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8-13 聖職者の憂鬱2

連行された兵士達の前でガルファの口上が始まった。これまでも聖神教に裁かれ処刑される者はいたが、そこにはまだ建て前というものが存在していた。しかし、ガルファの言葉には一片の寛容も残されてはいなかった。


「貴様らは恐れ多くも聖神様の御威光を疑い、我が身可愛さに聖務を果たす義務を怠った。その罪は万死に値するものである。よって、即刻刑を執行する!」


縄を掛けられ目と口を塞がれた兵士達が慈悲を乞おうとしても、それはくぐもった唸り声にしかならなかった。ガルファとしても、今更悔い改められても困るのだ。彼らには自分の生贄になって貰わなくてはならないのだから。


「せめてもの慈悲として、私の『天使アンヘル』としての力で葬ってやろう。見よ!!!」


ガルファが手を合わせると、法衣の背中が盛り上がり、白い翼が顕現した。罪人として目を塞がれている者達には見えないが、別にガルファも死にゆく者に誇る為に『天使』の力を使ったのでは無く、周囲でそれを窺っている者達にこそその力を見せつける為の宣言であった。


「『第一天使ウーノ』の力『聖光』はあまり多人数向きでは無かったからな。その点、『第八天使オット』の力は敵が多いほど高い効果を発揮出来るのだ」


翼をはためかせ、ガルファが宙に浮かんで罪人を全て視界に収め、人差し指で天を指した。


「神に代わって罪人共を断罪する!! 『冥府葬送アケロンテ』!!」


一際強く翼をはためかせガルファが指を振り下ろすと、ガルファの翼から数え切れないほどの大量の羽が地上に向かって降り注いでいった。フワフワと舞い落ちる羽は特に恐ろしさを想起させるものなど何も感じさせなかったが、罪人の側まで近付いた時、急加速してその肌に突き立った。


だが、突き立ったとはいえ、それが皮膚に深く潜り込んだ訳でも急所に刺さった訳でもないならちょっと痛い思いをするだけの効果しか無いはずである。だが、その羽が突き刺さった兵士は一度ビクッと仰け反ると、まるで生気を抜き取られたかの様にくたりと倒れ伏した。


「フフ……あまり攻撃的な能力とは言えんが、動けない相手なら十分だろう。それに……」


ガルファは罪人が倒れる度に自分に送り込まれる力の奔流に酔いしれた。『冥府葬送』は『吸魂ソウルスティール』に酷似した力を持っており、その羽が突き刺さった相手の魂を吸収する事が出来るのだ。今の一撃で罪人の半分は死んだだろうが、その力は全てガルファに送られていた。


(素晴らしい!! この『第八天使』の力こそ最強の『天使』の力だ!!!)


「罪人共よ、死して我に力を捧げよ!!!」


もう一度翼をはためかせ、ガルファは大聖堂の前に死の羽をばら撒いた。目隠しをされている罪人達は一体何が起こっているのか分からぬままに羽に撃たれ、その命を散らしていく。そして命の、或いは死の数だけガルファを強化していった。


千に迫る人間の命を吸収したガルファはこれが最も効率的な能力向上法であると確信を抱いた。だが、それとは裏腹に大きな脱力感にも苛まれていた。


(……チッ、2度が限度だな。確かに効率はいいが、その事実を悟られては不味い)


『冥府葬送』はその効果と範囲故に消耗が激しく、そう連発は出来ないようだった。ガルファは自身の消耗を悟らせない為に多大な精神力を支払いゆっくりと地上に降り立った。


「刑の執行は完了した。デミトリー殿、死体の処分を」


「……畏まりました」


ガルファの力を目の当たりにしたデミトリーは額の汗を拭い、頭を下げて答えた。今ガルファと目を合わせて恐怖を悟られるのを恐れたのだ。


他の幹部達もガルファの力に恐れおののいたが、ただ一人、それを冷静に見つめる双眸があった。


(バルバドスとは違う『天使』の力か……。初見で喰らえばミーノスやノースハイアの者達もただでは済むまい。パトリシアを通じて『悪魔ディアボロ』に伝えて貰わねば。しかし……『天使』を擁する聖神教を滅ぼすのに『悪魔』と通じている我々夫婦はどちらがより罪深いのであろうな……)


ガルファの白い顔を表面上は微笑んで眺めつつ、バーナードは罪の深さに思いを馳せていた。




それから数日間、ガルファは適当な名目で大量の人命を奪い続けた。聖神教の名において行われている徴発に逆らったという罪や信心が足りないという無理矢理な理由をでっち上げ、1日に千人ずつ殺し続けたのだ。その為、民衆は王都の周辺から居なくなり、力を強めたガルファは今度は質を求め出した。最初の兵士達を殺した時よりも、力の弱い民衆を殺した時の方が力の向上が弱いと気付いたからだ。


(もうじき奴らがやって来る。その前に更に私自身を強化しなければ。だが、これ以上ただの人間を殺しても……ん、ただの人間?)


