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8-15 進軍2

ダーリングベル領の内情はクリストファーの予想以上の状態であった。


連合軍がダーリングベル領の中ほどに差し掛かった時、視界の遙か先に軍勢が現れパトリオはやはり戦闘かと身を堅くしたが、隣で馬を並べるクリストファーは焦らずに偵察隊の報告を吟味して口を開いた。


「一文字の白旗を掲げております。どうやら投降兵ですな」


「罠では無いのか?」


パトリオも多少は兵法に通じており、まず一番疑わしい可能性を挙げたがクリストファーはその意見を否定した。


「いえ、それはありません。……実は前もって各領地に間者を送るようにノワール侯より申しつかっておりまして、ミーノス・ノースハイア連合軍が聖神教を討つという話を流布させてあったのです。元々ダーリングベル領は反聖神教の者が多い土地でしたから、我々の進軍に合わせて反聖神教派が実権を掌握したのでしょう。その場合は白旗に一文字を記す様に間者に言い含めております」


「そうだったのか……」


2人が話している間にも軍勢は連合軍に接近し、はっきりその全容が明らかになった所で一文字の白旗を持った兵士と隊長らしき兵士、そしてそれに付き従う護衛が軍勢から離れて先行して前に出た。


「パトリオ様、私はノワール侯の下に行ってから交渉に赴きます。つきましてはマイヤー殿をお借りして構いませんか? 面通しをして貰いたいのです」


「ああ、ここはクリスに任せよう。マイヤー、クリスに付いて行ってくれ」


「了解です!」


元々この領地で働いていたマイヤーと共にバローの所で一言断りを入れ、数名の護衛を付けられたクリストファーは交渉にやって来たと思われる者達とそれぞれの軍の中間地点で接触した。


「その旗を持っているという事は、投降する意志があると捉えてよろしいか?」


「はっ、その通りです。領内の強硬派である聖神教の信者は全て捕らえました。我々も聖神教本部を打倒すべくこうして合流を願うものであります!」


使者の答えに頷きを返し、クリストファーはチラリとマイヤーに視線を送った。マイヤーはその意図を正しく把握し、声に出さずに頷いて見せた。


「投降は受け入れましょう。しかし、その間に領内が荒れてしまっては意味がありません。ですので、この中の数名だけ我々と同行して頂けますかな? 他の兵士諸君にはここに留まり退路を確保して貰いたいのです」


クリストファーとしても助力は有り難いと思うが、大量に受け入れるとまた不穏分子が入り込む余地を与える事になるので、それは御免被りたいのである。それよりも彼らが居なくなる事で逆に聖神教派が力を盛り返してしまう方が恐ろしいのだった。


クリストファーの言葉に隊長の男は少々残念そうな表情を浮かべたが、確かにここを空ける事に不安を覚えない訳でも無かったので最終的には首肯した。


「畏まりました、ここは我らで死守致します」


「お分かり頂けて助かります。ですが、万一の時はノワール領へお逃げなさい。ノワール侯も了承して下さっております」


「ご厚意有り難く頂戴致します。私は戻りますが、他の者は置いていきますのでご随意にお使い下さい。それと、領内は我々の手の者が巡回して安全を確保しております」


供として連れて来た者達を置いて隊長の男は本隊へと引き返していった。


「中々有能な人物のようだ」


「ケイン隊長は本当ならもっと偉くなっていても不思議じゃない方です。元貴族で学もありますが……ご両親が聖神教に逆らった罪で取り潰しの憂き目に遭われて……まだ成人されていなかったケイン隊長だけ罪を問われなかったそうです。随分とご苦労をされたと聞きました。この国で聖神教に睨まれた者は浮かび上がれませんでしたから」


