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8-16 進軍3

大勢たいせいは決しても、個人単位で聖神教の信者達は粘った。……それがたとえ何の意味も無い粘りだとしても、殆どの者は最後まで抵抗を止めなかったのだ。


混戦となるとギャランも迂闊に悠から譲られた装備を使う訳にはいかず、もっぱら敵の戦闘力を削ぐ作業に従事していた。鎧で覆われていない場所に投げナイフや手裏剣で攻撃し、その隙に他の冒険者が必殺の一撃を加えて手柄を上げていく。


「こ……んのぉ!」


「ジオ!」


今も鍔迫り合いで劣勢のジオを手助けする為に背後から相手の膝裏に投げナイフを叩き込むと、痛みと驚愕でバランスを崩した敵兵がジオに深々と斬り付けられ地面に倒れた。


「大丈夫?」


「ああ、助かったぜ。……こいつら、もう負けは決まってるってのに頭おかしいんじゃねぇのか?」


「うん……」


流石に図太いジオも聖神教徒のしつこさには薄気味悪さを感じたようだった。普通は戦争でも敗色濃厚となれば助かるか分からなくても投降するものであるのに、彼らは死に瀕しても逃げないのだ。腸をこぼしながらでも命尽きるまで戦い続けるあり方がジオには理解不能であった。


「殺っといて何だけどよ、気分悪いぜ……」


「あんた達! ボサッとしてないで他の人間を助けなさいよ!!」


そこにパーティーメンバーの短剣使いから怒声が浴びせられた。その顔には赤い飛沫が付着していたが、自分の物では無く返り血らしい。


「悩むのは戦闘が終わってからにしなさい! 相手がどんな人間だろうとまずは勝って生き残らないと話になんないのよ!!」


言い捨て、まだ残っている敵に駆け出す短剣使いを見てギャランもジオを促した。


「ジオ、行こう。俺達は……戦争をしているんだ。相手が何を考えていようと負けてあげる訳にはいかないんだから……」


「……分かってる……放っておけばこいつらはノースハイアやミーノスにまで攻めて来るんだ。負けられねぇのはこっちだって一緒なんだよ!!」


凄惨な死体から目を逸らし、ギャランとジオは新たな敵を求めて駆け出して行った。




戦闘自体は30分も掛からなかっただろう。そもそもイレルファン軍の状況が最悪だったのだ。退却しようとして退路を断たれ、浮き足立っている内に指揮官を討たれ、更に体勢が整う間もなく倍以上の手練れの敵兵との戦闘に引きずり込まれたのだ。付け加えれば、背中を晒した為に反聖神教派からも挟み撃ちを受ける羽目に陥り、周囲は連合軍に完璧に包囲されていた。一騎当千の強者が居る訳でも無いのだから、まず100%勝ち目など無かった。戦争においてここまで悪い形勢になる事も珍しい。


聖神教徒は諦めが悪かったのでは無い。勝ち目が無くただ死ぬ為に戦っている彼らは一種の自棄でしか無く、さしたる被害も与える事は出来ずに戦場に屍を晒している彼らの死には何の意味も存在しなかった。もし意味があったとすれば、それは敗者にでは無く勝者にのみ存在し、だからこそ勝者は勝者足り得ているのかもしれない。


この戦いで連合軍が得た物は後方の安全と初戦の勝利、そして反聖神教派の確実な支持である。また、ただでさえ高かった士気を高水準で維持出来る環境が整った事もプラス材料であろう。


