8-30 進軍17
翌朝、軍の出陣に先駆けてルビナンテと智樹、アルトは悠に別れを告げていた。
「それでは行って来ます、悠先生」
「流民の方々とルビナンテさんの事は僕達にお任せ下さい。ユウ先生もお気を付けて」
「ああ。だが、決して命を粗末にするような真似をするなよ? お前達の命は全ての任務に優先する最重要事項なのだからな」
悠の言葉に真剣に耳を傾ける智樹の後ろには大量の『冒険鞄』と保存の利く食糧が積み込まれた荷車があった。いくらコンパクトに纏めてあるといってもその重量は人間では無く多頭立ての馬で牽かせるレベルであったが、戦場の馬は貴重という事で智樹が断ったのだ。
ルビナンテですら本気で引っ張ってもジリジリとしか動かせない荷車を智樹は事も無げに動かし、周囲の者を驚かせたものだ。
「『戦塵』は皆何か一芸があるっていう話だったが、本当だったんだな……」
「力なら教官に迫るらしいぜ。まだあどけないツラしてんのによ」
「護衛についてんのはフェルゼニアスのお坊っちゃんだろ? 一番弟子だって噂だけど強いのか?」
「さぁね。普通なら大した事無いと思うけど、教官の教え子ならそれなりに強いんじゃない?」
「それなりどころじゃねぇよ。あくまで噂だけどよ、ミーノスの学校で外泊した時、ドラゴンに襲われてる生徒を助けて引き分けたって話だぜ? それが本当ならⅦ(セブンス)並の力はあるって事だ。まだ成人もしてねぇガキがだぞ?」
「教官が信じて送り出すだけの実力はあるって事か……。ま、教官に限って貴族を贔屓する訳無いもんな」
このタイミングで前線を外れるという事は危険から逃れると捉えられても不思議では無いが、たった2人という人数と悠が選んだという事実がその疑いを打ち消していた。しかも、2人が行くのはルビナンテが居るとはいえ、占領地でも何でも無いメルクカッツェの本拠地なのだ。熟練の冒険者であっても二の足を踏む任務であると言っていいだろう。
それはさて置き、ルビナンテは当初、智樹の他に同行者が居る事に難色を示していた。
「……トモキ以外にも誰か付いてくんのか?」
「そんなに警戒する必要はありませんよ。アルト殿は天に愛された、人間としての美徳の殆どを兼ね備えた傑物です。たとえ相手が貴族の淑女とは思えぬ暴虐性を持った難儀なお方でもちゃんと誠意を持って任務に当たる事でしょう」
「よし分かった、テメーはちょっとそこで動くな。その澄ました優男面を二目と見られない形相に変えてやる!!!」
「ヤハハ、怒るのは自覚があるからでは無いんですかね~?」
智樹の背後で顔だけ出してにやけるハリハリをどうやって殺そうかと考えていたルビナンテだったが、ハリハリにとっては都合のいい事に、丁度その時広間に噂していたアルトが姿を現した。
「こんばんは、ユウ先生から言付かって参りました。トモキさんと一緒にルビナンテさんをお送りするという事でしたが……?」
「アルト君が居てくれて凄く心強いよ。ルビナンテさん、明日僕と一緒にお送りするアルト君です。……ルビナンテさん?」
アルトの肩に手を置いてルビナンテに紹介する智樹だったが、ルビナンテはアルトの顔を見て、アルトの肩に置かれた智樹の手を見て、またアルトの顔を見てからたじろいて一歩下がった。その顔は絶望に近い何かを感じており、顔色は真っ青になっている。
「あ……ぅ……」
「どうしたんですか、ルビナンテさん? アルト君がどうかしましたか?」
ルビナンテの表情にピンと来ない智樹やアルトと違い、ピンと来たハリハリとバローはルビナンテの表情を観察する為に距離を取ってルビナンテの正面にそそくさと移動した。
その予想は外れる事は無く、ルビナンテが唇をわななかせながら智樹に問い掛けた。
「……な、なぁ……そ、そのアルトっての……と、と、トモキと、どういう関係なんだ!? も、も、もしかして……付き合ってんのかよ!?」
「「ぶひゅっ!」」」