そこでガルファは悪魔の様な考えに思い至った。ただの人間では微々たる量しか力が増えないのであれば、そうで無い者を殺せばいいのでは無いかと考えたのだ。そして、今フォロスゼータには単なる人間と一線を画する者が少なくともあと7人居るのだ。


(そうだ、『天使』を殺せばいい!! 私以外の『天使』を殺し尽し、その力を凝縮するのだ!!! ハハハ、どうしてこんな簡単な強化法に気が付かなかったのか!?)


味方であるはずの『天使』すら自分の生贄にしようとするガルファは既に力に酔っていたのかもしれない。強くなるという感覚を知らなかったガルファは日々増大する力の快感に半ばまで飲み込まれてしまっていた。


そう決めるとガルファは即座に行動に移した。何しろ、一人殺すのに手頃な『天使』が身動き出来ずに惰眠を貪っているのだ。試すにしても、これ以上の獲物は居ないだろう。


ガルファは軽くなる足をせわしなく動かし、バルバドスの療養する部屋へと急いだのだった。




《バルバドスが死んだ? 確かな情報か?》


「今更私があなた達に誤情報を伝える意味があると思うの?」


《腹いせくらいにはなるかもしれませんねぇ》


「そんな下らない感情で嘘を吐くはずが無いでしょう!!」


声を荒げるパトリシアだったが、ハリベルは砕けた口調を崩さなかった。とにかくこのハリベルという『悪魔』は人をおちょくるのが大好きでタチが悪いのだ。話をするのであればもう一方のラクシャスという『悪魔』の方が無礼ではあっても実利的で、パトリシアはなるべくラクシャスに話すようにしていた。


《ふむ……何とか生きていたのが翌日の朝には死んでいたというのか。暗殺の臭いを感じるな》


「でも、バルバドスに目立った外傷は無かったと言っていたわ。殆どはその前の戦闘で付いた物ばかりで、毒殺された形跡も無いって」


《ふんふん……先に貰った情報と並べて照らし合わせると一つの推論が導き出されますねぇ……おそらく、バルバドスはガルファに殺されたのでしょう。目的は競争相手の排除……ではありませんね。満身創痍のバルバドスなど今のガルファにはどうでもいいはずですし、むしろ殺す事こそが目的だと思えます》


「どういう事?」


《やれやれ、王妃殿下少しは自分の頭で考えて下さいませんか? まだボケる歳では無いでしょうに》


「煩いわよ!!!」


《お前もな。いくら地下深くに居ると言っても喚き散らしていい事など何も無い事ぐらいは分かるだろうが》


「こ、この……!」


冷静にラクシャスに諭されてパトリシアはまた大声を上げそうになったが、確かにその指摘はもっともな事だったので渋々と矛を下ろし、口を噤んだ。


《ハリベルもニンゲンで遊ぶな。……ガルファがこの人手が必要な時期にわざわざ何千人も殺していたのは見せしめではあるまい。明らかに過剰だからな。むしろ、それによって得る物があるのだろう》


ラクシャス=悠はバルバドスのカルマが減り続けていた事、そしてナナナの言葉を思い出していた。


業が減る事で力を増す事が出来るのであれば、殺人はどんな時代でも最も重い悪行である。手っ取り早く大量に殺す事でガルファが力を増大させているというのが悠の推論であった。


だが、ただ殺す事に意味があるのなら数を稼げる相手を殺した方がいいはずである。それなのにバルバドスの殺害に踏み切ったという事は、それ以外にも得る物があるからだと悠は最終的に結論付けた。


「ねぇ……あなた達、どうやってノースハイアやミーノスを動かしたの? カザエルやルーファウスも既に『悪魔』と契約を交わしているの?」


ノースハイアとミーノスの連合軍がやって来ると聞かされてからずっと疑問に思っていたパトリシアは自らの懸念を口に出したが、やはりまともな回答は得られなかった。


《そんな事はお前が気にする事では無い》


《そういう事です。あなたは事が済んだ後にどうやって金貨10万枚を工面するか、それだけを考えていればいいのですよ》


「何よ! ちょっとくらいいいじゃない! ビリーウェルズとミリーアンの事だって何も話さないし!」


《そういう契約だ。話して欲しければ生き残れと言っただろう。ハリベル、そろそろ行くぞ》


《ええ、我々も忙しい身ですからねぇ。それではまた》


パトリシアの怒りにも興味を示さず、ラクシャスとハリベルの気配は遠のき、パトリシアが呼び掛けてもその言葉は空しく散っていったのだった。

この本文とは関係無いんですが、人名の取り違えが発覚しました。カザエルの名前を途中から間違えてラグエルと初期設定の名前で呼称しておりました。現在修正中ですので、同一人物としてお読み下さい。


そして狂気に走るガルファ。聖神教は外憂内患を呈してきましたね。

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