8-28 進軍15
「つっても、連絡が取れねえんじゃ都合悪ぃよな。かと言ってまたレイラの『分体』を使うんじゃ竜気を節約した意味がねぇし……」
「ならば『心通話』が使える者を同行させよう。蒼凪かアルトかサイサリスだが……ここは蒼」
「いや! アルトがいいと思うぜ!! トモキも気心の知れた同性が居た方が気が紛れるしよ!! ハリハリ、お前もそう思うだろ!?」
悠が蒼凪の名を挙げようとするのに被せるようにしてバローがアルトの名を挙げてハリハリに同意を求めた。
「……ふむ、ユウ殿、トモキ殿も知らない人間ばかりでは居心地も悪いでしょう。ここは異性より同性の方がワタクシもいいのでは無いかと思いますよ? 人間の常識に疎いサイサリス殿が論外なのは同意言うまでもありませんが」
「そうか……確かにそうかもしれんな。智樹もその方がいいか?」
「そうですね、アルト君なら頼りになりますし、僕も助かりますね。社交的ですし、自分から諍いを起こす事も無いでしょうから。蒼凪さんは、その……色々難しいかと……」
言葉を濁す智樹に悠も頷いた。蒼凪は身内には普通に接するが、そうでない人間には壁を作る性格なのは周知の事実である。それは言い方を変えれば警戒心があるとも言えるので必ずしも悪い事では無いが、『異邦人』2人を送るよりもノースハイアの人間ですら無いアルトの方が角も立たないだろう。サイサリスを人間の街に送るなど狂気の沙汰なのは言うまでも無い。
「ならば後でアルトに声を掛けておこう。さっき俺が言った事をアルトにも徹底するように」
「はい、分かりました」
「「よっしゃ!」」
「?」
バローとハリハリが小さく拳を突き合わせるのをルビナンテは不思議そうに見やったが、それを口に出す前にマーヴィンが話を先に進めた。
「ならばそちらは良いとして、次は他の貴族の動向について伺いましょうか。現在、アライアットの貴族は我々に対し静観、協力、敵対のいずれかの態度を取っております。静観している分には我々の事をどう思っていようが構いませんが、その辺りについて何か情報はありますかな?」
「正直に言ってオレはあんまり知らねぇけどよ、幾つかの貴族から同盟の話は来てるぜ。漁夫の利をかっさらおうって話だったが全部門前払いにしてやったけどな。オレはそういう裏でコソコソするマネは嫌ぇなんだ」
「貴族とは裏でコソコソする物ですがね。……ふむ、ではこの中に誘いを掛けてきた貴族の名は?」
マーヴィンが取り出したリストは、表向きは反聖神教として旗色を明らかにしている貴族のリストである。フォロスゼータ以外の街に入り込むのはそう難しい事では無く、比較的容易に現状を知る事が出来るのだ。
「……コイツとコイツ、あとコイツもだな」
「ほうほう、なるほどなるほど」
マーヴィンはルビナンテが示した名に丸印を付けて区分けていった。生き残る為に様々な手段を駆使するのは理解出来るが、この丸印を付けた者達は全幅の信頼を置く事は出来ないし、隙を見せるべきでは無いだろう。
「となると、敵対派はその中でも最も大きな家を中心に纏まるだろうな。都合がいい事に、ちょうど公爵家が聖神教と袂を分かっている訳だし」
「ノルツァー家ですか、妥当な所ですね。もっとも、彼らは聖神教のみならず我々とも敵対していますし、国内の貴族の力は必須でしょう」
「それ以外頼る相手が居ねぇしな。聖神教との戦いが終わるまでは出て来ねぇだろ。それなら静観派と変わらねぇよ」
「戦後処理が終わるまでは我々も駐留しておいた方が良いでしょう。その後は協力してくれる貴族から兵士を募り、王都の守りに就かせるべきですね」
ルビナンテの情報から戦後の勢力予想図を作り上げ、マーヴィンはその出来に満足して筆を置いた。
「これで結構です。メルクカッツェ家に関しましては多大な協力を頂けたという事でゾアント殿の行いについては問わぬ事とします。それでよろしいですかな、ルビナンテ殿?」
「こんなザマじゃ言える事なんてねぇよ。好きにしな」
「明日までに一筆認めておくから持って帰れよ。部屋は今まで寝てたのでいいだろ?」
バローがそう促すと、ルビナンテも肩を竦めて頷いた。
「別にオレはどこだって構わねぇよ。床に寝ろってんならそれでもな」