「ご助力感謝致します!! 正直、我々だけでは滅ぼされるのを待つばかりでした……」


「私もあなた方と志を同じくする者です。それに、まだ市街地は聖神教派の手の内にあるのでしょう? まずはそちらを解放しなければ……」


同じ国のよしみで対応に当たっていたクリストファーの言葉に兵士は頷いた。


「はい、マーレの市民が心配です。早く救出しなければなりません」


「しかしクリス、門からは入れんぞ? 強引に落とし扉を落としてしまったから地面に打ち込まれてしまっている。アレを撤去するのは……」


パトリオが懸念を口に出したちょうどその時、伝令がアライアット軍首脳部に駆けつけた。


「伝令です!! 門の正面に位置する軍は直ちに左右のどちらかに寄って頂きたいとの事です!!」


「うん? どういう事だ?」


奇妙な要請に眉を顰めたパトリオだったが、隣のクリストファーはすぐに何かに思い当たったようだ。


「パトリオ様、ここは言う通りに致しましょう。……非常に危険です」


「何が起こるのか見当がつくのか、クリス?」


「見ればご理解頂けます。とにかく、早く移動を!」


何時になく焦った様子のクリストファーに押されてパトリオは移動するように命令を下し、門の前からは誰も居なくなった。


しばらく空白の時間が過ぎ、何が起こるのかと門を注視していたパトリオだったが、突然門を貫いた閃光に目を灼かれて仰け反ってしまった。


「ぐわっ!?」


大多数の兵士達もそれは同様で、聖神教派の攻撃かと軍に緊張が走ったが、焼き切られた穴から出て来た人物を見てそれは歓声に変わっていった。


「あ、あれはユウか!?」


「どうやら我らが戦っている間に内部を制圧していたようですな。今の魔法はユウ殿が良く用いられる『火竜クリムゾンスピア』でしょう。あの街を守る鉄格子を物ともしない火力、間違いありますまい」


「……あんな魔法を叩き込まれればそれだけで戦が終わってしまうぞ……」


「ユウ殿個人の力で勝っても意味はありません。ノースハイアとミーノスが力を合わせて聖神教と対峙する事にこそ意味があるのですから。今回我々がマーレを救った事が広まれば国内で様子見をしている貴族も続々とこちらに靡く事でしょう。間者を放ったのはその為でもありますので」


視線の先の悠は両手に2人の人間をぶら下げていた。服装からして聖神教の司教か何かであろう。


悠は歓声の間を進み、バローの前までやって来て2人を地面に落とした。


「ユウ、そいつらが?」


「マーレの中に居る聖神教の者で一番地位が高い者達です。領主の屋敷で昼間から酒を食らって喚いていたので黙らせました」


今は『戦塵』としてでは無く上司部下の立場を優先して、敬語で悠は報告した。


「他人には戦争させといて自分達は安全な場所で酒盛りか。クソ以下だな」


顔を腫らし、鼻から口から血を垂らしている司教らを汚い物を見る目で一瞥し、バローは興味を失った。


「そいつらは助けた連中に引き渡しちまえ。酔っぱらった詐欺師なんぞに用はねえ。それと、まだ残党がいるかもしれん。街の奪還は終わったんだ、残りは反聖神教の兵士に任せようぜ」


「御意」


悠に司教らを受け渡された兵士は感謝を露わにし、マーレの治安回復に全力を尽くすと約束してくれた。悠は街中にはまだ聖神教徒が居るかもしれないが、襲ってきた者達は片っ端から叩きのめし、司教と同じ目に遭わせて転がして来たので抵抗は少ないだろうと言うと感激のあまりその場に平伏す有り様であった。


例によって従軍はやんわりと断り、負傷者の応急処置を済ませると、連合軍はマーレの者達の多大な謝意を背中に受け、メルクカッツェ領との境界を目指したのだった。




「ハリハリ、冒険者隊の被害状況は?」


「極めて軽微と評して宜しいかと。死者は6名、重傷が7名、軽傷は50名前後です。死亡、重傷はいずれもⅣ(フォース)、Ⅴ(フィフス)の冒険者です。ベテランはやはりいざという時強いですね。死んでしまったのは初陣の者達ばかりだったそうです」


「それでも戦えば損害は免れんな……。しかし、今日以上に勝ちやすい戦などそうあるものではない。一度経験しておけば次からは今少し動けるはずだ」


初めての時は上手く立ち回れないのは仕方がない事だ。最悪でも生き残りさえすればまた機会はあるのだから、今日の経験は明日を生きる糧となるだろう。


「そうそう、ユウ殿のお気に入りのギャラン殿が大将を討ち取ったそうですよ。夜営に入ったら誉めてあげて下さい」


「ああ、分かった」


初戦は完勝だったが死者も出た戦いであったので、悠は目的地に着いたら冒険者隊を見て回ろうと心に決めた。

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