背後でルビナンテを観察していたハリハリとバローが堪え切れずに吹き出したが、智樹は何を言われたのか脳が理解を拒んで目が点になり、アルトの表情は虚ろになった。
「い、いや、オレには全然関係ねぇんだけどよ!! で、でも……お、お、おに、お似合い、っだと思うぜ!!! お、男は、結局可愛らしいのが好きだもんな!!!」
「…………えっと、ルビナンテさん、ちょっとだけ落ち着いて下さい。今心に大きな傷を負った人が一人この場に居ますので……」
「お、お、オレは別に何とも無いぜ!?」
「ブフッ……お、俺達を、殺す気か……!」
「こ、堪えるんです、バロー殿! ……ブフォ!」
食い違う会話にハリハリとバローは堪え切れず膝を付き、お互いが笑わない様に互いの頬をつねり合った。
「……いつになったら僕はちゃんと初対面の人に性別を認識して貰えるんだろう……」
「アルト君、虚ろな顔をしてないで主張してよ!? ルビナンテさん、よく聞いて下さい! アルト君は10人中9人くらいは戸惑うかもしれませんが、れっきとした男の子なんです!!」
「確率高ぇ~」
「ば、バロー殿! 駄目ですってばぁ!!」
智樹の発言にアルトの肩ががくりと下がったが、バローの小声のツッコミでハリハリの笑いの堰は決壊寸前であった。
しかし、ルビナンテは智樹の言葉にキョトンとし、もう一度アルトを見ると、おもむろにその胸に触れ、ぐにぐにと揉みしだいて呟いた。
「胸がねえ……いや、まだ育ってないだけって可能性も……!」
「今後も一生育つ予定はありません!!!」
「「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!」」
どこまでも疑うルビナンテにアルトの忍耐力も底をつき、全力で主張するのを見て、とうとうハリハリとバローの我慢も限界点を越えその場で笑い転げた。
「この人達は……。と、とにかくルビナンテさん、アルト君は男で、僕とは兄弟弟子という間柄です。ルビナンテさんが考えている様な色っぽい関係じゃありません!!」
「……そ、そう、か……? そうなのか!! いや、悪かったなアルト!!!」
「女の人に胸を揉まれたのは初めてですよ……それと、後ろの2人は笑い過ぎです!!!」
足をバタつかせて笑い続けている2人にアルトが怒ったが、ハリハリとバローはいいものを見たとばかりに頷き合うと、互いの肩を抱いて走り去ったのだった。
アルトが男であると分かってからのルビナンテは概ね上機嫌で、特にハリハリとバローに両者とも憤っていた事もあってすぐに打ち解ける事が出来た。
「アルト、いっぺんアイツらシメようぜ。アルトが押さえてオレが泣くまでボコボコにするってのはどうだ?」
「魅力的な提案ですけど、ああ見えてあの2人、無茶無茶強いんですよ。出来ればユウ先生にも手伝って貰った方が……」
「アルト君……よほど腹に据えかねたんだね……」
師を敬愛するアルトにお礼参りを計画させるほどの怒りを抱かせたハリハリとバローの未来は中々危ういかもしれないが、とにかく仲良くやれそうなら目を瞑ろうと智樹も見て見ぬ振りをする事にしたのだった。
「ルビナンテ、流民は頼んだ」
「約束は破らねぇよ。トモキにそんな無様な所見せられねぇしな」
「ならば次に会う時は戦争が終わった後だな。道中の無事を祈る」
「ああ、間違ってもオレ以外の奴なんかに負けんなよ!!」
拳と拳を突き合わせ、ルビナンテ達を送り出した後、連合軍もバローの号令で動き出した。
「フォロスゼータまでは隊列を広く取るぞ!! 流民を見つけたらとにかくメルクカッツェ領に行くように指示を出せ!! それと、近くの村に戻ってるかもしれねえ。そっちにも伝達する兵士を回せよ!! 出発!!」
こうして連合軍は遂にフォロスゼータをその手に掛けんと、最後の行程を踏み出した。
とことん楽しんだ後はシリアスに戦争です。




