8-18 進軍5
悠は明日に向けて軍議を行っているバローのテントまでやって来た。中に入るともう主だった面子は顔を揃えており、ハリハリが隣の椅子を勧めた。
「どうでしたか? ……と言うまでも無く図らずも小言を言って来たと見ましたが?」
「ご明察と言っておこうか」
「よく分かったなハリハリ?」
「ヤハハ、ワタクシ、ユウ殿の表情を読む事に掛けてはアーヴェルカイン1と自負しておりますです、ハイ」
「その割には減らず口は直らねぇんだな……まぁいい、今は明日の話だ」
悠が席に着いたのを見て、バローがマーヴィンに合図して地図を壁に貼らせた。
「規定の刻限にフォロスゼータに到達するには明日はメルクカッツェ領を通らなきゃならねぇ。当主のゾアントは……まぁ、生きてるだけのボロ雑巾だとしても、元々は武力で伸し上がった名門だ。どの程度反抗して来るかは未知数だが、ユウの恐怖が染みついていれば普通ならまともには仕掛けて来ねぇだろう。だよなマーヴィン?」
「左様です。クリス殿、ゾアントの係累は女子ばかりでしたな?」
「はい。そろそろ婿を取らせてメルクカッツェ家を継がせるつもりだろうと小耳に挟んだ事があります」
「あのオヤジの娘かよ。結婚相手は大変だなぁ」
「ハハハ、それはさて置き、実際には現在メルクカッツェは兵を動かす者が居りません。良くも悪くもゾアントの独裁体制でしたから」
そこで、とマーヴィンが言葉を継いだ。
「明日は冒険者隊、というよりはユウ殿を先頭に進軍したいのです。ユウ殿の恐ろしさは身に染みているでしょうし、大いに抑制効果を期待出来ますから」
「逆上して襲い掛かってくるかもしれんぞ?」
「それならそれで構いません。敵が野戦に踏み切るならば一戦して葬り去るだけです。一地方貴族が対抗出来る数ではありませんよ」
幾つかの戦術案は既に雪人によって示されており、その内のどれが最適かはその都度現地の者が判断する事になっている。躊躇無く悠を囮にする作戦を提示している辺りが如何にも雪人らしい。
「我々は隊を3つに分けて行軍します。中央の冒険者隊を前に出し、その両翼後方、右翼にはノースハイア軍を、左翼にはミーノス軍を、そして後方にアライアット軍を配し、もし相手が打って出る様でしたらノースハイア、ミーノス両軍が突出してメルクカッツェ軍を包囲します。6万の軍勢が遊兵を出す事無く機能すればメルクカッツェ軍が如何に精強であろうとも殲滅するのは容易です」
「ならば俺は構わん」
悠だけならば敵が何であれ構わないが、冒険者を巻き込むのであればそれなりの備えが必要だ。いくら雪人が策を立ててもそれが実行出来ないのでは意味が無いが、マーヴィンがかつての傲慢さを捨て去っていて尚実行出来ると言った言葉を悠は信じる事にした。
「その了解が頂ければもう私に心配事は御座いません。……今晩行かれるのでしたね?」
「ああ、この後行ってくる。吉報を待っていてくれ」
悠の行き先は目的地であるフォロスゼータである。いよいよこれから兵糧に火を掛けに行くのだ。
これまで待ったのには理由があり、短時間でフォロスゼータに辿り着ける地点まで行ってからでなければ近隣の町や村から徴発して補われるかもしれないからであった。相手の時間的余裕が無い状態で行って初めて完全な効果を期待出来るのである。
「行くのはユウ殿、ワタクシ、キョウスケ殿、ハジメ殿、アカネ殿、カグラ殿の6人ですね?」
「ああ、パトリシアに断りは入れてあるから問題は無い。穴も事前に兵糧庫の近くまで掘ってあるから始だけで構わない。今回の作戦の肝は京介と神楽だ」
兵糧を焼くという作戦である以上、精密で大規模な火属性魔法に適正の有る京介を連れて行くのは当然として、燃焼を助ける大気を操れる神楽も大いに役に立つはずである。
「でもよ、ハリハリが居ればガキ共は連れて行かなくてもいいんじゃねぇのか?」
