8-27 進軍14
「おっせえなぁ……いい加減寝ちまうぜ俺ぁ」
「トモキ殿だけで大丈夫なのですか?」
欠伸を噛み殺すバローの言葉にジェラルドは不安を覚えて悠に問い掛けたが、悠は落ち着き払って答えた。
「智樹は力や理屈では無く心でルビナンテの信頼を得ている。俺や他の者ならいざ知らず、智樹に危険が及ぶ事はあり得んよ。無理矢理吐かせた情報より、信頼関係に裏打ちされた情報の方が精度が高かろう。ベルトルーゼも見習うべきだな」
「なんでそこで私を引き合いに出す!?」
「言わなくては分からんとは思えんが?」
「ぐぐぐ……こら、何を頷いているのだジェラルド!!」
神妙な顔で頷くジェラルドの首をベルトルーゼが絞めていると、ようやくルビナンテが智樹と共に広間にやって来た。
「お待たせしました」
「……」
言葉も無く智樹の後ろに控えるルビナンテの赤く腫れた目元を見て、バローは笑いながら軽く智樹の胸を小突いた。
「よう、この色男。その歳で女泣かせたぁ顔に似合わずやるな」
「そ、そんなんじゃ無いですよ! ……ルビナンテさんにちょっと『異邦人』の事情を話したらショックを受けてしまって……アライアットの殆どの人は『異邦人』が本当はどんな人間なのか知らないんです」
「ああ、そういう事か……」
智樹の語った内容に思い当たり、バローは表情を改めてルビナンテに向き直った。
「ルビナンテって言ったな? 俺は連合軍総大将、ノースハイア王国侯爵ベロウ・ノワールだ。つまりこの遠征の責任者ってこった。まずは座りなよ」
「……」
無言で席に着いたルビナンテに、バローは唐突に自分の事情を語り出した。
「ガキ共の召喚の話は聞いたろ? 俺は召喚の責任者の一人だったんだ。今まで数え切れないほどのガキを見捨ててきた。俺も極悪人の一味だったんだ……」
バローの言葉を聞いたルビナンテがピクリと反応し、軽い軽蔑を滲ませてバローを睨んだが、自分にもそんな資格は無いと思い至り目を逸らした。
「お前さんは知らなかったから仕方が無いが、俺は知ってて荷担してたんだ。軽蔑したって構わないぜ。俺が器の小せえクソ野郎だった事実はどうあろうと変えられねえ。だがな、いつまでもクソ野郎のまま世の中を拗ねてられねぇんだよ。過去を償いたいと思ったら、器じゃねぇと分かってても歩き出さなけりゃならねえ。死ぬとしても、全てをやり切ってからじゃねぇと、そこに居るトモキや、他のガキ共や、死んでいったガキ共に顔向けなんか出来ねぇんだ。……ここのガキ共は俺が今までやって来た事を知っていて、それでも俺を許してくれた。だから俺は命懸けでその信頼に応えなけりゃ、いつまで経ってもクソ野郎のままだ。だから平和の為なら俺は何だってする。頼むから協力してくれ」
椅子から立ち上がり、バローは深々と腰を折った。バローもまた軽蔑され罵倒される覚悟で、誠意によって頭を下げたのだ。隣に居る智樹が小さく頷いたのを見て、ルビナンテももう一度バローの方に顔を向けて呟いた。
「……オレがどうこう言う資格なんてねえ……オレの家がアライアットでも裕福で、好き勝手に生きて来られたのも『異邦人』の犠牲があったからだ。それに、オレはユウに負けた。殺されても文句は言えねぇんだ。協力しろってんなら協力するぜ……クソオヤジに義理立てする気も失せたしな……」
別人の様に意気消沈したルビナンテにバローは頷いた。
「無体な真似はしねぇよ。そんな事はトモキが許さねぇだろうしな。そんな可愛らしい顔して強いんだよコイツ。普段は地味で目立たねークセに」
「……悪かったですね、女顔で地味で……」
流石に本気で言っていないと分かっていても、ここまで言われては温厚な智樹も反論せざるを得なかったが、その本人よりもルビナンテが激しく反応した。
「んな事知ってらあ!!! トモキの事をバカにすっとブッ殺すぞテメェ!!! ……あ……」
息を荒げて噛み付いて来たルビナンテを見てバローは一瞬キョトンとした顔をし、その後盛大に笑い出した。
「ダッハッハッハッハッ!! 悪ぃ悪ぃ、もう言わねぇよ!! ククククク……!」
「仲良き事は美しきかな、ですかね。年寄りには目の毒です。ゴホゴホ」
「済まんな、コイツらはすぐ悪乗りする質なのだ。後で俺が説教しておく」
「「えぇ~!!」」
不満げにブーイングを漏らすバローとハリハリを無視し、悠はマーヴィンに声を掛けた。
「何を聞いておく?」
「そうですな……まず、ここ最近の王都周辺の様子や貴族の動向で我々が掴んでいない情報があれば伺いたいと思います。ある程度は把握しておりますが、イレルファンのような流動的な所もございますので……」
マーヴィンの言葉をそのまま質問に変え、悠はルビナンテに視線を移した。
