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8-23 進軍10

「……プッ、ククク……き、教官相手にタイマンと来たか? こりゃあ勇ましいや!」


「世間知らずってのは悲しいねぇ……アライアットは世界の流れから取り残されてんのな」


「誰か代わりにやってやったらどうだ? 教官は女でも加減しねぇぞ?」


「いいじゃない、ボコボコにして親子揃ってベッドに寝かせてやればぁ?」


「だけどなぁ……あの胸は惜しいと思わねぇか?」


「「「同感!!」」」


「「「最低!!!」」」


背後で胸部に自信のない女性陣による男性陣の吊し上げが始まる辺り誰一人悠の心配などしておらず、その事にプライドを傷つけられたルビナンテが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「外野が喧しいぞクソがッ!!! これを見ても笑ってられんのか!?」


足下に転がる拳大の石を目に留めたルビナンテは気合いを込めると細い布を巻いた拳を叩き付け、粉々に粉砕してみせた。


「……ヘッ、どうだ、テメェの頭もこうやってかち割ってやるぜ!!」


得意満面といった様子のルビナンテだったが、ハリハリは特に気に留めた様子も無く隣の悠に話し掛けた。


「ユウ殿、何だかワタクシ可哀想になって来ました。ユウ殿もちょっと技量を見せてあげては如何です? 諦めてくれるかもしれませんし」


「反撃もして来ない据え物を叩き潰したからと言って何が分かるとも思えんがな……」


《ただの力自慢と拳士の技量は別よねぇ……》


「まま、そう言わずに。争いは回避するに越した事はありませんよ」


ハリハリの説得に、気乗りしないまま悠は頷いた。


「……見世物は好かんが、話しても時間の無駄か」


「的はワタクシが用意しますよ」


悠の了承を得たハリハリは地面に手を付くと、『石壁ストーンウォール』の魔法で高さ2メートル、厚さ50センチの石壁を作り出した。


「見た目よりも頑丈ですよ。ルビナンテ嬢、何ならご自分の目でご確認下さい」


「気色悪い呼び方してんじゃねえ!!」


お嬢様呼ばわりに歯を剥いて言い返し、ルビナンテはハリハリの作り出した石壁を触ったり叩いたり蹴り飛ばしたり、挙句の果てには自ら叩き壊そうと思いっきり殴ってみたりしたが、表面が僅かに砕けただけで、忌々しそうに手を引っ込めた。


「これを壊すだと? 出来もしねぇ事言って内心泣きが入ってんじゃねぇのか!?」


「ハリハリ、小手ガントレットを持っておいてくれ」


「あらら、使わないんですか?」


「据え物を壊す程度の事に使うほどの物では無い。これを使うなら鉄槌で叩いているのと変わらんよ」


「それもそうですね。ユウ殿なら素手でも大丈夫なんでしょう。それではお預かりして――」


「無視してんじゃねぇぞコラァ!!!」


全く意に介さない2人にルビナンテは怒り心頭で詰め寄ったが、悠は既に石壁に視線を合わせていて取り合わなかった。その背後ではまたも冒険者達が悠がしようとしている事について談笑している。


「アレを壊せってのはどう考えても厳しいけど、教官なら普通に壊すんだろうな……」


「あれだけブ厚けりゃ破城槌でも持って来なけりゃ穴も空きそうに無いけど」


「しかも素手だぜ? 壊せる自信はあるんだろうけど、拳を怪我するんじゃ?」


「教官はそんな間抜けな事しないわよ!!」


「むしろ俺達が怪我するかもな。ブン殴った瞬間、四方八方に飛び散って冒険者隊が壊滅――」


「「「縁起でも無い事言うな!!!」」」


周囲の冒険者に袋叩きに遭う不幸な男の周囲にいた者達はそれでも何となく一歩ずつ後ろに下がった。


「色々予測が飛び交っていますが、ワタクシとルビナンテ殿も離れた方がいいですか?」


「いらんよ、そこで見ていろ」


軽く手を振って悠は石壁と正面から対峙すると、前兆も掛け声も無く、至極あっさりと右手右足を同時に突き出した。


ズンと鈍い音が響き……全員の予測に反して何の変化も起こらなかった。ルビナンテすら多少は傷付けて見せたのに、それすら叶わなかった悠の醜態に冒険者からざわめきが起こり、ルビナンテが呵々大笑して罵倒の言葉を放った。


「……ク、ハハハハハハハハハハ!!! ご、御大層な前振りをしておいて傷一つ付けられねぇのかよ!!! タイマン張る前に笑い死にさせようたぁ卑怯だぜ!? ハハハハハハハハハハハハハ!!!」


