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8-19 進軍6

「やけに風が強くなって来たな。こんな日に夜勤とはついてないぜ」


「おい、そんな愚痴が幹部の方々の耳に入ったら粛清されるぞ。何人殺されたか知らない訳じゃないだろ?」


「わ、分かってるよ。……しかし人手不足で昼も夜も無く働かされてて、兵士は皆気合で動いてるような状況なんだ。こんなんで連合軍と戦いになったらと思うと……」


疲れ切った体を労わるように、見張りの兵士は槍を持っていない方の手でグリグリと肩を揉んだ。その手応えは硬く、寒さ以外の疲労が影響している事は疑いない。それは別にこの見張りの男に限らず全ての兵士に言える事で、今更ながらに兵士達は居なくなった下級市民が日頃如何に重労働に従事されていたかを思い知ったのだった。


更にそこにガルファの大粛清劇という兵士達の精神に追い打ちを掛ける出来事が起こり、少しでも聖神教に対して不敬であると見做されれば即座に死を賜る現状に兵士達は肉体的にも精神的にも追い詰められていた。


それが注意力の低下を招き、『生命結界ライクリンクフィールド』に対する盲信が緊張感を奪った罪は聖神教にあっただろうが、聖神教を肯定する者達で占められている現在のフォロスゼータにそれを批判出来る者は居なかったのである……。




「……周辺に居る兵士は6人。3つある倉庫の入り口に2人ずつで巡回は無し。襲われるなどとは露とも考えておらんようだな」


「ヤハハ、いけませんねぇ、生物の生命線を疎かにしているようでは。これはちょっと熱いお灸を据える必要があります」


倉庫の背後から地上に抜ける穴を開け、偵察に出た悠の報告を聞いてハリハリは人の悪い笑みを浮かべた。


「カグラ殿、徐々に風を強めて下さい。強弱を付けてね」


「はぁい」


周辺の強風は神楽の魔法によるものであり、特に難しい魔法では無いが、その規模は普通の魔法使いとは桁違いだった。あまり力量を主張しない神楽だが、今回の子供達の中では最も魔力の保有量が多いのだ。それだけ大規模な魔法を一人で行えるという事である。


神楽が風に強弱を付けて右に吹かせ、左に吹かせとしていると、入り口の前に設置された篝火の炎はそれに煽られて大きく揺らめいた。


それでも見張りの兵士達は寒い中吹き荒れる風に苛立たし気ではあったが、それが危険だとは考えてはいなかった。寒風で体温が奪われる中、倒れてしまわないように気を張るのが精一杯だったのだ。


「油に干物、香辛料に穀物、それらを保管する木箱や布袋……倉庫には燃えやすい物が一杯あるのだという事を思い知りなさい。……今です!」


「んっ!」


ハリハリの合図で神楽が一番遠くに位置する篝火に風を集中させると、それを思い切り扉に向けて叩き付けた。


「うわあっ!?」


激しい音が鳴り、篝火の中身が散らばって木製の扉を炙り始めると、冬の乾燥した気候のせいで、すぐに扉は焦げ臭い匂いを発し始めた。そこにこっそりと薄い可燃性のガスをハリハリが混ぜ込み、炎を煽っていく。


「や、ヤバい!! 倉庫が燃えちまう!!!」


「ば、馬鹿野郎!!! 早く火を消すんだよ!! おーい、今すぐ手伝ってくれ!!!」


「何やってんだお前ら!? クソッ、とにかく扉を壊せ壊せ!!!」


他の見張りも慌てて離れた倉庫に駆け付け、槍の石突きで燃え上がり始めた扉を叩き壊して消火を始めると、ハリハリは神楽と京介に頷いて見せた。


「もう一丁~ぅ」


「へへ、行くぜ! 『導火線ファイヤーリード』!」


見張りの者達が扉の消化に気を取られている内に、一際強い風を吹かせた神楽の魔法によって一瞬で全ての篝火が倒され、更に京介が遠隔火炎操作の魔法で扉の隙間から炎を中に送り込み始めた。


「私も手伝ってあげる!」


朱音も他の者達の活躍に触発され、倉庫の壁に手をつくと、内部の液体を走査し、油と思しき液体を操って倉庫の床にぶちまけた。


「な、なんてこった!? 他の倉庫まで!?」


「お、落ち着け!! まずは一番燃え方が激しいこの扉を――」


「待て!! ……こ、この臭いは……やべぇ!! 火の粉が中に入ったのかもしれねえ!!!」


「う、嘘だろ!? この兵糧が無くなったら俺達は……!」


「消せえっ!!! とにかく火を消すんだッ!!!」


「水魔法を使える奴はいねぇのか!?」


「そんなモン使えりゃとっくに使ってるよ!!!」


「それより応援を呼んだ方がいい!!! 俺達だけじゃ無理だ!!!」


兵士達は頑張った方だろう。しかし、如何せん彼らには消火の心得という物が全く備わっていなかった。そもそも火事など端から想定していない為、近くに消火用水などの備えも無いのだ。せめて水魔法が使える兵士を一人くらいは配置しておくべきだったのだが、単なる間に合わせで頭数だけ揃えた兵士達の中には水魔法を使える者は存在しなかった。もっとも、多少水魔法を使えたからといってどうにかなるレベルでは無かったが。


