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8-26 進軍13

その日の夜、ルビナンテから話を聞く為に首脳陣は悠の屋敷に集まっていた。


「素直に話してくれりゃあいいんだがな。ユウ憎しで何も喋らねぇかもよ?」


「当主でも無い若輩の娘が世事に長けているとは思えません。何か聞ければ拾い物と思っておいた方がいいでしょう」


「拷問してまで聞き出さなければならない事を知っている訳でも無いですしね。むしろあの性格では聖神教と上手くやれるとは思えません」


「しかし、メルクカッツェ家自体は聖神教の先兵として名を成した家です。父親を廃人にされた恨みもありましょう」


「だったら戦争の間は捕まえたままにしときゃいい。邪魔さえされないならあの姉ちゃんの政治力じゃ組織の再興は出来ねぇだろ」


「手緩くは無いか? いっそ反抗出来ないくらいに痛めつけてやれば……」


「……ベルトルーゼ様、自分がすっきりしたい為に思考を放棄するのは止めて下さい。止める兵士達は毎回命懸けなのです」


「ふんっ、あの程度の相手にユウが出るまでも無いだろうが!」


「ベルトルーゼ殿が出る幕でもありませんよ。誰も女同士の血みどろの殴り合いなど見たくもありません」


「ま、上から暴れる音も聞こえねぇし、とりあえずは大人しくしてるみたいだな」


そんな風に談笑するバロー達の2つ上の階ではルビナンテが如何にも不本意丸出しな顔でベッドの上から悠と対峙していた。


悠が部屋に来た時は思わず跳び掛かってやろうかと頭に血を上らせたルビナンテだったが、その隣に智樹を見とめると、途端にその勢いはどこかに霧散してしまった。


「多少は暴れたようだが、物を壊したりはしなかったらしいな」


「……ふん……」


「悠先生、ルビナンテさんはちゃんと話せば分かってくれる人です。ですからどうか手荒な事はしないで下さい。お願いします」


自分の為に悠に頭を下げる智樹を見ていると、何となく胸が締め付けられるようで、ルビナンテも小さく頷いた。


「……もう暴れねぇよ……ここに居る奴ら、誰も彼もオレより強ぇんだ。負けたら言う事聞く約束だったしな……」


「ありがとうございます、ルビナンテさん!」


暴れないと誓ったルビナンテの手を嬉しそうに智樹が握ると、ルビナンテはまた真っ赤になって口をもにゃもにゃと動かしたが、意味のある反論にはならなかった。その様子を見て、悠もルビナンテが智樹との間に何らかの信頼関係を構築したのだろうと察し、多少語彙を和らげる。


「智樹、お前の見立てではどんな具合だ?」


「そうですね……手首と足首が捻挫で、足首の方はちょっと打ち身もありますね。あと、頭部のダメージは残り易いので薬を飲ませてあげた方がいいと思います。それと額の傷ですけど……女の人ですからなるべく痕が残らないように綺麗に治して頂けますか?」


「分かった、そうしよう」


外傷の見立ては日常茶飯事の為、智樹の診断を支持して悠はルビナンテの治療に取り掛かった。


「な、何すんだよ?」


智樹の自分を気遣う言葉に狼狽えながら、手を取った悠にルビナンテは尋ねた。


「俺もお前に治療を約束したからな。『簡易治癒ライトヒール』」


悠が『簡易治癒』を施すと、ルビナンテの痛みに疼いていた手首から熱が引き、元の健康な状態を取り戻した。ルビナンテがそれに付いて何かを言う前に悠は毛布を捲り、足首の赤く腫れている箇所にも同様の処置を施す。


「これで立ち居に問題は無いだろう。後はこれを飲んでおけ」


「お、お前……あんなに強いのに魔法使いだったのか!?」


「ルビナンテさん、悠先生は魔法使いじゃありませんよ。ただ、素手でも魔法でも常人離れしているだけです。悠先生が本気で戦ったら人間はおろかドラゴンでも相手になりません」