「これから協力を仰ごうって相手を床になんか寝させるか。可愛くねぇ事言ってるとトモキの部屋に叩き込むぜ?」
「ば、ば、バカ野郎!!! わ、訳分かんねぇ事抜かしてんじゃねぇぞ!!!」
「わぁ、か~わい~♪」
「テメェらマジブッ殺すッ!!!」
度重なるバローとハリハリの揶揄に堪忍袋の緒が切れたルビナンテが椅子を弾き、バローとハリハリに飛び掛かって行ったが、割といつもの光景なので特に誰も注意は払わなかった。
「智樹、今晩は早めに準備をしておけ。俺は今からアルトの所に行って来る。葵、風呂は沸いているな?」
《はい、客人がいらした時から整えてあります》
「さて、私は明日の段取りと今の情報を整理する事に致します。ユウ殿、お邪魔致しました」
「私達も帰ろうか、ベルトルーゼ?」
「待て待て、あのルビナンテとかいう女、騎士団にも中々居ないような剛力では無いか。ちょっと力比べをしてみたいからジェラルドは先に帰ってもいいぞ」
「ハッハッハーッ!! これでもあのユウに鍛えられてるんだぜ!! まだまだ修行が足りねぇよ!!」
「ヤハハハハ!! 今度こそその際どい恰好を濡れ濡れのスケスケにして更に際どくして差し上げましょう!! トモキ殿~、もうちょっと待ってて下さいね~!!」
「殺す! 殺す!! ブッ殺す!!!」
「……おかしいな、私は戦争に来ているはずなのに……」
「ジェラルド殿、この面子の中で正気を保つのは至難の業です。早く狂気に慣れてしまった方が良いですよ」
「……努力しましょう……」
ベルトルーゼと組み合うルビナンテに魔法で水を掛けるハリハリ、そしてどさくさに紛れて至近距離でルビナンテの胸を凝視するバロー、頭痛を覚えて額を押さえるジェラルドを慰める達観したマーヴィン。明日大きな戦いを控えているとは思えない面々に、智樹は不思議と頼もしさを覚えるのだった。
悠の屋敷で大人が羽目を外している頃、悠の姿は既に冒険者隊の中にあった。先ほど言った通りアルトを探す為である。『心通話』で伝えてもいいのだが、悠はアルトと面と向かって顔を合わせておく必要を感じていたのだ。
明日の戦を控えて冒険者達も神妙にしているかと言えばそんな事は無い。参加している中で最も規律が緩く自由な冒険者は基本的に楽観的だ。死ぬ時は死ぬし、助かる時は助かると割り切り、大いに語り、存分に食していた。
「教官!! 明日はよろしくお願いします!!」
「俺達の獲物を全部取らんで下さいよ!!」
「終わったらまた一杯やりましょう!! 連合軍に乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
悠の姿を認めると、冒険者達は盛んに声を掛けて来た。僅かに許されているアルコールで喉を潤し、陽気にはしゃぐ彼らを不謹慎だとは悠は思わなかった。彼らとて、誰も彼もが五体満足で帰られるとは思ってはいないのだ。だからこそ無理矢理にでもテンションを上げ、アルコールと仲間に全てを託し語り合うのである。悠にとってそれは戦場に出る前の兵士には見慣れた光景であった。
《蓬莱での戦いを思い出すわね……もっとも、蓬莱の戦いの厳しさはこの比じゃ無かったけど》
「『竜騎士』すら死を免れん戦場でも、皆笑っていたな。……何とか、皆生かして帰してやりたいが……」
《ユウ、私達はずっとこの世界に居る訳じゃ無いわ。彼らの世界の主役は彼らであって、私達はほんの少しの間だけの旅人なんだから。気持ちはよく分かるけど、あまり気に病んじゃダメよ?》
「済まん。久々の戦争で俺も感傷的になったかな」
《無表情で言う台詞では無いな》
今回の戦争で悠が活躍し過ぎるのは良い事では無い。少なくとも、『天使』以外は連合軍の力で打ち倒すべきなのだ。与えられた勝利によってでは無く、自らの力で平和を勝ち取ってこそこの戦争が意味を持つのである。
《っと、アルトを見つけたわよ。ギャラン達と一緒に居たみたいね》
「丁度いい、一声掛けておくか」
僅かな感傷の残滓を振り払い、悠はアルトの居る方へと歩み寄って行った。
きっと2人ともルビナンテが気後れしないように気を使っているんです。……多分。
という訳でアルトが同行しますよー。