「それは……お悔やみ申し上げる」


家を取り潰されたという事は両親は処刑されたという事であり、クリストファーは気骨ある貴族が喪われた事に短く哀悼を捧げた。


「これ以上その様な悲劇を繰り返してはならんな。先を急ごう」


数名の兵士を加え、再び連合軍は進軍を開始した。




イレルファン領のすぐ側まで進軍した連合軍はそこで夜営を行い、翌日も朝早くから歩を進めていた。だが、すぐに異常が全軍の知れる所となった。


「おかしいな……どうして巡回の兵士が一人も居ないんだ?」


かなり広範囲に渡って索敵を行いつつ進んでいるというのに、戒厳令下で警戒が厳しいはずの監視の目が全く存在しないのだ。


「閣下、これは良くない兆候です。街に斥候を放つべきです」


隣に侍るマーヴィンの助言にバローも頷いた。これ幸いに通り抜けてもいいが、少ないとはいえ背後から挟み撃ちにされるのは面白い事では無い。最初の時とは違い、軍単位で行動していては隠れてやり過ごす事も出来ないのだ。


「たが時間は掛けられねえ。となると……」


そこでバローの頭に浮かぶのは一人だけであった。


「密かにユウ殿に助力願いましょう。ユウ殿であれば30分もあれば見つからずに任務を果たす事でしょう」


「同じ事を考えてたみてぇだな。マーヴィン、ユウに伝えてくれ。イレルファンが軍備を整えているか探ってくれってな。何の備えも無いなら無視して進むが、そうじゃなければ釘を刺しておかなきゃならねえ」


「了解です」


すぐにその考えはユウに伝えられ、隣のハリハリも賛意を表した。


「ワタクシも同意見です。ここはワタクシ達が見ておきますのでユウ殿は行って下さい」


「分かった、しばらくここは任せるぞ。他の者達は今の内に休憩を取らせておいてくれ」


悠は跨がっていた馬から降りると、マントも外してハリハリに預け、既に頭に入れていたイレルファン領の主要都市、マーレに向けて駆け出して行った。


悠を知らない者達は冒険者隊を預かる者が自ら偵察とはどういう了見かと訝しんだが、駆け出した悠の速度に一斉に口を噤んでしまった。明らかに馬より速い速度で走る悠以上にこの任務に最適と思える人間は居なかったし、大多数の者達は戦闘を考慮しても悠一択である。


悠は姿の見えない場所まで来ると『竜騎士』に変じ、更に速度を稼いでマーレを目指し、2分も飛ばない内に遠くにマーレの街らしきものを視界に収めたが、そこで悠が見たのは激しく剣戟を交える兵士達の姿であった。


《あら、攻められちゃってるわよ》


「ふむ……いや、仲間割れか? 状況を見るに反聖神教派が劣勢のようだ」


漏れ聞こえる声を拾って確認すると、どうやらイレルファン領では聖神教派と反聖神教派に分かれて戦ってはいるが、領主のベネット・イレルファンは聖神教派であるらしい。その分多くの兵が付き従っているようだ。


これには理由があり、別にベネットも好き好んで聖神教派に付いている訳では無いのだが、前回バロー達を素通りさせた件で聖神教から多数の監視が放たれ、素知らぬ顔を許さなかったのだ。流石に近くで見張られてはベネットも聖神教に逆らう事は叶わなかった……というより、目先の問題を先送りしたのだった。


「ここからなら次のメルクカッツェ領も遠くは無いな……。よし、本隊に知らせて退路を確保する。アルトに『心通話』を繋ぐぞ」


《連れて来て良かったわねぇ》


今回アルトはこういう時の為に悠との連絡を付ける為に顔を隠して冒険者隊に紛れ込んでいた。あくまで連絡要員であって戦闘要員では無いが。


《アルト、聞こえるか?》


《……ユウ先生? はい、聞こえます》


《バローに伝えてくれ。マーレの街の外で聖神教派と反聖神教派が戦闘中。当主ベネットは聖神教派に与しており優勢。ただちに救援を乞うとな》


《分かりました、すぐに向かいます!》


アルトと連絡を付けた悠は『竜騎士』化を解くと、戦場を迂回して密かにマーレの城壁に取りついた。この後の展開を考えればこれは必要な行動なのだ。幸い、皆目の前の戦闘に気を取られていて悠に気付く者は居なかった。