呆然とするルビナンテの額に触れ、傷を丁寧に癒すと、悠はルビナンテを促した。


「そんな事はいいから早く薬を飲め。歩くのが辛いのならまた智樹に運んで貰っても――」


「や、やめろバカ!! もう自分で歩ける!!」


智樹が優しい目で「運びましょうか?」と尋ねて来たので、ルビナンテは慌てて薬を飲み下して健康体をアピールした。人前であんな恥ずかしい事に耐えられそうに無かったのだ。


「俺と仲良くしろなどとは言わんが、智樹のお前に対する善意は本物だ。多少なりとも義理を感じるなら下で俺達の質問に答えてくれ。智樹、ルビナンテに薬が効いてきたら下に連れて来てくれるか?」


「分かりました、ルビナンテさんもそれでいいですか?」


「……勝負に負けて怪我まで治してもらっておいてダンマリを決め込むほどオレは卑怯者でも恩知らずでもねぇよ。訊かれた事には答えてやる」


不承不承という体を取ってはいたが、その言葉に喜ぶ智樹を見る目に嘘を感じなかったので、悠も頷いて踵を返した。


「俺は先に下に居るぞ。智樹、後は任せた」


「はい、お任せ下さい」


悠が部屋を出て行くと、ルビナンテは智樹に尋ねた。


「……何者なんだよアイツ……いや、アイツだけじゃねえ、あのギルザードとかいうクソ女もトモキも強過ぎる、どうなってんだ?」


「ギルザードさんは、まぁ、特殊な例外ですけど、僕や悠先生は……『異邦人マレビト』なんです。アライアットの方ならノースハイアの『異邦人』部隊はご存知ですよね?」


「『異邦人』だって!?」


アライアットの人間としてルビナンテも当然『異邦人』の事は知悉していた。他ならぬルビナンテの父であるゾアントはその『異邦人』を狩る事で今の地位を得たのだ。ルビナンテにとっても『異邦人』は倒すべき敵である。


「……その様子だと『異邦人』の事は嫌いみたいですね……」


智樹の哀しげな表情に胸に突き刺さる何かを覚えたルビナンテだったが、それでも『異邦人』に対する感情に嘘は付けなかった。


「あ、当たり前だろ!? 『異邦人』はノースハイアにばっかり肩入れしてオレ達の国を襲ってきたんだ!! 一体何人のアライアット人が『異邦人』に殺されたと思ってやがる!?」


憤るルビナンテだったが、その内容から智樹はアライアットの人間が『異邦人』の事情を知らないのだと悟った。


「ルビナンテさん、アライアットの人は知らないようですが、『異邦人』に自由なんて無いんですよ。……僕達はこの世界に無理矢理連れて来られ、言う事を聞かせる為に魔法で縛られ、最低限の戦闘技術を仕込まれたら無理矢理戦場に連れて行かれるんです。命令に従わなかったら殺されるか、死ぬほど苦しい目に遭わされて処分されます。僕達は……戦奴だったんです……」


「……は? な、何を……」


智樹から聞く真実にルビナンテは困惑して聞き返した。父であるゾアントからは、『異邦人』は残虐非道な戦闘狂集団だと聞いていたからだ。


「もっと言えば、連れて来られた『異邦人』はその殆どが年端も行かない子供です。そして……連れて来られた子供達は早い子でその日の内に、遅くても半年で全員死にます。僕達は次に死ぬのは自分だろうかと怯えながら生きてきたんです。これまでに2万人に及ぶ子供達が召喚されて、生き残ったのはこの屋敷にいる10人少々でした。皆、死んでしまった……」


「あ…………」


薄く涙を滲ませる智樹の言葉が嘘だとはルビナンテには思えなかった。だが、そうなると自分の父の所業の意味がまるで違って感じられ、ルビナンテは精神的な冷気に震えを止められなかった。




