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8-17 進軍4

連合軍はイレルファン領とメルクカッツェ領の境界近くを夜営地と定め足を止めていた。普段は冒険者が働かせられる場面であったが、今日の勝利の報奨として労役を免除され、皆思い思いに今日を振り返っていた。


「何度か戦を見て来たが、今日くらい負けないと確信出来た戦は無かったぜ。酷いのになると誰が指揮官なのか分からないまま戦った事もあったからなぁ」


「負けないとは確信出来たけど、死なないと確信出来ないのが戦争の怖い所だよな。どんなに警戒してたって流れ矢とかあるしよ」


「鍔迫り合いでもしてる時にそんなのが飛んで来たらどんな達人でも堪らんぜ。……あ、いや、教官なら相手を叩きのめしながら片手で受け止めそうだけどな」


「あの人を普通の冒険者の基準で測れねぇだろ……つーか、俺らが外でひーこらしている間に教官一人で街落としてるじゃんか……」


「俺、後ろの方だったから見てたけどよ、城壁を足だけで登ってたぜ。思わず興奮し過ぎて幻覚を見たのかと思ったもんよ」


「つくづくアライアットに住んでなくて良かったわねぇ……」


「そういや今回大将を討ち取ったのって教官が目を掛けてる奴だろ? 強いのか?」


「いい奴だぜギャランは。あの歳でⅤ(フィフス)に認められるだけの事はあるよ。老け顔だけどな!」


「ダハハハハ!! そりゃ言えてるな!!」


死者を出したとはいえ、完璧に近い内容で勝ち取った勝利に依然冒険者達の士気は高かった。そもそも死と隣り合わせの商売であり、ネガティブよりもポジティブを好むのが冒険者というものだ。まずは勝ち、そして生き残った事を喜ぶのが彼らの生き方である。


そしてその話の内容も自然と今日の出来事になるのは当然であり、真っ先に趨勢を傾けたギャランと悠の事が盛んに冒険者の口に上っていた。


しかし、当のギャランはと言えば、人々に自らの功を声高に喧伝するでも無く、あまり目立たない様にしてパーティーメンバーと共に保存食などを齧っていたのである。


「ほら、そこらじゅうであなたの噂をしてるわよ。ちょっとは応えてあげたら?」


「い、いいよ。俺の手柄じゃ無くて、ユウ様から貰った武器が凄いだけだから」


「いやいや、そうでも無いぞ? 試しに俺もその盾刃シールドエッジを借りてみたけど、そんな難しい武器を使えるのは教官とお前くらいのモンだよ。危うく戻って来た盾に真っ二つにされるかと思ったぜ」


槍使いの男が肩を竦めて言うと他の者達もうんうんと頷いた。試技で悠やギャランが軽々と扱っていたのでどんな物かと試してみたのだが、それは想像以上にピーキーな武器だったのだ。回転する刃が自分に迫って来る恐怖は筆舌に尽くし難く、しかも自分と繋がっているので回避のしようがない。下手に動けば刃が跳ね回り、周囲に甚大な被害を及ぼしかねないのであった。


「むしろお前はどうしてそんな武器を最初から扱えたのか俺達が訊きたいくらいだよ」


「いや……俺はユウ様がやった通りにやっただけで……」


「本当にギャランは投擲の天才だな。何か才能ギフトでも持っているんじゃないか?」


「し、知らないよ。ウチは貧乏だったし、『能力鑑定アプライザル』なんて受ける余裕無かったから」


「可能性はあるな。投擲系の才能と言えば……『飛弾テクニカルシューター』、『魔弾ディスタントシューター』辺りか?」


「もっと上かもしれないわ。私も弓の才能持ちだけど、ギャランは私より上の素質を感じるもの」


弓使いの女の言葉に格闘家の男も賛同した。


「そうだな。しかし、その上となると……うむ、俺は知らん」


「剣は有名だけどな。『剣聖イノセントブレイド』はいつだって男の憧れさ」


剣の最上級の才能である『剣聖』は数々の物語に登場する為、一般にも広く知れ渡っているのだ。幼い頃は大体男の子は『剣聖』に憧れるものである。


「あるかどうか分からない才能なんて考えても仕方無いよ。……俺、ちょっと用を足してくる」


しかしギャランは話に乗ってくる事も無く、言葉少なに席を外して歩み去っていった。


「あらら……ウチの年少組は元気無いわねぇ。ジオもフラッとどこか行っちゃうしさ」


「ま、そっとしておいてやろう。あいつらは初めての戦争だろうし、これからが本番なんだ。ルミナ、お前も軽いとはいえ怪我してるんだから、今日は薬を飲んで早く寝ろよ?」


「分かってるわよ」


パーティーメンバーがそんな話をしている頃、ジオは一人離れて空の星を眺めていた。


(人を斬ったのは初めてだな……)