混乱の極みにある兵士達はとにかく火を消さなければと最初の扉の消火に固執した。鎧を脱ぎ、服も脱ぎ捨て、その服で炎を叩いて消そうとまでしたが、火勢が強く、すぐに濡らしてもいない服に火が燃え移ってしまった。


「だ、だ、駄目だ!!! どうにもならねぇよ!!!」


「消えろ!!! 消えろよ!!!」


「お、お、俺は兵舎に応援を呼びに行ってくる!!!」


「俺は近くに誰か手伝ってくれる奴を探すぜ!!! こんな事してても火は消えねぇよ!!!」


6人の内2人が消火を続けても無意味だと悟り、上半身裸のままそれぞれ別の方向に駆け出して行った。


「ヤハハ、順調順調。キョウスケ殿、1番と2番の倉庫はどんな具合ですか?」


「もう人の手じゃ消火出来ないくらい燃え広がったぜ。おっと、怪しまれるから扉ももうちょい燃やしとかないとな」


「3番目の倉庫は主に水や薪が保管されてますから、見た目扉が派手に燃えていれば構いません。……もう少し兵士が冷静だったら手間取ったでしょうが、この分だとその心配は無さそうです」


10分ほど経過し、他の2人が応援を連れて戻るのと、残っていた兵士達が燃え崩れる扉を破壊するのはほぼ同時であった。


「ハァ、ハァ、ハァ……! こ、こっちは大丈夫だ!!! そっちの火を消してくれ!!!」


「任せろ!!」


数人の兵士が扉に向かって詠唱を始め、水魔法がゆっくりと構築されていくのを倉庫の背後から窺っていた悠が子供達を下がらせた。


「京介、神楽、朱音、穴まで戻れ。ここは危ない」


「はい! へへへ、アレを見たらビックリするだろうな!」


「私も~、最初に見た時はビックリしたよ~」


「殆ど罠よ罠。今思い出してもゾッとするわ」


口々に不穏な台詞を並べ、全員が穴の中に入った時にようやく兵士達の水魔法が完成し、扉に向かって放たれた。それは朱音からして見ればオモチャの水鉄砲というレベルだったが、季節が冬である事、それなりに人数が居た事で扉の火勢を殺ぎ、2度目の行使で両方とも消火する事に成功した。


「チッ、大した事は無さそうだが、まだ中が燃えてるみたいだ。扉を壊して消火に行くぞ!!!」


「こっちも終わった!! 突入する!!」


頷き合い、1番と2番の倉庫の脆くなった扉に同じタイミングで斧が叩き付けられたが、もしこれを現代の火災知識のある人間が見たら思わず目を覆った事だろう。


よくよく見るまでもなく、隙間から中が燃えているのは見えているのだ。その際、内部の炎が弱いという事は実は非常に危険な兆候なのである。


炎が燃え続けるには燃える対象と酸素が必要なのは理科の初歩である。密閉された空間で火が燃え続けるという事は内部の酸素がどんどん消費され、一酸化炭素と二酸化炭素が増大する。実際、火事で犠牲者が出る時、その殆どが炎によって焼死するのではなく、一酸化炭素中毒や肺への火傷で酸素を取り込めなくなって死ぬのだ。俗に言う、煙に巻かれてという奴である。


そして酸素が消費された事で一時的に火勢は弱まる。しかし、それはあくまで弱まっているに過ぎず、密閉空間内は通常の大気と同じ状態では無い。ましてやそれが民家レベルでは無く巨大な倉庫であったら……。


そこに大きな穴が空き、新鮮な空気が一気に流れ込んだら一体どうなるのか? その答えがこれだ。




ズドンッ!!!!!




斧を叩き付けた兵士2人が壊れた扉とともに遥か後方まで吹き飛ばされた。その周囲に居た者もある者は薙ぎ倒され、またある者は内部から吹き出した炎に炙られて火だるまになって転げ回った。倉庫の壁にヒビが走り、内部の燃焼物は先ほどとは比べ物にならないほどの火勢で一気に倉庫内を火の海にしてしまった。


――これが酸素欠乏状態からの爆発的燃焼現象、通称『バックドラフト』である。

ハリハリは気体を構成する要素を子供達に聞いて知っています。早速活用してる辺り如才ないですね。

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