8-29 進軍16
「驚いたぜ、ミーノスの貴族様がこんな前線に来るなんてよ」
「肩書きは関係無いよ。相手は僕が貴族だからって手加減なんかしてくれないから。むしろ、僕がフェルゼニアスの人間だって分かったら、率先して殺しに来るんじゃないかな?」
「……だろうな。アルトの近くには居ないようにしとくぜ」
いくら隠してもアルトの名と顔はミーノスに広く知れ渡っており、面倒な事になる前にと自分から行動を共にしていたギャランやジオに正体を明かしていたのだった。
ギャランなどは最初は畏まって様付けで呼んだのだが、自分の身分を笠に着て偉ぶる欲求など持っていないアルトに説得され、何とか普段通りの口調で口を開いた。
「でも、アルトさ……アルトと言えば、ユウ様の一番弟子なんだろ? やっぱり厳しかった?」
「ユウ先生の本当の一番弟子は順序で言えばバロー先生だと思うよ。ミーノスでは僕が最初かもしれないけど、最初の頃の僕は……うん……」
悠に習い始めた頃の自分を思い出し、アルトが僅かに頬を染めた。技術も体力も無く、とても胸を張って一番弟子などと誇れたものでは無かったからだ。きっと悠も貧弱な自分を見て呆れたに違いないとアルトは確信していた。
この辺りの生真面目な精神性はギャランも通じる所であり、アルトの言葉を卑下とは捉えずにウンウンと盛んに頷いた。
「大体、強くなったんじゃないかなって思う度に思い切り凹まされちゃったよ。全部自業自得だし、お陰で随分恥ずかしい思いもして死にそうな目にも遭ったなぁ……ギャランには前から会ってみたかったんだ。ユウ先生があんなに手放しで褒める人間なんて、僕は他にケイさんくらいしか知らないから」
「そ、そんな、とんでもないよ!!! 俺なんてユウ様にはお世話になりっぱなしで、どうやって恩を返したらいいのか分からないし……」
「……チッ、お前らはアイツを尊敬し過ぎなんだよ。鍛えられた事の恩返しってんなら、いつかアイツの横っ面をブッ飛ばすのが一番の恩返しだろうが!」
ジオの悪口とも取れる言葉にアルトは反射的に言い返そうとしたが、その前にギャランが間に入った。
「ごめんねアルト、ジオはさ、色々あってユウ様に対する感情が複雑なんだよ。本当は凄く憧れてるのに素直にそう言えないんだ。最近俺も何となくそれが分かって来たよ」
「ばっ!? お、俺はあんな奴に憧れてなんかいねぇよ!!! いつだってアイツが隙を見せたら剣の錆にしてやろうと――」
「そんな錆び付いた腕では斬られてやる訳にはいかんな」
背後から掛けられた声にジオは驚いて跳び上がり、その場に尻餅を付いた。
「イテッ!」
「未だに人の気配すら読めんようでは話にならんぞ。それでは最初の頃、街で待ち伏せにあった時と変わらんではないか。もう少し成長というものを見せて欲しいものだ」
「ほ、他の奴なら分かるんだよ!! 気配を消して近付くんじゃねえ!!!」
「こんばんは、ユウ様。俺達に何かご用ですか?」
ジオが悠に噛みつくのはいつもの事なので、ギャランはさらっと流して悠に用件を尋ねた。
「ああ、アルトに一仕事頼まれて欲しくてな。アルト、ルビナンテの事は知っているだろう?」
「ええ、先ほど捕らえた女性ですよね?」
先ほどの一幕はアルトも見ていたのでその顛末はおおよそ把握しているのだ。
「智樹が説得して協力してくれる事になったので送り返す事にしたのだが、智樹には流民用の食糧運搬を担当して欲しくてな。誰か一人、『心通話』を使える者に護衛をやって欲しくてアルトに声を掛けたのだが……あまり乗り気では無さそうだな?」
「え? い、いえ、そんな事は……無いとは言えませんが……」
悠の言葉に僅かに表情が曇ったのを悠は見逃さなかった。アルトも途中で誤魔化すのを諦め、素直にその理由を語った。
「前線で少しでもユウ先生のお役に立ちたいと思っていましたので、残念に思う気持ちはあります」
