルビナンテにとって、それは新鮮で好ましく映った。
そして第三の理由、これが最大の理由だが、先に智樹と出会ったからだった。この理由を詳細に語るのは非常に野暮な事なので割愛するが、これらの理由によってルビナンテはアルトの事を「年上の人間を立てる、礼儀正しい気のいいヤツ」と見なしているのであった。
「ま、戦争が終わっても仲良くやろうぜ。手合わせやケンカならいいけどよ、もうお前らと殺し合いはしたくねぇよ」
「それは全く同感です。せっかくこうして知り合えたんですから、これからも仲良くして下さい」
そんな2人の様子を智樹は微笑ましく眺めていた。ある一定の年齢以下ならば、こうして相手を妙なフィルター無しで分かり合えるのだ。或いは悠もこういう効果を期待してアルトの同行を許した面もあるのかもしれないと智樹は思った。
「悠先生なら必ずそんな世界を実現して下さいますよ。微力ですが僕も自分の役目を果たしたいと思います。ルビナンテさん、どうかご協力をよろしくお願いします」
「任せとけって!! オヤジが居ない今、ヘネティアでオレに逆らうヤツなんざ居ねぇからな!!」
自らの胸を叩いて請け負うルビナンテに(ちなみに軍服もどきの前はしっかりと閉じられている)、智樹も頷き返したのだった。
「こりゃどういう意味だセロニアス!? 場合によっちゃあその陰険ヅラもぎ取ってやんぞコラァ!!!」
いきなり暗礁に乗り上げそうな気配に、背後に控える智樹とアルトは眉を寄せて顔を見合わせた。ヘネティアに到着するなり中から大量の兵士が湧き出し、3人を取り囲んだのだ。
「勝手に出て行って当主気取りですか? 全く、ゾアント様が見たらさぞお嘆きの事でしょう。……我らはお前の様な凶暴な女を当主とは認めぬ!! 真にアライアットの今後を憂う者として、他の貴族の方と合流させて頂く!!」
一斉に武器を構える兵士達を見て、ルビナンテの額に血管が浮かび上がった。
「……そうかよ、オレを裏切るってんだな?」
「そういう事です。少しでも頭の働く人間であればメルクカッツェを見限るのは自明の理。もっとも、貴様の様な短慮なバカには分からんのだろうがな!!」
「上等だぜ……ブッ殺してやる!!!」
「あ、ちょっと待って下さい」
飛び出しかけたルビナンテが智樹の一言でつんのめり、危うく転倒しそうになった所を智樹が支えた。
「な、なんだよトモキ、相手は多いんだ、先手必勝でちょっとでも数を減らしておかねぇと……」
「いえ、それはどうとでもなるんですけど、あのセロニアスっていう人は誰です?」
この死地にあって全く取り乱さず、冷静に問い掛ける智樹に威勢を削がれ、表情の選択に迷いながらもルビナンテはその質問に答えた。
「あいつはオヤジの片腕だったヤローだよ。根性がひん曲がってていっつも汚い事ばかり考えてやがる。昔からいけ好かねぇヤローだったが、トモキの話を聞いて真っ先に帰ったらクビにしようと思ってたクズさ。『異邦人』を効率良く殺す策を練ってたのはコイツだからな!」
その言葉に智樹の眉がピクッと跳ねた。
「そうですか……あれが皆の仇なんですね……」
「トモキさん、どうしますか?」
ゆっくりと剣を抜いて油断無く周囲を警戒しながら問い掛けて来たアルトに、智樹は静かな口調で言った。
「アルト君、あの男は僕が倒す。アルト君はルビナンテさんを守って」
「それは……いえ、分かりました。攻め手をお願いします」
智樹の語気の鋭さにアルトは途中で言葉を止めた。穏やかな智樹にも、数少ない決して譲れない物があるのだろう。これは智樹の戦いなのだ。
「バカバカしい、子供一人で何が出来る?」
肩を竦めて侮蔑の言葉を口にするセロニアスに、智樹は真っすぐ視線を固定して言い返した。
「女性一人に任せて街の中で震えている様な女々しい人間相手なら何だって出来るよ。ユウ先生が居ないから安心して出て来たんだろうけど、あなたの様な下衆な人間に殺された人々と、そして仲間の『異邦人』の仇を討たせて貰う!」
「『異邦人』だと? ……ふん、そうか、貴様はその生き残りという訳か。だが、所詮異邦人など少々腕が立つ程度のガキに過ぎん!! この50人からなる精兵を相手にガキ一人で何が出来る!? 安心しろ、すぐに他のガキ共の後を追わせてやる!! 貴様の手足を斬り落とし、動けなくしてからルビナンテともう一人のガキが無残に殺されるのを眺めているがいい!! ハハハハハハハハハハ!!!」
「そう……悔い改める気は無さそうだね……とても、残念だよ」
セロニアスが自らの行いを全く恥じていない事に哀切を滲ませ、智樹は持っていた『冒険鞄』を開き、自分専用の武器を取り出した。
ジャララ……
智樹が取り出したのは星球棍である。鈍い棘の生えた鉄球が50センチほどの棍に鎖で繋がれているのだが、その鉄球の大きさも鎖の長さも異常であった。
人の頭ほどもある鉄球を地面に転がしてもまだ余るほどに鎖が長いのだ。これでは普通の人間ではただの重りにしかならないだろう。
「ルビナンテさん、あの人達の命は保証出来ませんがよろしいですか?」
「構わねえ。どの道コイツらはここで生きてても後で必ず処刑する。遅いか早いかの違いしかねぇよ」
「済みません。……悠先生、せっかく悠先生が僕達に手を汚させまいと苦心して下さいましたが、僕は今日、今から人を……殺します。鍛練で培った力を人殺しに使う僕を許して下さい」
空を見上げ、智樹はその先に居るであろう悠に心から深く詫びの言葉を口にした。悠が人間同士の殺し合いに子供達を連れ出さなかった最たる理由は、既に子供達の力ならば容易に人が殺せるからである。親許に返す前にその様な事を自衛以外でさせたくないと悠が願っていたのは智樹も十分に知悉しているが、相手の数は手加減出来る数では無いし、だからといってアルトとルビナンテだけに殺人を押し付けるのはどう考えても卑怯だった。
加えて、セロニアスは『異邦人』にとって仇敵なのだ。今ここにただ一人存在する『異邦人』の自分が戦わない訳にはいかなかった。
「この世界では15で成人だったな……。じゃあ、僕ももう子供の泣き言は言えないんだ。死にたくないなら消えなよ」
腰を落として構える智樹と武器の異様さに兵士達は思わず一歩下がったが、セロニアスが怒鳴った。
「あんな武器が子供に振るえるはずがあるか!!! ただの虚仮脅しの時間稼ぎに過ぎんわ!!! サッサと手足を斬り落としてしまえ!!!」
背後から怒鳴るセロニアスの言葉に一瞬とはいえ怖気付いた兵士達はその通りだと気を取り直し、一斉に智樹目掛けて突撃していった。
「トモキーーーーーッ!!!」
全方位から迫る敵にルビナンテがその身を案じて叫ぶ。だが……
ヴォンッ!!!!!
「…………え?」
空気を揺さぶる鈍い音がした瞬間、智樹の周囲から敵兵は一掃されていた。
智樹の無双ゲージがMAXです。




