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8-22 進軍9

「……と、イスカリオ殿は考えるでしょうね。それ以外に王都からノルツァー領に短時間で辿り着ける存在などユウ殿くらいしか居ないでしょうし、デミトリー殿もユウ殿は今回の件とは無関係と思っているでしょう。これでノルツァー家からフォロスゼータに支援も援軍も届く事はありませんし、相手の指揮官も奪いました。ヤハハ、負ける要素が見当たりません」


口笛でも吹き出しそうな表情でハリハリはイスカリオとデミトリーが導き出すであろう答えを評した。つまりは予定通りという事だ。


「ユキヒト殿の頭の中は一体どうなっているのやら。『未来予知フォーシーン』の才能ギフトを持っていると言われてもワタクシ信じてしまいそうです」


「あいつに訊けば大した事では無いと言うだろうよ。同じ人間同士、そうそう常道に外れた行動などせぬものだ。後は本人が納得しやすい理由を用意してやればその通りに動くのは自明の理と言える」


《情報をしっかり分析すればその人間の求めている事くらいユキヒトなら分かるわよ。何せ、ドラゴン相手に頭脳で渡り合ったただ一人の人間なんだもの。同じ人間で読めないはずが無いわ》


「全く、神様も頼りになる方々に助力を頼んだものですね。ユウ殿達の力が無ければ今頃世界はどうなっていたか……」


「実際に動いている者はこの世界の者達が大半だ、別に俺達が居なくとも大抵の事はどうにかなったろうよ。単に纏める人間が居なかっただけだろう」


自分一人でここまで状況を上手く運べたとは悠も思ってはいないのだ。もし悠だけが独力で世界を立て直さなければならないというのなら、それはもっと殺伐とした物にならざるを得ない。絶対的な力の体現者として世界に覇を唱え、敵対する者達を悉く殺し尽すしかないのだ。


或いは、それを止めたのはサリエルなのかもしれない。悠はあの時制止する者が居なければ、少なくともカザエルを五体満足で生かしておくつもりはまるで無かったのだ。そしてその後戦場で敵対するアライアット兵も殺し、返す刀でノースハイア軍及びアグニエルも殺し、そうこうしている内にローラン、アルトは『黒狼』に殺され、マンドレイクを灰燼に帰し、気弱なルーファウスを傀儡としノースハイアとミーノスを手に入れる。そして後は聖神教をこの世から消し飛ばせば人間社会の統一は完了である。1週間とかかるまい。


意に沿わぬ覇王として君臨する事無く協力体制を作り上げて来たのはその後の世界を思えばこそだが、こんな道も全く可能性が皆無では無かったのである。


ずっと時間は掛かったが、悠はおよそ5ヶ月でここまでの状況を作り上げた。恐怖によってでは無く、共に手を携える事でそれを成し得たのだ。自分の功よりも、悠はそれに協力してくれた人々をこそ誇らしく思っていた。


「……案外、たった一人の善意が世界を変える事もあるのかもしれんな……」


「ん? どういう意味で?」


言葉の意味を図りかねたハリハリの問いかけに悠は首を振った。


「いや、何でもない、独り言だ。さて、俺達は俺達の成すべき事がある。このメルクカッツェ領を越えればいよいよフォロスゼータだ。抜かるなよ」


「お任せあれ。分を超える力を用いた者達に痛い目を見せて差し上げましょう」


メルクカッツェ領を闊歩しながら、ハリハリは最後まで自信のある笑みを絶やさなかった。




「ふむ……ここも兵士の姿がありませんな……」


メルクカッツェ領に踏み込み、その半ばまで到達しても、またもやイレルファン領と同じように巡回する兵士の姿は見当たらなかった。マーヴィンの独り言の様な言葉を聞き、バローは一旦全軍に制止を命じて首脳部を招集した。


「どう思う? また自分の街の近くでドンパチやってんのか?」


「フォロスゼータに近い方が聖神教の力が強まるのは道理ですが、それならもう決着がついていてもおかしく無いと思いますよ?」


「そして決着がついているなら我々はもう捕捉されていなければ道理に合いません。もう一度ユウ殿に様子見をお願いしますか?」


ジェラルドの提案にマーヴィンは首を振った。


「いえ、どうせなら全軍で向かいましょう。姿を見せる事で得られる反応から対応しても間に合います。襲ってくるなら迎撃を、閉じ籠もるなら釘を差して先に進めば良いでしょう」