「ルビナンテ、今日も勝ったぞ!! 『異邦人』どもめ、突然襲われて目を丸くしておったから、そのまま首を刈ってやったわ!! 力はあっても所詮はまだ……ふん、まぁいい、我が家の家名が高まるなら何であろうとな!! ガハハハハ!!!」




ゾアントが省いた部分に智樹の語る言葉がピタリと嵌り、ルビナンテは思わず口を押さえた。


「そんな……うぐっ!?」


堪え切れない吐き気を必死に飲み下すルビナンテの背中を智樹がそっと撫でた。


「ルビナンテさんが悪いんじゃありません。……戦争なんです。アライアットの人だって、相手にどんな事情があっても黙って殺される訳には行かないんですから。だけど、せめてルビナンテさんには本当の事を知っていて欲しかったんです。ルビナンテさんは、ちゃんと話せば分かってくれる人だから……だから『異邦人』の皆は本当は戦いたくも無かったし殺したくも無かった、それは誤解なんだって分かって欲しかったんです。……急にこんな話をしてしまってごめんなさい」


「く……なんでだよ、トモキが謝る事じゃねぇだろ!? お、オレのオヤジは、『異邦人』を殺して笑ってやがった、可哀想だなんて微塵も感じちゃいなかったんだ!!! ……オヤジの事は好きじゃねぇけど、軍人としては優秀なんだと思ってた。そ、それが……本当は戦う意味も知らない、無理矢理戦わされてるガキを殺して悦に浸ってる最低のクソ野郎だったなんて……! オレもその話を聞いて『異邦人』にザマミロって思ってたんだぜ!? ……オレも、同じクソだ……」


青ざめ、ガタガタと震えるルビナンテに智樹は首を振って否定した。


「知らない事が罪だとは僕は思いません。そんな事を言ったら、全知全能の神様以外は全員罪人です。それに、僕はルビナンテさんに恨みをぶつける為にこんな話をしたんじゃ無いんです。ただ、皆が誤解されているのが……悲しかったんです。本当に、それだけですから」


罪悪感で智樹と目を合わせられずに俯くルビナンテに智樹は言葉を重ねた。


「それに、今僕はとても幸せなんですよ? 大火傷を負って死に掛けていた僕を悠先生が助けてくれましたし、自分に万一の事があっても僕達が生きていけるようにこうして鍛えてくれて……。悠先生は表面上はこの上なく怖い人ですが、どんな事があっても僕達を見捨てる事はありません。まだ全然足下にも及ばないけど、僕は悠先生みたいに見返りなんて無くても誰かを守ってあげられる人になりたいんです。悠先生の尽力でノースハイアもミーノスも変わりました。この戦争はもう侵略戦争じゃ無いんです。世界に災いの種を蒔こうとする聖神教を倒したら、後の事はアライアットの人達に任せて僕らは帰ります。その時は、ルビナンテさんも他の国の人とも仲良くしてあげて下さい。それだけでいいんです」


背中を擦り、誠心誠意の言葉で慰める智樹の真心がルビナンテの涙の堰を決壊させた。女々しく泣くなどという事が大嫌いなルビナンテだったが、今だけは泣かずにはいられなかった。


「ごめ……トモキ、ごめん、なさい……本当に、本当に、オレ……私……!」


「あ……の、な、泣かないで下さい! 僕はそんなつもりじゃ……ああ、どうしたらいいんだろう? は、ハンカチあったかな?」


力で来るなら簡単に押し返せる智樹だったが、こうして泣かれてしまうのが一番困ってしまうのだった。ルビナンテがどうして泣いているのか分からない智樹の鈍感さが、或いは一番の罪なのかもしれない。


涙は女の最強の武器というのもあながち嘘では無さそうだと、ルビナンテの涙を拭いながら途方に暮れる智樹であった。

女心に疎いのは先生譲りなのかもしれませんね。

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