今も手に残る感触を思い出し、ジオは手を握ったり開いたりして今日の出来事を思い返していた。


これまで色々な依頼を片付けて来たが、人を殺したのは今日が初めてのジオである。人型の魔物モンスターは斬った事があるので、人を斬るのもその延長線上にあるとジオは考えていたのだが、それは似て非なるものであった。


自分と同じ構造をした肉体に刃を通す感触、打ち合う剣を通して伝わって来る感情、そして事切れる時の虚無感。その全てが後味悪くジオの手にこびりついているような気がしていた。


コロッサスの剣は流石業物と言える切れ味でジオの技量を補ってくれた。よくよく見ればその剣は長く使い込まれていて、これまでにも多くの魔物や、そして人の血を吸って来たのだろう。そう思うと、ジオは自然と剣を腰から外し、自らの横に置いた。


アライアットの兵を斬る事に戸惑う事は無い。人を斬る感触にもやがて慣れるだろう。しかし、それがいい事なのかどうかはジオには分からなかった。……戦場に居る以上、分からない方がいいのかもしれないが。


「ジオ」


「……ギャランか」


ジオを見つけたギャランが声を掛け、ジオの隣に置いてある剣をチラリと見て、その逆側に腰を下ろした。


「……どうだった?」


ギャランの言葉は主語が抜けていたが、ジオはその質問の意味を察し、いつもより抑えたトーンで答えた。


「……戦闘中も言ったけど、あんまりいい気分じゃねぇよ。その様子だと、大将首を取ったお前も同じなんだろ?」


「うん……」


ギャランは自らの右手に装備されている盾刃に触れて答えた。


「人を殺したのは初めてだったけど……正直、とても嫌な気分だよ。まるで自分が極悪人になったみたいな気がする。この武器の切れ味が良過ぎて殆ど感触は無かったけど、殺した相手の体からこぼれた内臓を見た時は吐きそうな気分だった。だけど、俺以外、誰もそんな事気にしちゃいないんだ。当たり前だよね、それはもう人間でも敵でも無い、ただの死体なんだから……」


戦場での人間の区分は明確だった。敵か味方か、そして生きているか死んでいるか、ただそれだけである。そこには身分も人格も意味を成さなかった。


「俺は最初に3人斬ったけど、そこからは怖くなって、それで他の人を助ける為に戦場を走り回ったんだ。助けた人は皆喜んでくれたけど、俺は、俺は直接人を殺すのが怖くなって逃げた気がしてならないんだ……。自分の代わりに誰かに任せたかったのかもしれないって、今ではそう思う。……人殺しを」


「今日の殊勲者が随分と弱気だな」


その声は2人の背後から掛けられた。それは、冒険者の様子を見回っていた悠である。


「あっ、ユウ様!?」


「探したぞ。……よくやったと言ってやりたいが、お前はそう言っても今は喜べそうに無いか」


「「……」」


答えの無いジオとギャランの横に悠は腰を下ろした。


「…………すいません、せっかく凄い武器を頂いたのに、俺……」


沈黙に耐えかねて謝罪を口にするギャランに悠は小さく首を振った。


「いや、最初から上手く戦えるとは思ってはいない。人を殺す事に楽しみを見い出して貰っても困る。多くの冒険者は勝利に浮かれているが、この状況はやはり異常な事なのだ。人が人を殺す事を全面的に肯定する、この戦場という場所はな」


「……何だよ、指揮官が戦争を否定すんのかよ」


悠の口調から否定的なニュアンスを感じ取りジオが突っ込んだが、悠は意見を変えなかった。


「率先して人殺しをしたい人間などただの人格破綻者だ。それでも、異常と分かっていても戦わなければ勝ち取れない未来の為に皆戦っている。俺個人が戦争を嫌っている事は関係無いし手を抜くつもりも無い」


「だからって士気ってもんが……」


「人に影響されて士気を上げ下げするくらいなら戦場に出るべきでは無い。兵士が何を考えようとやらなければならん事は変わらん」


これが何の働きもしていない人間の言葉であればジオも反感を抱いただろうが、悠は単身でマーレを解放する功をあげており、ジオの反論を封じていた。


「戦場でどれだけ功をあげてもその人物の人格を決定する要素にはなり得ん。戦場の英雄が市井では穏やかな人物であっても何の矛盾の無い事だ。……ここでお前達が人を殺したとしても、これまで培われてきた価値観や人格が否定されるものでは無い。今は勝ち、そして生き残る事を考えろ。生きていればこそまた悩む事も出来るというものだ」


応えの無い2人をおいて、悠は立ち上がった。


「俺は『異邦人マレビト』だ。異世界では軍人だった。そんな俺が出来るのは戦場の現実を語る事だけだ。……これから先はもっと多くの人が死ぬ。それでも生きている者達はその屍を踏み越えて先に進まなければならん。歩みを止めるなよ」


『異邦人』であると告白し、言える事を言い切ると、悠は2人の肩を叩き歩き去ったのだった。

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