「一回、聖神教の使いがウチに来たぜ。王都の守備に回すから兵を全部寄越せってフザケた事抜かしやがったから、半殺しにして送り返してやったけどよ。それだけじゃ角が立つって周りの奴らがうるせーから、聖神教の信者だっていう兵士だけフォロスゼータに行かせたけどな。あいつら、ここんとこやたらと兵士を集めてっけど、今オレ達と戦争する余裕はねーし」
「短絡的なようで要所は押さえているようですな」
「……聞こえてんぞジジイ……」
「これは失礼を」
ちっとも失礼だとは思っていない口調のマーヴィンを睨むルビナンテだったが、これでマーヴィンも散々苦労をして来た人間なので恐れ入ったりはしなかった。
「その兵の補充も無駄になったが、街に聖神教徒が居ないと言うなら都合がいい。今王都では兵糧が足りず、市民は着の身着のまま追い出されて途方に暮れているはずだ。その流民をメルクカッツェ領で匿ってくれんか?」
「何でそんな事分かるんだよ。フォロスゼータは結界でガチガチに固めてて間諜が入り込む余地はねぇはずだぜ?」
「我々もちゃんと勝てる算段を付けているという事ですよ。それ以上は戦争が終わった後にでも種明かしするという事で」
「……ふん、テメェは胡散臭ぇがユウが嘘を言うとは思えねえ。いいぜ、匿ってやるよ」
「つくづく相性が悪い方ですねぇ……」
やれやれと肩を竦めるハリハリだったが、発言が軽いのは自業自得だろう。
「流民の食糧はこちらで用意する。明日になったらルビナンテはそれを持って街に戻ってくれ」
「おいおい……いくらオレが力自慢でも万単位の人間が食う食糧を運べねぇぞ?」
『冒険鞄』に詰めてもその量は相当な物になるだろうと思ってルビナンテが言うと、隣の智樹が悠に提案した。
「悠先生、僕が護衛を兼ねてルビナンテさんを送ります。ここからなら半日もかかりませんし、僕らは戦場に出る予定もありませんから」
「トモキが!? ……あ、ち、違うぞ、そんなんじゃねぇからな!?」
「ゲヘヘヘヘ……モチロン分かってるぜぇ? なぁ~ハリハリぃ~?」
「ヤハハハハ、当然分かっておりますよぉ~、バロー殿ぉ~」
一瞬、喜色に輝いたルビナンテをニヤニヤと囃し立てるバローとハリハリに殺意が沸き上がったが、言っても逆に喜びそうなので必死に堪えた。
「やめんかバカ者が。……智樹、言うまでもないが危険だぞ? ルビナンテがお前に何かをするとは思えんが、ここが敵地である事に変わりはない。お前を危険な目に合わせるのは俺にとって不本意な事だ。俺が飛んで行った方が時間も掛からん」
「悠先生は先ほど、僕がお願いしたからルビナンテさんに『再生』を掛けてくれたでしょう? 明日からは本格的な戦争になるんですから、これ以上の竜気の消耗は避けるべきです。それに、お願いした僕はその責任を取るべきですし、ルビナンテさんを送るのはちゃんと責任を持つ覚悟がある人間がいいと思います。……駄目、ですか?」
「……」
自分の事なら悩む事など何も無い悠だが、智樹の自主性と責任感を蔑ろにするのも良くない事では無いかと思い、しばし考え込んだ。
「良いではないか、トモキも一人前の男なのだ。女の一人も守れんのでは男が廃るぞ? なぁジェラルド?」
「……そう言われては今の私には反論出来ませんな……」
ベルトルーゼの意見にジェラルドが追従し、悠は智樹を視線で真っ直ぐに射抜いて問い掛けた。
「智樹、俺は責任感がある奴は好ましく思うが、その俺の教えがアルトを死なせ掛けた事もある。まだ善悪定かならん子供を俺の生き方で染めてしまったのでは無いかとの危惧があるのだ。アルトは辛くも助かったが、お前まで同じ目に遭って助けられる保証は無い」
「……っ」
悠の言葉は重く、智樹に反論を許さぬ厳しさに満ちていた。それは裏返せば悠の愛情でもあると思えば、無理を通す言葉を吐き出す事は智樹には出来なかった。
だが、そこで悠は目を閉じてその先の言葉を紡いだ。
「……だが、万事に控え目な智樹がせっかく勇気を出して他人を思いやる行動に出たのに、それを無碍にするのは今後の人生に良い影響は与えまい。だから約束しろ、五体満足で俺と再会すると。それが約束出来るのなら許可しよう」
「あ、ありがとうございます、悠先生!!」
文字通り目を瞑ってくれた悠に智樹は深々と頭を下げた。悠が自分の身を誰よりも案じながら、それでも男の決断として支持してくれたのだと思うと、決して約束を破る訳にはいかないと智樹の心に強い責任感が湧き上がった。
「装備は全て持って行けよ。もっとも、お前の装備は他人が使える様な物では無いがな」
「はい、必ずルビナンテさんを無事に送り届けます」
「トモキ……」
自分の為に言葉を尽くす智樹を見ていると、ルビナンテは胸が締め付けられた。この上は家に戻ったら出来る限り智樹を歓待しようと心に決め、ルビナンテは連合軍に与する覚悟を固めたのだった。
2人ほど、大人の皮を被った子供が居ます。一瞬シリアスになったかと思いきや……もしかして智樹より精神年齢低いんじゃ……。