15分ほど経過し、全力で駆けつけた連合軍に双方の将兵が気付いたのは地響きが聞こえるほど接近された後であった。


「べ、ベネット様!!! 敵が、敵軍が!!!」


「お、おのれっ!!! 今少し時があれば殲滅出来たものを!!! 仕方ない、一旦街に引き上げるぞ!!!」


ベネットが率いる兵は千を超え、反聖神教派は精々500という所だったが、6万という数から見ればそんなものは誤差とも言えない数である。慌てて街に逃げ込もうと撤退命令を出したベネットの反応が遅かったというのは酷な事だが、彼の決断は遅きに失していた。


地面を揺るがす大音声を響かせ、街の入り口を塞ぐ鉄製の格子扉が地面を叩き、ベネット達の退路を遮断したのだ。


「な、何ぃ!? 馬鹿な、謀反でも起こったのか!?」


落とし扉は巻き上げ機で数人掛かりで操作する方式の扉である。よく見れば、扉を支える両方の綱が断ち切られているのが理解出来ただろうが、焦りのあまりベネットが疑ったのは聖神教派の工作だった。


しかし、それならば扉はゆっくりと降りて来るはずであり、綱を断ち切ったのは悠に他ならない。


「退路は無い。貴様の様な日和見の貴族は万の兵に飲み込まれてしまえ」


悠の声が聞こえた訳では無かったが、ベネットは逃げるべき場所を失ってしばし呆然と立ち尽くした。背後は鉄の扉、前からは6万の兵、左手にはまだ余力を残す聖神教派の軍となれば、ベネットに残された退路は右手の方角にしか存在しなかった。


「ひいいいいいいいッ!!!」


威厳も責任も何もかもを放り出しベネットは部下を見捨てて必死に右手へと馬を走らせたが、追い詰められた時の人間の考えなど先読みするのは別に才能ギフトなど要らないのだ。


「ヤッハッハ、ついてますねぇ皆さん、わざわざ手柄が我々の方に飛び込んで来ましたよ!! 今なら相手は軍では無く個人対個人です!! 各々で切り抜けなさい!!」


「「「おおっ!!!」」」


前方からの轟音に掻き消されて気付かなかったが、そちらの方向には遅れる事を覚悟で回り込んでいた冒険者隊が息を潜めて待ち構えていたのである。あくまで搦手であり保険だったのだが、ベネット達はまんまと無防備なまま冒険者隊と激突する羽目になった。


「ユウ様の期待に応える!!! やあっ!!!」


ベネットは自分に向かって来る丸い盾の様な物を見て、咄嗟にそれを防ごうと自分の頭を覆う様に盾を掲げて切り抜けようとした。――それは保身を常とするベネットにとっては当たり前の行動だったが、その処世術が最後の最後でベネットを裏切った。


一瞬の停滞も無く飛来する盾はベネットの盾を分断し、その背後にあるベネットの胸から上を斬り飛ばしてしまった。のみならず、背後から付いて来ていた兵士も2名ばかり道連れにして投擲者の手元に戻って行く。


「うわあっ!? ……あ、足止めするつもりだったのに……」


その切れ味に驚いたのは投擲者――ギャランも同じである。不安定な馬上であれば物をぶつけるだけでもバランスを崩す事が出来るだろうと思って放った攻撃が、何の防御も許さず防御を固めた敵の大将を惨殺してしまったのだ。この一撃で半ば以上戦いの決着がついてしまうとは殆どの者には予測出来なかった。


大将を失ってしまえばただでさえ狂乱状態であった軍の秩序は完全に崩壊していた。烏合の衆となったイレルファン軍が自失状態に陥っている間に機を見るに敏な冒険者達が次々と襲い掛かっていた。それは、ほぼ一方的な虐殺にしかならなかったのである。

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