「ありゃ? 失敗ですかユウ殿?」


「見りゃ分かんだろうがよ!!! 外じゃどれだけ持て囃されてるのか知らねぇが、所詮そんなモンは口から出まかせ――」


「こんな余興など100万回やっても失敗などせんよ」


悠がたった今殴ったばかりの石壁の表面をピンと指で弾く。すると……




バサササーッ……。




堅牢そのものであった石壁がまるで砂糖菓子で出来ていたのかと思えるほどの脆さで地面に砂山を作ると、悠への信頼が揺らぎかけていた冒険者達が大歓声を上げた。


「うおおおおおッ!? やっぱり教官は最強だぜ!!!」


「ど、どうやったの!? どうなってんの!?」


「き、教官!! 是非自分にその技を伝授して下さい!!!」


「破城槌なんか要らねぇや!!! 教官さえ居てくれればな!!!」


やんややんやと盛り上がる冒険者とは対照的に、ルビナンテは目を白黒させ、跪いて地面の砂山を手に取って確認した。


「ば、バカな……どうやったらこんな事を……」


「弛まぬ鍛練とそれを貫き通す意志、後は時間か。お前も死ぬまで脇目も振らずに鍛練を続ければ出来る様になるかもしれんな」


物体に100%力と体重を浸透させて分子構造を解く……などという説明をしてもルビナンテはおろか冒険者達にも理解出来ないだろうし、頭で理解しても体で覚えなければ結局無駄な話なので、悠はごく当たり前の事を言い捨て踵を返した。


「ヤハハハハ、ユウ殿ったらニクイ演出をしてくれますね! ……さて、格付けも一目瞭然ですし、諦めて街にお帰りなさいな。この戦争が終わったらまた会う事もあるかもしれません。それでは我々は先を急ぎますので――」




「インチキだ!!! インチキに決まってる!!!」




握り締めていた砂を地面に叩き付け、ルビナンテは叫んだ。その内容にハリハリから小手を受け取っていた悠の動きが止まる。


「……インチキ?」


「そ、そうだ!! こんな壊し方出来る訳がねえ!!! 大方、そこの魔法使いがこっそり何かやったんだろ!? オレは騙されないからな!!!」


「いえ、ワタクシは全然全く確実に何もしていないんですが……」


「うるせえ!!! 魔法じゃなけりゃこんな事出来るか!!!」


あくまで今のはペテンだと言い張るルビナンテだったが、ふとハリハリは周囲の空気が緊張を孕んでいる事に気が付いた。


「……そうか、俺がインチキか……」


(あ、ヤバ……)


その発生源は間違い無く目の前に居る悠であった。微妙に漏れ出る底冷えする気配にハリハリは慌てて声を上げる。


「い、インチキみたいに強いって事ですよね!? さ、さあユウ殿、早く先に進みませんと……」


「逃げるんじゃねえ!!! そもそも、こんな事出来たからって強さには関係ねえ!!!」


「ええっ、今更それを言います!? 言っちゃいます!? ルビナンテ殿が振って来た話じゃないですか!!!」


「うっせぇな!!! そんなんでオレが誤魔化されると思うな!!! オラ、掛かって来いよ!!!」


挑発的に手招きをするルビナンテを見て、ハリハリは空を仰いだ。


「……人がせっかく余計な怪我をしない様に色々手を尽くしたというのに……もうワタクシは知りませんからね!!!」


腕を組み、怒っているぞとアピールしてからハリハリは悠を止める事を諦めた。


「仕方ありません。ユウ殿、一発だけ叩いていいですからあの娘に世間の厳しさを教えてあげて下さい!」


「どうせこうなるなら最初からやっておけば良かったと思うがな」


「ワタクシも出会い頭に『水流スプラッシュ』でも浴びせておけば良かったと思ってますよ。濡れ濡れのスケスケになって精々恥をかけばいいんです!」


割と最低な台詞を口にしつつ、ハリハリは悠から距離を取り、ルビナンテに言い放った。


「言っておきますがね、我々が勝ったら何でも言う事を聞いて貰いますよ!!」


「ああいいぜ、オレが勝ったらお前を殴打練習用の肉人形にしてやるよ!!」


「な、何と野蛮で残酷な事を……! ユウ殿、懲らしめておやりなさい!!」


《命令系統がおかしくなってるわよ》


《というより、この一連の茶番は何だ……》


スフィーロの台詞が一番この事態を上手く言い表していたが、残念な事に誰も聞いてはいなかった。


「勝手な思い込みで人を貶すと痛い目に遭うのだと教えてやる」


「上等だ!!! そのスカした顔を泣きっ面に変えてやんよ!!!」


一触即発の2人は10センチの距離で顔と顔を突き合わせ、ハリハリの手が振り下ろされた。


「始め!!!」

「何だあの無礼な女は!!! よし、私にやらせろ!!!」


「お止め下さい!!! おい、皆で団長を押さえろ!!!」


「「「ハハッ!」」」


「な、何をする貴様ら!? ええい、放さんかっ!!!」


もっと遠い所ではこんな事をやっています。

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