「だな、街が見えたら総員戦闘態勢だ。ユウ、手筈通り冒険者隊は先を進んでくれ」


「心得た」


結局当初の予定通り、悠の冒険者隊を戦闘にして連合軍はメルクカッツェ家の本拠地ヘネティアへと向かったが、そこで待ち構えていたのは復讐に燃える兵でも服従を示す白旗でも無く、ただ一人の人間だったのだ。


連合軍がヘネティアに堂々と姿を現しても、ヘネティアから兵士達が湧き出してくる事は無かった。


「少なくとも戦う気は無いという事か?」


「分かりませんよ。白旗を上げるでもなく静観しているだけでは確たる事は言えません。もう少し近付いてみて……お?」


悠と推論を交わしていたハリハリが街の門から誰かが飛び出してきたのを見つけその姿を注視し、眉を顰めて一言で評した。


「……随分と妙な格好をした女性ですね……」


ハリハリは妙と評したが、歯に衣着せぬ言い方をすれば「変な」と言い換えても異論は出なかっただろう。そのくらい、その女性の出で立ちは一般人の目には異様に映ったのだ。


徐々に近付いてくるとその印象は更に強くなった。金色の毛は何かで固めたのか逆立っており、額には白い鉢巻きを巻き、身に着けているのは真っ白い軍服もどきに見える。その軍服もどきもしっかり着こなしている訳ではなく、上半身は肩に羽織っているだけで腕を通しておらず、胸にはサラシを巻いて惜しげもなく豊かな胸元を見せつけていた。


この場に地球出身の子供達が居れば、彼女の事をこう評しただろう。


「あっ、ヤンキーだ」と。


近くで見るとその印象は益々確かになっていった。悠を睨み付ける目は険しく、ついでに三白眼のせいでより狂相に拍車が掛かっているのだ。身長も高く、180センチ近くはありそうだ。なまじ造作が整っているだけにその迫力は中々のもので、もしかしたら気の弱い男性なら思わず道を譲ってしまうかもしれない。


だが、睨みつけている相手もまた尋常な男では無かった。


「……」


「……」


悠の正面に立った女性が視線で殺せそうな圧力で斜め下から悠にガンを飛ばしたが、悠もまた感情の籠もらぬ視線で迎え撃った。


「……」


「……」


「……」


「……」


角度を変え強弱を付け悠を威嚇する女性に対し、先に痺れを切らせたのは第三者となり果てていたハリハリであった。


「……あの、何か喋って下さいません? ずっと見つめ合っているだけでは話が進みませんし……」


「……チッ、うるせぇな。ひ弱な兄ちゃんは黙ってろよ。オレはコイツに用があるんだ!!」


「と言ってもワタクシ達はあなたの事を存じておりませんので、せめて名前くらいは名乗って頂けませんかね?」


悠が全く恐れ入らない事に苛立ったらしい女性は無言の欧州から口でのやり合いに切り替えた。


「とぼけた野郎共だな! ここはメルクカッツェの領地だって知ってんだろうが、ああ!? だったらここに居るのが誰かくらい察しろや!!!」


「……う~ん、まさか、もしかして、万が一、有り得ない可能性かと思いますけど……ゾアント・メルクカッツェ殿の御息女ですか?」


「見りゃ分かんだろうがボケッ!!! オレのこの家紋が目に入らねぇのかよ!!!」


そう言って軍服もどきに金糸で刺繍された家紋を見せ付けるのだが、白地に金糸で非常に見にくく、ハリハリはどちらかと言えば豊かな胸の方に視線を奪われがちであった。


「ほほぅ……これはこれは、大層なものをお持ちで……」


「ど、どこ見てやがる!? ブッ殺されてぇのか!!!」


ハリハリは彼女が思うよりずっと図太い精神の持ち主だったらしい。思わず胸を隠して威嚇するが、悠はこの時間の無駄に辟易したらしく、流れを断ち切って本題を切り出した。


「それより名乗るならサッサと名乗ったらどうだ? 俺はあの人でなしの娘の名など知らんぞ」


「言いやがったな……! オレはルビナンテ、ルビナンテ・メルクカッツェだ!!! ウチのオヤジが下手を打った落とし前を付けさせて貰うぜ!!! ユウとか言ったな? オレとタイマン張りな、ボコボコにしてやんよ!!!」


ルビナンテの啖呵は本人からすれば決まったと思ったのだろうが、戦場には乾いた風が吹き、背後に控えていた冒険者達の中からは失笑が漏れるのであった。

世界観が違う人が紛れ込んでいます。

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