「それは些かワタクシ買い被っておりますよ、バロー殿」
達人級の魔法使いであるハリハリが居れば全ての作業は一人でこなせるのでは無いかと思ったバローだったが、その言葉は当のハリハリが否定した。
「個々の系統に関して言えば私より子供達の方が高い適正があります。もしあの子達がこの先もずっと魔法の鍛練を続けたなら、それぞれの分野ではワタクシより上の魔法使いとなる事は間違いありません。特にハジメ殿など、今現在もワタクシと同等かそれを上回る力を持っています。魔力が有限である以上、それぞれの得意分野で分担しなければ流石にワタクシも魔力がもちません」
「街の行き返りの水属性、洞窟内の風属性と土属性、火を放つ時の火属性と風属性、その他状況に応じた魔法を全てハリハリに任せては明らかに消耗が過大だ。ハリハリはあくまで不測の事態の補助とパトリシア王妃の交渉役として連れて行く」
ハリハリはほぼ全ての属性の魔法を過不足無く使いこなすが、それはいくらでも制限無く魔法を使えるという意味では無い。また、魔法制御の精密さでは誰よりも高い能力を持っているが、威力に関しては個々の得意属性を持つ子供達の方が上なのである。
「そうか……だがよ、いくらお前らが付いて行くと言っても戦争中の敵の本拠地に飛び込む事になるんだ。十分に気を付けろよ」
「勿論ですよ。子供達には傷一つ付けさせるつもりはありません」
「それでは行くか」
「ええ、行きましょう」
他の者達と頷き合い、悠とハリハリは外へと出て行った。
「いやー、ようやく俺も連れて行って貰えたぜ!!」
「京介君の魔法は使い所が難しいからね」
「だよな~。冒険者ギルドの依頼なら使えるけど、普通の人間相手に使うと死んじゃうしなぁ……」
例によって川の底を進みながら京介と始は談笑していた。火属性という性質上、戦闘以外では中々機会の無い京介は今回は張り切っているようだ。
そもそも火属性魔法は殺傷能力の高い魔法系統である。生物である以上火が効く魔物は多数居るし、それは相手が人間でも当然効果的だが、悠は子供達に直接的な殺害を指示する事は無かった。そうすると必然的に京介が呼ばれる事は少なくなり、冒険者ギルドの依頼消化が主な任務となっていたのだが、今回の潜入任務は短時間で秘密裏に高火力を出せる者が必須という事でお呼びが掛かったのである。
「悠先生やハリー先生が相手なら本気でやってもかわしてくれるから気が楽なんだけど、それ以外は自主練するしか無かったから結構正確に魔法使えるようになったぜ」
「上手く本当の火事に見せかけないとダメだから難しいよね」
今回もあくまで潜入任務であり、存在を悟られる訳にはいかないのだ。まだ潜入路に利用価値がある限り、今回の火災は失火に見せかけなければならないのである。
「大丈夫ですよ、ちゃんと練習した通りにやれば問題ありません。『生命結界』は外からの攻撃には滅法強いですが、内部では何の阻害も受けませんから」
本番で上手く手順を消化出来るように、実際に始に兵糧庫と周辺の建物を再現させて何度も練習は繰り返して来た事を引き合いに出してハリハリが太鼓判を押した。実際、高い魔法才能と努力に裏打ちされたこの作戦はその規模と緻密さ、効果において歴史的にも類を見ないものであり、魔法破壊工作の最高峰として長く記録される事であろう。魔法に関わる者としてハリハリも若干の興奮を隠せなかった。
「正面切って戦っても負けはしないが、より人死にを少なく効率的に勝つに越した事は無い。お前達の働きが多数の人間の助けとなるはずだ。気負う必要は無いが全力を尽くしてくれ」
「「「はい!!!」」」
闇に溶け込む川底で、はぐれないように互いに繋いだ手に力を込め、若鮎の様な躍動感を持って4人は先を目指したのだった。
再び潜入作戦です。出番の少なかった京介の見せ場を作ってあげたいですね。