「アルト、直接戦う事ばかりが誰かの助けになるのでは無いぞ? 例えば恵は殆ど戦闘に出る事は無いが、誰しも恵に感謝と敬意を払っている。恵が居なければ俺達の生活は今よりずっと味気も彩りもないものになっていただろう。皆それを知っているから誰も恵に文句など言わんのだ。派手な戦果は万人の喝采を浴びるかもしれんが、その戦果を上げた者すら他の誰かに支えられているという事実を忘れてはならん」
誓って恵を軽んじた事などアルトには無いが、任務を選り好みするのはそれに通じる事であると悟り、その場で頭を下げた。
「申し訳ありません、僕は思い違いをしていました!」
「分かってくれたのならいいさ。剣を志していたアルトが逸る気持ちも分からんでは無いからな。それに、ある意味でこれは前線に出る以上の危険を伴う任務かもしれん。最悪の場合、頼れる相手が智樹だけで周りの全てが敵に回ってもおかしくはない。だからこそ死線を潜る覚悟を持った人間に任せたいのだ。……俺に、この間のような思いをさせてくれるなよ?」
肩に置かれた悠の手に力が籠もるのを感じ、アルトも智樹と同じように使命感が湧き上がるのを感じていた。顔には出さなくとも、悠が心から自分の身を案じた上で、それでも自分を信じてくれるというのであればアルトに否は無かった。
「謹んで拝命します。トモキさんと一緒に、必ず任務を完遂します!」
「準備もある事だ、今日は屋敷に泊まっていけ、明日は早いぞ。他の2人もほどほどにな。本番で眠くて集中力を欠くのではここまで来た意味が無い」
そう言い置いて、悠は他の冒険者達の様子を見る為に立ち去って行った。
「何だよ、わざわざ小言を言いに来やがったのか?」
「違うよジオ。ユウ様は僕らの事を心配して声を掛けてくれたんだよ。無駄な事をわざわざ言う人じゃ無いって分かってるクセに、ジオの意地っ張りも筋金入りだね」
「ふん……知らねぇよ」
そっぽを向くジオを見て、アルトも何となくジオという人間が分かり掛けて来た。ジオの言葉をその通り受け取れば悠への悪感情しか感じられないが、ギャランの言う通り素直になれないのだと思って聞いてみれば、強がっているのが理解出来たからだ。
と、そんな事を考えていたアルトにもギャランは笑いながら話し掛けて来た。
「アルトもだよ。俺の事ばかり持ち上げてたけど、ユウ様はあんなにもアルトの事を信頼しているじゃないか。たとえどんな任務だろうと、ユウ様は任せるに値しない人間には絶対にあんな事は頼まないよ。隣で聞いていて俺、羨ましかったし。俺もユウ様に信頼される様になりたいよ」
「……うん……それが人に言われないと分からないからこそ僕はまだまだ未熟なんだと思う。ギャランやジオとはここで別れる事になるけど、良かったら僕の友達になってくれないかな? ギャランは聞いた通りの人間だったし、ジオの気の強さは僕も見習うべき所だと思うんだ。……どうかな?」
「……アルトも十分変わってるね。俺みたいに見た目がパッとしない、投擲以外に取り得の無い人間と友達になろうって言ってくれる貴族なんて居ないよ。……でも、そんな貴族が一人くらい居てもいいと思う。俺もアルトに友達になって欲しい」
「俺は別に構わねぇぜ? アルトはアイツと違って性格良さそうだしな。あ、でも間違ってもリーンには手を出すんじゃねぇぞ!? んな事したら絶交だかんな!?」
ジオの言葉に笑いながらアルトは手を差し出し、その意図を悟ったギャランがその上に手を重ね、ジオもニヤリと笑って更に上に手を重ねた。
「新しく出来た友達に幸運が訪れますように。ギャラン、ジオ、戦争が終わったらまた会おう。約束だよ?」
「うん! アルトも気を付けて!」
「おう! 上手くやってアイツの鼻を明かしてやれ!!」
重ねた手に約束を重ね、3人はそれぞれの道へと分かれたのだった。
やはりギャランとアルトが絡むとほのぼのした感じになりますね。ジオの小ささが際立ちます。




